第二幕 アンテノラ


 帝国領駐屯地第十三支部。二人の男が世間話に花を裂かせていた。

「会ってみたいよなぁ聖女様」

「こんな僻地に勤務してたんじゃ一生会えねぇよ。ていうか会ってどうするんだよ」

「そりゃお前……どうって……」

「そんなんだから彼女も出来ないんだろ」

 やいのやいのと兵士たちは言葉を交わしている。ふととある話題を兵士の一人が切り出した。

「そういやお前知ってるか? 『帝国兵狩り』の話」

「なんだそれ? 怪談か?」

「違う違う、実際にあった事件だ。もう何人もの帝国兵が犠牲になっているらしい」

「ふぅん、それそんなに珍しいことなのか? この辺りは物騒だ。兵士でさえ、その身を危うくする事もある。大方、敵国の兵士にでもやられたんだろ」

 すると否定された方はかぶりを振る。そうではないと。

「全員、死に方が酷似しているんだ。刃物による切り傷、ただし、その断面は凍っていたと報告にはあったそうだ」

「ますます怪談じみてきたな。お化けが出る前に厠に行ってくるよ」

「あ、おい一人になるな。危ないだろ」

 適当に手を振って平気だとアピールした後、男はその場を離れていく。暗い夜道を一人、本当に厠を目指していた。その時だった。彼の背筋に冷たいものが走る。思わず振り返るとそこには目深にローブを被った人物がいた。

「誰だ……? おいお前、ここが軍の駐屯地だと知って――」

「お前は、カインの一族を知っているか」

「はぁ? いきなりなんだお前、探し物なら他所でやれ」

「知らないのか、ならば、死ね」

 一閃、氷の刃が男の首を刎ねる。血は吹き出ない。断面が凍るから。アベルはフードを上げると辺りを見回す。

「此処にも情報はない。いったいどこにいる」

 仇を、探していた。己の家族を、カインの一族を皆殺しにした仇を。しかしいくら探せども、いくら殺せども、それを知る者はいない。段々と帝国首都へと近づいていた。アベルが自身の存在が噂になっている事を知っていた。動き辛くなるかとも思ったが、もしかすれば仇の方から自分を討ちに来るかもしれないと思い放置した。しかし待てど暮らせど現れない。とうとう帝国兵狩りとまで呼ばれるようになったアベルと魔剣コキュートスの凶刃。しかしその実はまだ結ばれない。

「おーい、厠が長すぎるんじゃな――ハッ!?」

「……」

「おい……そこに転がってるのって……お前がやったのか……まさかお前……帝国兵狩り!?」

「そうだ。と言ったら?」

 すると男は一目散に逃げ出した。仲間を呼ぶ気なのだろう。この駐屯地を壊滅させる事も、今のアベルなら造作もない事だった。しかしコキュートスの呪いがある。まとも腕が振るえるうちに仇を、黒幕を討ちたいアベルは剣を地面に突き刺す。すると地面から逃げた帝国兵に向かって氷が走った。それに足を取られる兵士。

「がっ!? 氷!? どうなって――」

「知る必要はない。帝国兵は全員死ね」

「ま、待て!」

「そうだ、一つ聞くのを忘れていたカインの一族を――」

 男はそこでとある名を口にした。

「聖女レヴィア様! 此処にはおられないが彼女なら知っている!」

「――お前、俺が質問する事を分かっていたのか?」

「聖女レヴィア様は人の霊魂の記憶が読めるんだ。兵士の死体から帝国兵狩りはいつもそいつを殺す前に同じ質問をしていた事を暴いてみせた!」

「別に隠しちゃいないがな。聞いた奴が全員弱くて死んだだけだ。しかし、そうか、その聖女とやらが噂を流した張本人か」

 男は命乞いを始める。

「頼むこれだけ話したんだ! 命だけは!」

「……イヴは」

「……へ?」

「幼馴染のイヴもお前と同じように命乞いをしていたよ」

 男は顔中を疑問でいっぱいにする。

「なにが言いたいか分かるか?」

「わ、分からない」

「お前ら帝国兵はそんなイヴの命さえ奪ったんだ。そんなお前らに生きている価値などない!」

「助け――」

 心臓を一刺し。それで終わりだった。コキュートスを抜いた後、傷口は凍る。するとアベルは腕を押さえ剣を落とした。魔剣の呪いだ。ヤコブの言葉が蘇る。

『その魔剣がお前止めてくれる事を願っているよ』

「まだだ。まだ止まれないよヤコブ」

 激しい、刺すような鋭い痛み。腕の包帯をまき直す。その瞬間に見えた腕は青白く染まっていた。既にだいぶガタが来ている。

 薬草を染み込ませた包帯のかえも残り少ない。アベルは一つの指針を決める。

「聖女レヴィア……おそらく帝国上層部の人間、ならば」

 カインの一族を虐殺した黒幕を知っているはずだ。そう思いその場を後にする。

 向かう先は砂漠の果てで暮らしていたアベルでさえ聞いた事のある祭り事の町「ウガリット」彼はゆっくりと息を整えると駐屯地を脱出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る