第三幕 トロメア


 その町はひどく賑わいでいた。その名をウガリット。今、ここは帝国首都から聖女が来たとその話題で持ち切りになっていた。

「その『聖女』ってのなんとかならないわけ? 私にはちゃんと『司祭長』って役職があるんだから!」

「まあまあそう怒らないでくださいレヴィア様。これも皆の信心の――」

「それも聞き飽きたわよ!」

 とある宮廷の中、レヴィアと呼ばれる美しい金髪をした整った顔立ちの女性がシルクのドレスを身に纏いソファに座っていた。

「まったく……帝国は今、兵士狩りの対処で忙しいってのに。アンタたちこんなところで油売ってていいわけ?」

「私達はレヴィア様の護衛という責務を――」

「あーはいはい。そうでしたね」

 レヴィアは現状を良くは思っていなかった。生まれ持って手にした異能、霊魂を読み取る力を皇帝に認められ「皇族」、「軍部」、「祭事」の三つの派閥からなる帝国上層部の内の祭事のトップにまで立ってみせた。しかし、それでもまだ不満は残ってる。自分の力は犠牲を止めるためにあるべきものだ。それがどうしてこんな祭り上げられ方をしなくてはならないのだ。帝国兵狩りの存在を上に進言した際も「そんな事よりウガリットでも祭りを優先しろ」と皇帝から言われてしまった。兵士の命よりも祭りが優先? 狂っている! そうレヴィアは心中で憤慨していた。

「それにしても、カインの一族、か」

「は? 今なんと」

「独り言よ」

 あの青年の目的は間違いなく復讐だ。霊魂から記憶を見たレヴィアには分かる。そしてレヴィアは彼の知りたい情報を知っている。

 おそらく近いうちに、それこそ今日にでも彼はウガリットに来るだろう。帝国兵狩りを止めるならば機会はその瞬間にしかない。ならば。

「ねぇ、アンタ。ちょっと釣り餌になってくれないかしら?」

「釣り? 砂漠でなんの冗談を……」

「比喩よ比喩、今夜、帝国兵狩りをおびき出すわ。噂を流して頂戴。『聖女レヴィアはカインの一族を知っている』ってね」

「はぁ。分かりました。そのように」

 夜が楽しみね。レヴィアは笑みを浮かべると同時に悲嘆を込めた。それは死んでいった同胞たちへの哀れみでもあり、復讐に囚われる青年に向けたものでもあった。

「真実を知ってなお、あなたはその刃を振るうのかしら」

 虚空に投げた問いかけは空気へ溶けて消える。


 ・・・


 夜、町には確かに噂が流れた。聖女レヴィアはカインの一族を知っている。それが意味する事を知っている者はいなかったが。

 ふと寝室でレヴィアが眠りに就こうとベッドに座った時だった。窓からの月明かりが何かに遮られる。

「誰!?」

 硝子が割れる音と共に侵入者が現れる。その音を聞きつけ護衛の兵士が駆けつけた。

「まさかレヴィア様、こいつが?」

「ええ、霊魂で見た記憶と一致するわ。あなたが帝国兵狩りね?」

「聖女レヴィア。お前はカインの一族を知っているか」

「ええ、知っているわ」

 アベルは氷の剣を突き出す。兵士がアベルとレヴィアの間に割って入る。しかしアベルの眼中にはレヴィアしかいなかった。

「ならば教えろ、カインの一族の虐殺、それを指揮したのは誰なのかを。凡百の兵士をいくら殺そうと出てこない。だがレヴィア、お前なら知っているのだろう」

「ええ、ええ、それも知っている。だけどその前に貴方は知らなければいけない事があるわ」

「そんなものは虐殺の首謀者以外にない!」

「いいえ!」

 そこでレヴィアは護衛を押しのけアベルの凶刃の前に顔を出す。そこには確固たる意思があった。

「どうしてカインの一族が死ななくてはならなかったのか。貴方には知る権利が、義務があるわ」

「……いいから質問に答えろ、さもなくば――」

「何? 拷問でもする? いいわよ。好きにしなさいな」

「怖くないのか」

「怖いわ。けれど貴方が真実を知らずに死ぬ方がもっと嫌」

 アベルは剣を振るった。しかしそれは攻撃ではなく牽制。護衛の兵士の腕を凍らせてみせた。

「そいつが邪魔だ。二人だけで話したい。こっちに来い」

 アベルは腕を差し出す。レヴィアはおずおずとそれを取る。

「冷たい手……」

「行くぞ」

「きゃあ!?」

 窓から飛び出し宮廷を後にする二人。後に護衛の兵士は帝国兵狩りに出会って死ななかった唯一の人間として語り継がれる事になる。

 閑話休題。

 彼らは宮廷を離れ、ウガリットの石造りの町並、その路地裏に降りた。鼠が走り周り、あまり衛生的とはいえないような場所だ。

「ここが真実を知るに相応しいあ場所?」

「皮肉は後だ。邪魔が入らないならどこでもいい」

「そうね、じゃあ真実を知る覚悟はいい?」

「前置きもいらない」

 レヴィアは咳払いをすると言葉を紡ぎ始める。

「古くはこの砂漠に神がいた時代まで遡るわ。そこにカインの一族始祖がいた。彼は神に一族の繁栄を願った。神はそれを聞き届け、叶え、カインとその家族は栄華を極めた。だけどどんな願いにも代償がいる。神との契約にカインの一族は繁栄する。しかしそれは永劫ではなく徐々に衰退し、末は反転するものだと定めたわ。そう願いは同時に呪いでもあった。衰退の呪いにかかったカインの一族は砂漠の果てまで追いやられた。この意味が分かる?」

「……分からない。カインの一族が衰退する事と虐殺がどう繋がる」

 アベルは心底困惑したかのような表情を浮かべる。レヴィアは神妙な面持ちで頷くと。さらに語り出した。

「帝国にはこの世の神秘を研究する部門があるわ。私の霊魂を読み取る力や、カインの一族の呪い、あなたの魔剣なんかもそう。全てのあまねく神秘を解き明かさんとする研究機関があり、そこで重大な事実が判明したわ」

「もったいぶるな」

「ごめんなさい。カインの一族の呪い。それはカインの末裔が一人でもいるというそれだけで帝国全土に及んでいる事が判明したの。つまりカインの一族が存在するだけで帝国は滅ぶ。そう機関は結論付けたわ」

「……」

 アベルは俯き、何も言わない。レヴィアはただ彼の結論を待つだけだった。

 それからどれだけの時が経っただろう。辺りはすっかり暗くなり、祭りも終わった。町が眠りに就く時間。アベルはようやく口を開いた。

「それでも俺は、止まれない」

「……それが答え?」

「ああ……カインの一族がどんな運命であろうとも、俺はこの復讐を果たしたい。呪いを精算するというのなら、その後で十分だ」

「呪いの、精算」

 レヴィアが繰り返す。それが意味するところを飲み込む。

「君に託したい。聖女レヴィア。この復讐の果て、俺を裁くのは君がいい」

「私は帝国の人間よ。貴方を裁くのならば帝国の法に則る事になります」

「ああ、それで構わない」

 ひどく、ひどく優しい声音だった。アベルはコキュートスをレヴィアの喉元に突きつけると今度はひどく冷たい凍えるような声音でこう言った。

「さあ、カインの一族の虐殺、それを計画したのは誰だ」

「……帝国軍最高顧問、軍師ジューダス」

 それだけ聞くとアベルはその場から去る。レヴィアの喉には冷たさだけが残った。

「私も、行かなきゃ」

 目指す場所は帝国首都ミカエル。

 いざ決戦の刻。

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