閏年『うるうる』

「さてさやか、今日はうるう年特有の二月二十九日なわけだけどさ」


「はいはい、言いたいことはもう分かってるから。どうせ『うるう』って何とか言い出すんでしょ?」


 彼方かなたさんの話し相手としてそこそこの期間が経つと、なんとなく彼女の思考パターンが読めてくる。彼方さんは基本的に『よく使われているけど語源は謎なもの』を好む習性があるのだ。それこそ『うるう年』なんてのは恰好の話題なのである。


「――ちっちっち、ちゃんと語源は調べて来てますってぇ。なんかね、いつもの年より日数が多いと、うるう扱いらしいって。だから今回は調べてもそんなに意味ナシ!」


 これも彼方さんの習性……というか、私が一旦語源を調べるようさせた。なおも話題として切り出すということは、彼女は『語源以外の何か』に引っかかっているのだ。


「じゃあわざわざ話題にする理由は何? まだ何か奥深いポイントがあった?」


「いや、さやかが思ってるような奥深さは全然ない。むしろ手前浅い。というか『手前浅い』ってなんか面白いね~。これはまた別の機会に……」


 彼方さんは勝手に脱線して、勝手に次回以降の話題として携帯にメモっている。こうやって突飛な話題たちが生まれていくのか……もはや連鎖反応じゃん。


「ちょいちょい、今はうるう年問題に集中して? まだこっちが片づいてないんだからさ」


「だからうるう年問題は浅いんだって。なんでさやかに切り出したか分かんないくらい浅いの。それでもいい……?」


 彼方さんは急に声のトーンを落として上目遣いで私を見てくる。なんで一方的に話しかけてきたくせに、自信がないからってかわいこぶってるんだ。


「そんなに浅いなら、焦らさずにさっさと本題に入った方がいいと思うよ。刻一刻とハードル上がってってるから」


「確かに! じゃあ参ります……『うるう』ってさ、響きがかわいくない?」


 あっさぁぁぁぁ……。浅いというか、もう『ない』じゃん。まっ平らじゃん。えっ、これについて語ってくの!? 『うるうかわいい』の七文字で一瞬で終わるよ?


「――そうだよね。ウチのうるう問題なんて、それこそうるう年くらいのもんだよね……四年に一度ペースがちょうどいいよね……」


 話題に出したものの、あまりの浅さにいつになくネガティブになってしまう彼方さん。そんなの柄じゃないし、とりあえず元気は取り戻してほしい……。

 下を向いて動かない彼方さんを励ますべく、彼女の方を向いて言葉をかけようとした瞬間、彼方さんは急に上を向いて私と視線を合わせる。


「うわ、びっくりした……って、!」


 さっきぶりの上目遣いに加え、今度は涙目になって瞬きによる無言の訴えもプラスしてくる。彼女の手には目薬が握られていた。つまり、今までのネガティブムーブも全て演技だったわけだ。してやられた!


「うるうでうるうる……どう?」


「うん、やっぱりうるう一本じゃ浅いね」

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