内裏『じゃない方』
今日は卒業式……といっても、私たち一年生はただ椅子に座って、そこまで関わりもない先輩方を見送るだけなんだけどね。あとは歌を二回歌うくらいだ。
「うぅ……卒業生には、感謝しかありません……!」
終了後、あの
あれ、いつの間に先輩方と仲良くなったんだろう? 学校では基本的に私としか一緒にいないし、部活にも入っていないのに。
「彼方さんがそんなに泣くなんて意外だね。尊敬してる先輩とかいたの?」
「いや、そんなの一人もいないよ? ただ生まれたのが二年早い近所のヤツらなんて、なんでウチらが祝わなきゃなんないのさ。でもいつもより早く帰れるから、それなりに感謝はしてるよ」
「ああ、彼方さんらしいね……」
彼女が感謝しているのはあくまでも『卒業生』であり、別に特定の誰かに対して向けているわけではない。ただいつもより拘束時間が短くなるから嬉し涙を流しているだけだ。
「というか、別に泣いてないよ……花粉が、ずずっ……」
「ああそっか、彼方さんはそっちに泣かされる季節かぁ……」
――机を見ると、既にまあまあな量のティッシュが丸められていた。
この感じ、なんだか懐かしいな……私と彼方さんの出会いも
「でさ~、さやかはこの後どっか行く? 予定ないなら一緒に本屋に行きたいんだけど」
「私も予定ないよ。行こ行こ~」
私も私で、特に感謝している先輩はいないのでショッピングに付き合ってやろう。思い入れのない私たちが学校に長居しても気まずいだけだし、彼方さんがどんな本を買うのかも気になるし……。
「――さすがマブ! いいの選んでくれてありがとね~!」
「あはは、気に入ったならなによりだよ~」
彼方さんの目当ては、本ではなくメモ帳だった。彼女曰く『来年度を乗り切るための相棒』らしい。そんなもののチョイスを、私に委ねてもいいものなのだろうか。
「まだ昼間だからか、ショッピングモールなのに意外と空いてんね~……おっ、見てみて!」
彼方さんは何か面白いものを見つけたようで、私に共有するべく下の階を指差す。そこには、数多くのひな人形が並べられていた。
そっか、三月って卒業式だけじゃなくて、ひな祭りの季節でもあるのか。でも彼方さんは、ひな祭りの何に惹かれたんだろう? いつもみたいに引っかかる要素、ある?
「さて、今度はどんな話し合いをしたいわけ~?」
「いやさ……童謡の『お内裏様とお雛様』ってあるじゃん。なんで
――確かに! 小さい時には何の違和感もなく歌ってたけど、本当に女の子が主役なら『お雛様とお内裏様』でもおかしくない。なぜお内裏様スタートなのだろうか? 言われてみれば気になってくるヤツだ……。
「彼方さんの言う通り、確かに『じゃない方』から紹介してるのは引っかかるかも。でもさ、これって『ねぎまパターン』だったりしない?」
「あ~……言われてみればねぎまってるかも。ちょい調べてみる」
――そう、この手の話題にたまにありがちパターンで『前提が間違っている』というものがある。『前にねぎまのまってなんだ』という話題になった際、実は『まぐろ』由来であることが判明し、鳥はまさかの外様だったということがある。
そのことから、私たちの間ではこのパターンを『ねぎまる』と呼んでいる。今回は童謡という昔からの概念な分、ねぎまっている可能性が浮上したのだ。
彼方さんは慣れた手つきで携帯を操作すると、その検索結果に苦悶の表情を見せ、やがてうなだれる。ああ、ねぎまってたんだな……。
「……どうやら『お内裏様』ってのは、ペアのことそのものを指してるみたい。つまりアイツら二人は順番に紹介されてるんじゃなくて、ダブル主演だったんだよ!」
「そうか、どっちもメインだったんだね。じゃあお雛様は誰のこと?」
では、相対的に『じゃない方』なのが確定したお雛様は、一体誰を指しているのだろう。そう考える間もなく、彼方さんの口から答えが告げられる。
「お雛様の方は、あの人形全員のことらしいね~。だからお雛様の中で一番偉いのがお内裏様って感じかな?」
じゃああの歌詞は『お内裏様とその他のお雛様』という意味なのかな? 私たちは『雛』という字から醸し出される、謎の女の子感に騙されたんだね……。
「そう考えたら、アレは確かにひな祭りだわ……」
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