円周『割れない関係でいきましょうや』
「――さやか、胸揉ませて」
「はぁっ!?」
放課後の教室に私の大声が響き渡る。クラスメイトの数名がこちらを振り向き、顔の熱と冷や汗の両方に襲われる。そして、今この瞬間
――それにしても、いきなり何を言い出すんだこの女は。声の主が座る隣の席に目を移すと、彼女は指の関節を少し曲げた状態のパーを作り、準備万端という様子だった。
とても友達に言っていい言葉じゃないけど、今回ばかりは頭がおかしいと思う。
「いやいや。女同士だからってちゃんとセクハラだし、とりあえずその手つきやめて?」
「なんで~? ウチとさやかの関係性じゃ~ん? ……というか、そんなあるのに揉まれないとかもったいないでしょうに!」
揉むモーションをつけながらアフレコするな。あと右手パートと左手パートで微妙に声色を変えるな。クラスメイト、特に男子からの視線に熱を感じる……。
とにかく、クラス中に漂う『揉まれる流れ』を断ち切らないと……! 私は咄嗟に彼方さんの両手に指を絡めると、そのまま教室から出ようと席を立つ。
「ちょちょちょ、どっか行くの~!?」
「当たり前でしょ! あんな大勢の前で胸を揉まれるのなんて嫌すぎるもん!」
「じゃあ二人きりならいいってこと~?」
「そういう問題じゃないって。とにかく行くよ!」
視線から逃げるように階段の踊り場まで移動し、知らぬ間に握り返されていた指を放す。手の甲で揉む練習をするな!
「彼方さんさ、なんでいきなり私の……『そういうこと』をしようとしたの? 悪いものでも食べた?」
「なっ!? ウチは昨日も今日も明日も明後日も変わんないって。ただ今日が『
確かに今日は三月十四日だ。だから彼方さんは円周率の『3.14……』にちなんで、私の胸をいこうとしたわけか。被害者にこんなことを冷静に分析させないでよ。
「犯行動機は分かったし絶対に揉ませないけどさ、なんで円周率の日なの? 彼方さんなら『ホワイトデー』の方に食いつきそうなのに」
「あ~それね。ちょっと迷ったんだけどさ、ウチらってバレンタインにチョコを渡し合ったじゃん? 『それをまたやるん?』ってなったから、やめたんだよね」
なるほどな……彼方さん的には
そう考えたら、あの時に市販のチョコでもいいからお返ししたのは正解だったわけだな。そうじゃなかったら、今ごろ血眼になって催促してきただろうし……。
「だから急遽円周率の日に照準を切り替えたんだね。話題へのもっていき方が最悪すぎたけど」
「ごめんって~、お詫びにウチのをいっちゃっていいから……ね?」
彼方さんは少しだけ首を傾けて、お願いのサインを見せてくる。セクハラのお詫びがセクハラじゃダメでしょうよ。しかも揉む側だと、私も共犯になっちゃうから!
「まあまあ、円周率らしく永遠に続く、割れない関係でいきましょうやぁ……!」
今度は手ではなく上半身を押し出してくる彼方さん。揉みもしたいし揉まれもしたい人、初めて見たんだけど……いや、フツーいないんだったわ。感覚が麻痺してきた。
こうなったら……どんどん距離を詰めてくる彼方さんに、私もささやかな抵抗をしてやろう。
「――彼方さんの気持ちは分かったよ。それでさ……彼方さんの胸って、一体どこにあるの?」
「あっ……すいませんっす……」
ティッシュバコ 最早無白 @MohayaMushiro
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