第三十二話 「溺れて。」「溺れる?」「それが――。」

は、ッ。息がッ! な、何かが入り込んでく―――ッ苦し、ぐ、ぅ。は、これは水と⋯何だこれは、気持ち悪い。ッとにかく上に! ッ、海面までまだ。


でもッ! 届け! そう思いながら僕は必死に手を動かす。⋯⋯あぁ後もう少しで届―――そう思い手を伸ばす。あ、クソ、息が⋯。もたな―――薄れゆく意識で僕は


「た゛ぁいかぁ゙―――。」



幸せな景色が見えた。


「今日って俺のとこではバレンタインなんだよな。」


「あれいさん、まだ数えてたのか?」


「あぁ勿論! このお前らから貰った手帳にビシーっと! 書いてあるぞ。ほら!」


と、言って此方に真っ黒な手帳を自慢気に見せるあれいさん。す、凄い埋まってますね。⋯⋯それだけ元の世界が恋しいんでしょうか? そう僕が少し寂しく思っていると


「はは、何て顔してるんだ、リイラくん。」


「だってあれいさん、そんなに元の世界が好きなんですよね? 帰りたいんですよね⋯?」


「まぁそりゃ帰りたいけどよ。俺としては⋯どっちかというとその⋯。こっちでバレンタインがないのが悔しいっ! 辛いっ!」


え、悔しい⋯⋯? 何で? と僕が唖然としていると


「だってバレンタインっていったら恋の発展じゃないか! チョコを貰ってちょーっとドキッとする! 一大イベントだろうが! なんでないんだよッ!」


と、体で表現しながらビシっと指を此方にさして言ってきました。え、えぇ⋯⋯すみません。ちょっと何言ってるのか分からないです。


「うぅ、もうミアで良いからチョコをくれぇ。」


と、今度はミアに泣きすがりながら言いました。⋯⋯は?


「ねぇ、あれいさん? そこ離れて下さい。」


「へ、⋯⋯いやいやちょっと待とうか! 顔、顔! 怖いよッ! リイラくん」


「良いから早く。」


「え、リイラってミ―――モゴッ?!」


あ、しまった。つい。


「バレンタインってチョコ貰ったり出来るんだ。へぇー、良いなぁ。」


「いやいや貰うのは俺ら男ッ! 多分!」


「あれいさん、その由来は何なんだ!」


と、目を輝かせながらあれいさんに詰め寄るフィくん。


「あー、えーと⋯⋯。その、何だったかなー?」


と、明後日の方向を向きながら言うあれいさん。え、知らないんですか? 大事なイベントなんですよね? と僕が不思議に思っていると


「知らないのにイベントを祝うなんて⋯とっても変わってるね!」


と、笑顔で言うキイア。そうですよね、一大イベントって言っていたのに。


「うぉお、その笑顔辞めて? なんか心に響くからっ!」


「⋯⋯そういえば、恋の発展って何ですか?」


「あぁ、うーんと⋯⋯手を繋ぐとか?」


えーと、それって急いでるときにあれいさんを引っ張って連れ回してることを根に持って言ってます? でもあれは、あれいさんが余りに遅いから⋯⋯。そう僕がジト目で見ていると


「ち、ちげーよ! ⋯⋯っ大体! お前らの距離感が可怪しいんだって! いやいや何だよ、その目!」


いやぁ、別に⋯⋯。そう怒ってるあれいさんを横目に見ていると


「へぇー、他にはないの?」


と、ミアが空を見上げながら聞いてきます。あ、すっごい興味なさそう。


「んー、んー。か、壁ドンとか?」


「へぇー、食べ物?」


「ち、ちげー! 何で、何でも食べ物になるんだよっ! 第一、壁って入った食べ物って何?!」


「そういう食べ物かと。」


確かに⋯、僕も一瞬そういう食べ物かと思いましたよ。にしても恋の発展ですか⋯。ちょっと気になります。


「え、えーと壁ドンっていうのは好きな相手が壁にいる状態で、壁をドンとするんだよっ!」


壁をドン⋯⋯? え、いやドンって何ですか。というかそれの何処が恋の発展になるんですか⋯。と、呆れた目で見ていると


「あ、リイラ! 壁ドンをナメてるな! んー、くそぅ。⋯⋯よし、リイラ! ミアに壁ドンだ!」


は⋯⋯? 何言ってるんでしょう、この人。とうとう頭がおかしくなったんでしょうか? それにミアがこんな馬鹿げた提案に乗るわけが―――


「いいよ、面白そうだし。」


あ⋯⋯、乗った。え、えぇ? やるんですか? と、思いながらミアを見ると何故か期待したような目で見ています。え、ミアは面白さにでも支配されているんでしょうか? 自分の意思は?!


「え、言っといて何だけど本当にやるのか? まぁでも唯の壁ドンだしな。出来ないわけがないよな。」


「え、えぇ。勿論! 出来ますが!」


あ、つい勢いで言ってしまいました。う、うぅ。何でこんな時にライアはいないんですか! 常識人がいないッ! フィくんはその顔何ですか!


「⋯⋯? やらないの?」


「や、やりますよ!」


と、僕は勢いで答えました。ッええい、もうやるっきゃない! そう思い、一歩ずつ進んで行きます。


「わ、まじか。ちょ、俺らどっか行くわ。」


え、え、ちょっと。そう思いつつもミアは楽しそうな顔をしてます。え、ッよし―――。


「ミアッ!」


「わっ」


これは⋯その上目遣――





「はぁはぁは、何か幸せな景色を見た気が⋯。」


「あ、気が付いたみたい。わ、私。上の人を⋯わ! ⋯⋯ぁ、うぅ。痛ぃ。」


う、そだ。今なんて、言った⋯⋯。あ゛ぁあ゛ああ゛! 僕は⋯⋯


「ッ!」


「え―――何処に」



ッあぁ゙クソ! どうして、どうしてなんだよッ! 僕は何か間違えたかッ! あ゛ぁどうして上手くいかない、何故だよッ! ⋯⋯あぁそうだ、またあの場所に行けば、きっと。そう思いながら僕はとにかく足を動かした。


⋯⋯そういえば相談しても無意味だったな。あぁもう何かないのかッ! 僕はただ、あの日々を他愛のない日常を⋯取り戻したいだけなんだよッ! それがどうして、いやそれの何がいけない! それがそんなに許されないとでも言うのかよッ!


ミア、フィ、あれいさん、ライア、キイア⋯⋯、僕はお前らとの日常がとても大好きだった! だから、だからッ! お前らとの日常をもう一度、もう一度だけで良い。取り戻させてくれ⋯ないか?



⋯⋯。



あぁそうだよな、いつもそうだ。いつも、いつだって僕の願いが届いたことはなかった⋯。どうして僕の大事な人を奪っていく? どうしてだよ⋯⋯。僕が何か悪いことでもしたか?


あぁ、クソ。口調が乱れる。あんなに慕って真似したこの口調も今となっちゃもう⋯⋯無意味だ。


「た゛ぁいか゛もら゛ってな゛い。」


は、? そう思い聞こえた方角を振り返る。対価って言ったか、今。⋯対価、あぁそうか。そういうことだったのかよ。なんだ、僕って⋯⋯まだ見放されたわけじゃなかったんだな。


ははっ、それなら僕の、いやぜーんぶ!


「は、やっと追い―――え? や、辞めて。それはッ」


「ぜ゛ぇ゛ん゛ぶ゛ぅ゛?」


「あぁそう―――」


「ッ! この人があげるものは何もありません!」


な、何で。勝手に―――ってあなたは先程の。なんだよ⋯、その顔は。何であなたがッ! そんな顔をして止めるんだッ!


「おま゛えに゛きい゛て゛ない゛!」


「何で―――」


「聞いて。こんな方法じゃなくてもッ! やり方はあるの⋯⋯。私ッ、あれからずーっと後悔してたッ。あの人たちが辿った運命を見て、ずーっと後悔してたのッ! それから私は考えた。何年も何年も。


ねぇお願い。私の後悔の分まで助けてッ! 助け、て⋯⋯。」


そんなのあなたが使えば良いんじゃ、それに僕にお前らを助ける義理は一切ない。何故僕がやる必要がある、何故あるというのにあなたはそれを使わないッ! 何故僕を


「止めたッ! 何故だ、何故だ。あなたが答えてくれなきゃ僕は何も分からないッ! あなたが何故ッ! 僕を止めたのかすらもッ!」


「た゛ぁ゙いか゛は?」


「あなた、溺れたこと。あるよね?」


溺れたこ、と? 急にそんなこと言われても。というかそんなのな―――あ。あれって! 待って、⋯⋯僕は溺れたことが。


「時戻りの一回目は覚えてる? 記憶は⋯いやあなたは自分を覚えてる?」


自分を⋯⋯


「勿論。じゃないと何度も戻った意味がない。」


「待って? 何度も、戻ったの⋯⋯?」


「あぁそうだけど―――」


「つまり何度も何度も対価を払ったの? あぁ嘘でしょ。もうそれなら溺れて!」


は、急に何言ってるんだ、こいつ。はぁ話―――


「な゛ん゛でし゛って゛」


え⋯⋯? 知ってって言ったか? こ、この反応は―――


「とにかくここから離れないと。あなたが未だ大丈夫っていうのが私からすれば不思議なんだけど⋯⋯。あ、早く行かなきゃ。」


え、待って。まだ何も―――ッ! 眩し





え、此処は一体⋯。海⋯⋯? 一体どういう―――


「――た―――なく。」


え、今何て⋯。というか何だ今の発声。え、えぇ⋯⋯魚がいっぱい? 何でだ⋯?


「私、あれから調べてて思ったの。この件には私なんかじゃどうしようもない程もっと大きな何かが関わってると。」


はぁ、その大きな何かって何だ⋯。というかそんなことよりも僕はもっと大事なことが聞きたいんだよ。そう思いながら口調を整えて聞く。


「あの⋯僕を止めた時に言ってた方法の方が気になるんですが。」


「じゃあ溺れて。」


「溺れる? だからそれが何か聞きた――」


「そう、それが――代償を溶かす。」

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