第五話 少しの希望
「妻とフィムスは、火がついたとき何処にもいなかったんだ⋯。」
「ど、何処にもですか? それは本当ですか? 辺りをくまなく探したんですか?」
と、詰め寄る僕に「あぁ、本当さ。ゴホッ。⋯⋯さっきまで一緒にいたはずの妻と息子が忽然と、ゲホッ。姿を消したんだ。」
そう何とも言えない表情でフィくんのお父さんは重々しく言った。⋯⋯今辛いのは僕よりきっと。そう考えた僕は平然を装い口を開く。
「そうですか⋯。じゃあきっとまだ無事なんですね?」
「あぁ、きっとな。」
「⋯⋯。」
きっと、ですか。でもフィくんが無事かもしれないことには変わりはないですね。そう考えていると血が登っていた僕の頭が冴え渡っていく感覚がした。
そこで周りが騒がしいことに僕はようやく気が付いた。
「ヴェルバーさん、誰かに恨まれる覚えはありますか?」
と、村の女の人が言った。
「な、何も無いが。ゴホッ」
あれ? フィくんのお父さん、咳をしていたんですか?
「きっと奴らだ。奴らに違いない! 奴らがヴェルバーさんの研究結果のために、奥さんと息子さんを誘拐したんだ!!」
そう別の村の人が叫んでいる。でもその誘拐犯の手口に火って使われていなかったような⋯。
「あぁ、最近噂されている誘拐犯ね。」
と、また別の人が言う。誘拐犯ですか、確かにフィくんは誘拐されましたけども⋯。
「ゴホッ、ゴホゴホッ。」
その咳に多少の違和感を持ちつつも僕は急いで近くまで駆け寄り、息を整えながら口を開く。
「あの⋯⋯その咳大丈夫ですか?」
「あぁ、さっきよりだいぶマシだ。心配ありがとう、リイラくん。ゲホッ」
ホッ、顔色も大丈夫そうで本当に良かった。でも⋯
「そんな咳、していましたっけ?」
「この咳か。これは最近患った病だから知らなくても無理ない。」
と、言うフィくんのお父さん。最近⋯。どうりで僕が知らないわけです。そう思いつつもフィくんのお父さんに質問する。
「病院には行かれましたか?」
「あ、病院か。勿論行ったよ。まぁでも、病院からは原因不明で治せないと言われてしまったがな。」
魔法医学営院に治せないものがある筈が⋯。そう驚いて思わず「え、魔法医学営院なら何でも治せるはずじゃ⋯。」と、言うと
「あぁ、基本そうなんだが。数日前、研究中だった不明の花が出す謎の煙を浴びてからはずっとこうなんだ。」
あ、研究でそうなったんですね。その言葉を聞き安堵して僕は口を開いた。
「なーんだ、いつものことですか。じゃあ大丈夫そうですね。」
「そうだな。まぁそのうち治るだろう。」
あ、こういうとこは瓜二つですね。そうふと思っていると、急に耳打ちされた。
「それよりも聞いてくれ。誘拐犯だが、村の人が言っていた奴らではない。私はそう確信している。
それに、発火元になるものは家にはないのだ。つまり意図的に火が付けられたのだろう。」
と、フィくんのお父さんは言う。いやそれはそうですが、じゃあ何故火事が。誰が一体何のために⋯。
「実は数日前、私は家の周りを徘徊している奴らを見かけたのだ。あれから見かけていなかったし大丈夫だろうと思っていたんだ。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。」
「え⋯、何でそれを先に言わなかったんですか?」
と、疑問が生じ思わず唖然としたまま僕が聞くと
「それは⋯⋯。」
急に何とも言えない顔になりました。一体どうしたんでしょう? いや、でも
「とりあえず調べてみましょう。」
「あぁ、とにかくお願いだ。私は今、何処か心がざわついている。急がないと、手遅れになってしまうような。そんな感じがするんだ。
だから、頼む! こんなこと息子の友人に頼むことではないと分かってはいるが、ど、どうか妻やフィムスを助けてくれないだろうか⋯?」
そう悲痛なか細い悲鳴のような声でフィくんのお父さんは言う。えぇ、勿論です。フィくんを助けたいという気持ちは一緒ですから。そう思い口を開いた。
「言われなくてもそのつもりです。捜査官なんて待っていられません。直ぐに調べましょう。」
「あぁ! ありがとう、リイラくん!!
いやだが、問題はこの火事だ。妻と息子が消えた家の中は燃えていて、とてもじゃないが入れない。
だが、直ぐに調べなければ、
だってこの魔法は、近付かなければ調べることが出来ない故に、魔法の痕跡が消えてしまう前に使わなければ意味がないんだ!
つまり、こんなちまちまと
「そ、そんな!じゃあ、一体どうすれば―――!」
その瞬間、僕の頭にあることがよぎった。本は沢山で、知らないものばかり。
ん? 知らないものばかり? あそこなら何か助ける方法が見つかるかもしれません! そう思い、急いであの場所に転移しようとする。
まず頭の中で呪文の構築をし、更に行きたい場所、何をしたいのかを全て具体的にはっきりと思い浮かべる。そして手を虚無に向けてかざしてから
「え、いきなりどうし―――。」
目を瞑り、魔法陣の構築を手で編む。次に目を瞑ったまま魔法陣をなぞっていく。ここが一番難しいです。
「あ、あの子ったら何を!」
「⋯⋯。」
目を開けるといつもの場所にいた。途中、母の声が聞こえたような。
あ、今はそれよりも本を読まないと!
不安から来たであろう胸の痛みや息苦しさを無視して、僕は必死に本を漁った。
途中本で切れたのか爪が血だらけになったが、気にせず漁る。
これやこれでもない、あれでも、ない⋯。
んあー、わ、分からない⋯。絶対そうだと思ったのですが⋯⋯。何処を探しても、期待通りの魔法はなかった。
こ、これは本格的に不味いですね。このままでは、フィくんやフィくんのお母さんは死んでしまうかもしれません。
なにか、なにか良い方法はないんでしょうか⋯! うーん⋯、わ、分かりません。こんなとき、ミアならどうす――――
ん? あ! み、ミアです! きっとミアなら何とか出来るに違いありません!
さっそくまた
またもや、頭の中で呪文の構築をし、更に行きたい場所、何をしたいのかを全て具体的にはっきりと思い浮かべる。
さっきと違うのはミアがいるだろう待ち合わせ場所を思い浮かべることくらいだろうか。そしてまた、手を虚無に向けてかざし
目を瞑り、魔法陣の構築を手で編む。次に目を瞑ったまま魔法陣をなぞっていく。
やはりこれは難しいですね。不発でもすれば何処に飛ばされるか全く分からないのがこの魔法の怖いところです。
「⋯⋯。」
「あ、良かった! 来ないから心配したよ。ん? あれ、フィムスは?」
どうやらミアは知らないらしいです。もしミアが普段から未来を確認していればこんなことには―――
い、いやこれはただの八つ当たりです。そう、悪いのは全部⋯⋯。
「ミア。フィくんは⋯、フィくんはですね! 誘拐されたんです!!」
「えっ」
ミアは目が零れ落ちそうな程、大きく目を見開いていた。
「あは、あはははは。 な、なんでフィくん何でしょうか⋯。フィくんが、フィくんが。一体何をしたというんですか⋯⋯。」
乾いたような笑い声が喉から出る。あ、あれ? おかしいですね。こんなつもりじゃ。
いつものミアをみて、気が緩んでしまったのかは分かりませんが。
フィくんのお父さんがいる手前、と遠慮していた気持ちが溢れ出てきた。
「⋯⋯フィムスが、フィムスが誘拐?」
「えぇ、そうなんです。誘拐⋯されたんです⋯⋯。」
吐き出したからなのか、今度はとても苦しい。心が、痛い。生き苦しい⋯⋯。
「そう、なんだ⋯⋯。」
そう言ったミアは少し俯いた。
「ゆ、誘拐ならまだ間に合うかも―――」
「無理ですよ。」
と、僕は吐き捨てた。思ったよりも
「な、なんで⋯?」
と、さっきとは違い、とても不安そうに聞かれた。それに対して僕は思わず口を開いた。
「だって、フィくんは魔法で連れ去られたんです。何処にいるのかも分かりません! しかもその連れ去られたときの場所は今、全焼中!!あーもう、無理ですよ⋯。」
それを聞き少し考え込んだ素振りを見せた後、ミアは口を重々しく開いた。
「⋯⋯いいの? そんな簡単に諦めて。」
「良い訳ないでしょう? ⋯あぁ、そうですか。いやそうですよね、ミアには分からないんですよね。こんな僕の気持ちなんて⋯⋯!」
そう思ったよりも低い声で、気付いた時にはもうすでに、ミアに言ってしまっていました。
は、ちが―――。と、顔を上げミアの顔をみると、此方を唖然と見ていた。
そしてとても悲しそうなような傷付いたような顔をして、何処かへ去ろうとしてい―――
「み、ミア! 待ってください!!」
そう言うと、ふと止まって此方を見た。
「す、すみません。本当にすみませんでした⋯!ミア! 謝っても許されないでしょうが、それでもごめんなさい。」
ミアは何も言わなかった。そりゃそうですよね⋯。あんなことを言ったんですから当然です⋯⋯。で、でもッ!
「頼みます! 都合の良いことを言っているのは分かっています。だけど、フィくんを、僕の親友を!助けてくれませんか?
今の僕の言葉にフィくんは関係ありません! 図々しいでしょうが、フィくんは助けてやってくれないでしょうか?」
「⋯⋯。」
ミアは此方をじーっと見ている。何も言わず、何とも言えない顔で、
「お願いです!」
そう言って、ミアをまっすぐ見る。
「わ、分かったよ。というか、言われてからそのつもりだったし、勿論良いよ。フィムスを助けようか。ただ、責任は負えない。」
と、困ったように此方を見て言うミア。
今、ミアの声が微かに震えていたような⋯。いや、ですがまぁ気の所為でしょう。それにしても責任は負えないです、か。
その言葉に若干顔が曇りつつも僕は口を開きました。
「はい、分かりました。⋯⋯あのー、怒ってないんですか?」
「⋯これ以上、聞きたい?」
と、無機質な何も思っていないかのようで少し低い声で俯きながらそう言われた。それに慌てて僕は口を開く。
「い、いえその。あ、それより早くフィくんを助けに行きましょう!」
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