終幕 ジュデッカ


 帝国首都ミカエルは要塞如何といった有り様だった。その壁に巨大な氷柱が刺さっている。そしてその上で剣戟が繰り広げられていた。

「どうしてとはもう問わない。俺はただお前を殺すためだけにある」

「俺はどうしてと問いたいね。お前は天秤の傾ける方向を知らないのか? と」

「知らないし――知りたくもない!」

 赤い髪の男、軍服に勲章を大量に着けた豪奢な恰好、その名をジューダス。

 一兵卒でありながら、今や帝国軍部の最高顧問にまで成りあがった策士であり、帝国は皇帝が取り仕切っているという表向きの在り方を保ちつつもその主導権は軍部が握っており、つまり、このジューダスという男は帝国で最も偉い、皇帝よりも偉いといえる存在だった。

 対するは銀色の髪を靡かせ、一族特有の褐色肌に青い瞳を携えた青年、その名をアベル。

 手には敵も持ち手も問わずに凍らせる魔剣、コキュートスを手にしていた。

 彼は復讐のために此処までやって来た。今の彼は全力だ。腕の痛覚は既に死んでいる。感覚のない腕で必死に剣を握っている。

 剣を振り上げると大量の氷柱を展開した。それを砲弾のように撃ち放つ。

 ――しかし。

 炎の壁がそれを遮った。

「魔剣……」

「ああ、銘をインフェルノという。ヤコブという鍛冶師が打った物だ」

 ジューダスの腕にもまたアベルと同じように包帯が巻かれている。

「既にこの腕は焼け焦げた」

 それでもなお剣を振るう。

「それはなんのために」

「無論、国のため。逆に問おう、お前はなんのためにそれを振るう?」

「勿論、自分の心のためだ!!」

 魔剣と魔剣が交差する。

 炎と氷の魔剣は互いを蝕み侵していく。領域の押し合い。既に互いの腕は限界。

 ならば勝つのは心が強い方だ。

「お前の魔剣にはなんの願いが込められている」

「そんなものは知らん、価値ある物として押収した品でな」

「このコキュートスには鍛冶師の願いが込められている『俺を止めるため』という願いが」

「ほお? それで?」

 アベルはコキュートスを己の腹に突き刺した。

「ハハハッ! この期に及んで自害とは気でも狂ったか?」

「いいや正気さ」

 辺りの温度は急激に冷え込んでいく、魔剣インフェルノの炎でさえ形を保てない。

「なんだ……何をした」

「コキュートスは願いを果たした。俺を止めた。もうこの魔剣を縛る者はいない」

「まさか……魔剣の願いを叶え、その力を開放したというのか!?」

 コキュートスに込められた願いそれは「アベルを止める事」そして。でなければ魔剣たりえない。願いを解放した武具はその息吹を全開にする。

「ジューダス、お前には出来ないだろう。ヤコブに会ったことすらないお前には!」

 軍服の男が足元からゆっくりと凍っていく。それは表面だけではない。肉の中まで完全に氷と化しているのだ。

「お前には最大限の苦痛を与えた後に殺してやる」

「……一つ聞かせろカインの一族の男、俺は間違っていたのか」

「そんなことは俺にはもうどうでもいいことだ」

 氷が喉元まで浸食する。ジューダスは最後までその瞳から光を失わなかった。そして一人の氷像が出来上がる。アベルはコキュートスを腹から抜くとジューダスの下へと歩いた。

 そして大上段に剣を振り上げ斬る。

 硝子が割れるような音と共にジューダスだったものは砕け散った。

 アベルの腹は氷で傷が塞がっている。

「まだだ。まだ死ねない。俺は、裁かれなければ、復讐を果たした者として」


 ・・・


 要塞内部にてレヴィアがアベルを迎える。満身創痍の彼を見ても彼女は毅然としていた。

「終わったのね」

「ああ、聖女レヴィア、俺の罰はなんだ」

「……祭司長レヴィアが告げます。罪人、アベルの罰は、死刑」

 その言葉にアベルは満足気に頷いた。

「父さん、母さん、兄弟たち、イヴ、俺は果たしたよ」

 その後、レヴィアの指揮の下、帝国兵狩りアベルの死刑が執行される事になる。

「最期に聞くわ、盛大に死ぬのと、静かに死ぬの、どっちがいい?」

「どちらでもかまわない、けれどそうだな、どうせなら盛大に」

「それはどうして?」

「民衆の前でレヴィア、君がこう宣言してくれ『ここに神の呪いは祓われた』と」

 レヴィアはゆっくりと頷いた。彼女の呼びかけにミカエル中の人々が集まる。アベルは上を見上げる。そこには巨大なギロチンが鎮座していた。兵士に連れられ、首を台に置かれる。

「この罪人は幾人もの帝国兵を復讐の名目で殺して周りました。関係あるものないもの問わずです。死刑執行するに異論はありませんね?」

 観衆がわめき出す。

「いいぞ!」

「殺せ! 殺せ!」

「仇を取ってくれ!」

「レヴィア様! そいつに死を!」

 彼女は悲し気な表情で頷くとギロチンの紐を切った。落ちる刃、アベルは最期まで民衆の前では何も言わなかった。その首が鈍い音と共に落ちる。レヴィアはそれを拾い上げると宣言した。

「ここに! 神の呪いは祓われた! 我ら帝国は安寧なり!!」

 後にカインの一族を巡る問題は世に明らかとなる。そして軍部の最高顧問が死んだ事により帝国の実権は次に実力のあったレヴィアが担う事になった。彼女は先ずカインの一族が住んでいた村で鎮魂祭を執り行う事を決めた。そしてその祭りを絶やさぬようにと部下に強く命じ、その村の跡地の名前を霊地アベルとしたのだった。


 人は祝われ呪われそれでもなお生きていく。 完

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反旗を掲げしコキュートス 亜未田久志 @abky-6102

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