頑張って秘密にしてるので察して欲しい
清泪(せいな)
他人に言わないって大変じゃんね?
「──どうして、ねぇ、どうして秘密にするの? ちゃんと話してよ!!」
涙声でそう訴える彼女は、こちらの返答を待たずして通話を切った。
俺は通話の終わったスマートフォンの画面をしばらく眺めてから、座っている布団の上に放り投げた。
なんて言葉を返したら彼女は納得してくれたのだろうか。
暗い寝室で天井を見上げて考えてみるものの、何も良い言葉は思いつかない。
ヒステリックになった女性を冷静にさせるというのは昔から苦手だ。
小学生の頃に鼻くそが鼻の穴に引っかかってる女子がいてそれを指摘してブチギレられて以来、トラウマだ。
確かにあの時、周りに人がいないかどうか確認してから指摘しなかった俺が悪い気もしてるが、そもそもその周りの人に気付かせないために指摘したというのに。
今考え直しても、あの時の正解は【無視】で、そして今の正解も【無視】なのだろう。
大体、先程電話していた相手がそもそも誰か知らないのだから。
夜中三時、日頃やってるスマホゲーの周回作業等を一通り終えてそろそろ寝るかと考えていたところ、全く知らない番号から電話がかかってきた。
夜中三時、こんな時間に知らない番号から電話なんて出ないのが正解だろう。
幽霊的な話であろうが、間違い電話であろうが、酔っぱらいのウザ絡みであろうが、面倒事であるのは間違いない。
だけど、ちょっとした興味本位があった。
どれであれ明日の職場での話題には出来る小ネタな気がしてしまった。
ヤバいなと思ったら通話を切って着信拒否にすれば何とか凌げるんじゃないか、そんな軽い気持ちもあった。
そして電話に出てみれば、開始早々泣き声で始まった。
幽霊的なヤツか!、と背筋がピンとして立ち上がって部屋の電気をつけようと思ったが、どうも俺を彼氏か何かと勘違いしたような内容だったのでそのまま布団の上に座って聞くことにした。
一応連絡先を間違えているという事を伝えようと口を挟もうとしたが、彼女は聞く耳持たずで、その口挟もうとする俺の言葉にもならない声が彼氏に似てるらしくますます日頃の云々かんぬんがヒートアップしていった。
そうして一方的に彼女が喋り続けること十五分──ワンチャンス狙って間違いを伝えようとして伝えれず十五分──、彼女は涙声のまま言いたい事言って通話を切った。
電話の彼女の声がまだ耳に残ってる感覚の中、俺は一つ思うことがある。
そこまで云々かんぬんあって本人が口割らないなら、他から探り入れたりしたらいいんじゃね?
多分その彼氏はその秘密とやらを話さないのだろう。
彼女の話を聞く上で想像するに秘密ごと以外は誠実らしいのだ、その彼氏は。
誠実な彼氏だからこそ、その秘密関連だけは頑ならしくそれが彼女との関係に致命的な亀裂を生もうとしてるらしいのだけれど、まぁ、だったらそれは覚悟の上じゃん。
彼氏、覚悟の上じゃん。
彼氏、秘密隠そうと頑張ってる証拠じゃん。
だからそこは察してあげて欲しい。
言わせようとしないであげて欲しい。
知りたいなら回り道して、探偵みたいなことして知って欲しい。
その覚悟はしてあげて欲しい。
そうやって知ってしまったことで幸せにはならないかもしれないという覚悟もしてあげて欲しい。
もしくは上がりすぎたハードルに答えにくくなってる可能性も配慮してあげて欲しい。
迂闊に泣かれたらもう出しようもないぐらいしょうもない理由だった場合の彼氏の心情も察してあげて欲しい。
その上で夜中三時に電話するという行為を取って欲しい。
あるいは、彼氏はもう一回秘密の内容を何気無く言ったのだけど彼女自身の反応が悪くて二回目言うのを躊躇ってるだけとかいう可能性もある事を考えて欲しい。
置き目に言ったボケが滑った後に「なんて?」って求められるときの気分と同じ心境かもしれないことを考慮してあげて欲しい。
ばぁーっと言いたいことが整理ついて俺は布団の上に放り投げたスマートフォンを手に取った。
番号非通知でかけないということは折り返しされる可能性があるということだ。
俺はかかってきた彼女に電話し直そうかと親指で画面をタップしていく。
通話ボタンをタップしようと親指を動かそうとした瞬間、俺は彼女の事を考えて親指を止めた。
通話が終わって数分経った、もしかしたら今頃少し冷静になって自分が間違い電話をしたことに気づいたのかもしれない。
泣きじゃくっていた彼女は今頃赤面と困惑の嵐だ、彼氏が秘密を抱えていることなんてそっちのけで「え?え?どうしよ?なんで?」となっているかもしれない。
そんなところに「もしもし、先の電話間違いですよ。それでですね、俺考えたんですけど──」なんて言葉を掛けられても冷静に聞いてられないだろう。
ここはもう先程の電話は無かったことにして、俺と彼女の秘密としてあげるが正解なんじゃないだろうか?
そうすることで俺は人の失敗を知ることになった有意義な時間として話のネタにも出来るという処理ができて、彼女も何食わぬ顔で彼氏に本番の詰め寄りが出来ることだろう。
うん、それがいい。
じゃあ、今日はもう寝よう。
そうして俺は他人の愚痴を聞かされる時間を過ごすというモヤる考え方をかき消して、良い方向に考えて眠ることにした。
手に取ったスマートフォンは充電器に差して、掛け布団を被って目を閉じる。
それにしても彼女、彼氏の番号登録してなかったんだろうか?
電話番号をわざわざ打ったのかな?
こんな時代に間違い電話なんてするのか?
ああ、モヤモヤしてきた。
電話して聞こうかな。
頑張って秘密にしてるので察して欲しい 清泪(せいな) @seina35
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