ぼくが知ってるみんなのヒミツ
文月みつか
ぼくが知ってるみんなのヒミツ
ぼくが知ってるお母さんのヒミツ。
お母さんは、お父さんが昔ゴルフの大会でもらったトロフィーを漬物石にしている。
「大きさも重さもちょうどいいのよね」と、お母さんは言う。
ぼくが知ってるお父さんのヒミツ。
お父さんはときどき、お姉ちゃんが小さかったころのアルバムを見て泣いている。
「昔はこんなに懐いてたのになあ。いつも、『パパ抱っこ~』ってくついてきてさぁ……」
ぼくが物心ついたころには、お姉ちゃんはもうパパのことをパパとは呼ばなくなっていたし、抱っこどころか触られるのもいやそうにしていた。だから、お父さんの言ってることが本当かどうかは、ぼくにはわからない。
ぼくが知ってるお姉ちゃんのヒミツ。
お姉ちゃんは、ダイエット中だと言いながら、仏壇にお供えしてあるまんじゅうをこっそり食べている。
ぼくが戸口からじーっと見ていると、「しーっ、みんなにはナイショ!」と言って、ぼくにもこっそりおやつをくれる。
ぼくが知ってるユウトのヒミツ。
弟のユウトは、お化けをとても怖がっている。
「仏壇のまんじゅうがいつのまにか減っているのはね、おじいちゃんが食べちゃったからだよ」というお姉ちゃんの話を信じて、仏間には絶対にひとりで入らないようにしている。遺影の中のおじいちゃんは笑顔だけれど、ユウトはいつも目を合わせない。
ぼくが知ってるおじいちゃんのヒミツ。
おじいちゃんはお彼岸とお盆のとき以外でも、たまに家に来ている。
こたつでうとうとしているおばあちゃんに話しかけて、おばあちゃんが適当に相づちを打つのを楽しんでいる。
ぼくがじーっと見ていると、「お前もでっかくなったなあ」と頭をなでてくれる。
ぼくが知ってるおばあちゃんのヒミツ。
おばあちゃんは昔、歌手になるのが夢だった。
今でも気が向けば、ぼくにだけ歌ってくれる。お父さんや、お母さんや、お姉ちゃんの前では恥ずかしくてダメみたい。
ぼくとお母さんのヒミツ。
お母さんはみんなが留守にしているとき、高級なお菓子をひとりでこっそり食べている。
ぼくがじーっと見ていると、「みんなにはナイショだよ」と言ってぼくにもおやつをくれる。やっぱり、お姉ちゃんはお母さんの子だなって思う。
ぼくとお父さんのヒミツ。
お父さんは夜な夜な起きてきて、こっそり晩酌をすることがある。ぼくがじーっと見ていると、「みんなにはナイショだぞ」と言って、ぼくにもビーフジャーキーを分けてくれる。ぼくはこのビーフジャーキーが大好きだ!
ぼくが知ってるお父さんのヒミツ。
お父さんの靴下は、とてもクサい。
ぼくとユウトのヒミツ。
ぼくたちが庭で一緒にボール投げをして遊んでいたときに、ユウトが投げたボールが、アヤメの茎をぽっきり折ってしまったこと。今はセロハンテープでとめてある。
ぼくはユウトと血のつながりはないけれど、ユウトのことは本当の弟みたいに大事に思っているんだ。だから、このヒミツは絶対に守り抜かなくちゃ! 早く強い風が吹いて、うやむやにしてくれるといいんだけどなぁ。
ぼくが知ってるあの日のヒミツ。
ぼくがこの家に初めて来た日、お父さんとお母さんはケンカしていてサイアクの雰囲気だったけど、ぼくがカーペットにお漏らししたことで、ふたりともそれどころじゃなくなった。ぼくが家じゅう走りまわると、小さなお姉ちゃんも一緒になって大はしゃぎした。お父さんとお母さんがどうやって仲直りしたのかは、ぼくの口からは言えない。でもそれからしばらくして、ユウトが生まれたんだ。
ぼくとお姉ちゃんのヒミツ。
毎週土曜日の午後、お姉ちゃんとぼくは一緒にどんぐりの木の公園まで散歩をする。ポメラニアンを連れた、大学生のお兄さんに会うために。
お姉ちゃんはこのとき、いつも甘い香りをまとっている。
ぼくが知ってるポメ太郎のヒミツ。
ポメ太郎はお姉ちゃんになでてもらうのがとても好きだ。いつもしっぽをぶんぶん振り回してるから、ヒミツだと思ってるのはポメ太郎だけだけど。
ぼくが知ってるお兄さんのヒミツ。
お兄さんはバイト先のパン屋さんの、ふわふわの髪のお姉さんに恋をしている。でも、勇気がなくて気持ちはまだ伝えていない。ポメ太郎が言うには、ぼくのお姉ちゃんのほうがもっとかわいいって。ぼくもそう思う。
ぼくが知ってるぼくのヒミツ。
散歩から帰ってきたあと、ぼくは必ずすることがある。宝物の隠し場所の確認だ。
ぼくはみんなのものを隠すのが大好きだ。ユウトのおもちゃと、お姉ちゃんのうさぎのぬいぐるみと、お母さんの手袋と、おじいちゃんの手ぬぐいと、おばあちゃんの湯飲みと、お父さんの靴下は、家のある場所に隠してある。さあみんな、頑張って探してごらんよ! ぼくは口がかたいから、どこに隠したかなんて絶対に言わないけどね!
「ちょっとお母さん、またうさぎがいなくなったんだけど!」
「うさぎって?」
「ひろきさんにもらったやつ! 大事なものなのに!!」
「ああ、またダグのしわざね。あの子ったら、本当に隠すのが好きなんだから」
「ママ、ぼくのひこうきもないよ!」
「なあ母さん、靴下が片方しかないんだけど」
「知らないってば。どうしてみんな私に聞くの? お母さんはドラえもんじゃありません! それに今、夕飯の支度で忙しいんだから」
「優斗、ダグがどこにいるか知ってる?」
「おばあちゃんのとこ」
「仏間か。おばあちゃーん!!」
おばあちゃんの歌が止まってしまい、ぼくは少しがっかりする。一緒に歌を聴いていたおじいちゃんが、ぼくを非難の目で見た。ぼくは少しばつが悪かったけど、堂々と座っていることにした。でないと隠し場所がお姉ちゃんにバレてしまう!
「おばあちゃん、ダグがここに来たときうさぎをくわえていなかった?」
「うさぎ?」
「そう、ひろきさんにもらった白い……」
「ひろきって、誰だい?」
「ああ、もう、いいよ自分で探す!」
お姉ちゃんはがさがさと仏壇の扉の裏をあさり始めた。
残念。そこは先週隠したばかりだから、やめたんだ。
「おいおい、そんなことしたらじいちゃんが化けて出るぞ」
「ダグがいけないんだよ。ていうかお父さん、それ以上近寄らないで」
「パパ、おじいちゃんが、お化けが出るの?……」
「そうだよ。おじいちゃん、怒るとおっかないんだ」
おじいちゃんはその様子を見て、やれやれと苦笑いした。
おばあちゃんが、足がしびれたと言ってこたつの布団をめくる。
あ、ダメだよ! 中が見えちゃう!
ぼくのヒミツは、みんなに見つけられてしまった。
まあ、またすぐに隠すけどね!
U・ω・U おしまい。
ぼくが知ってるみんなのヒミツ 文月みつか @natsu73
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