第5話 レイリーの秘密
「今日は楽しかった」
レイリーは窓の外の細い月を見ながら、昼間ジークと散歩した森を思い出し、笑みを浮かべた。
ジークが案内してくれたのは、大きな木の枝に乗った小鳥の巣で、今年生まれた雛たちが元気な声を上げていた。
ジークはこうやって、家に籠っている私に色んな外の世界を教えてくれる。
「だけど、ジークにばかり依存していちゃだめよね・・・」
弱い自分がジークの優しさに甘えてしまっているのが、レイリーには心苦しかった。
「お嬢様、ホットミルクをお持ちしました」
メイドのサマンサが部屋をノックする。
「ありがとう、サマンサ」
サマンサはレイリーの様子を見て微笑んだ。
「何か良いことがありましたか?お顔が明るいですね」
「分かるかしら?」
サマンサからホットミルクを受け取りながら、レイリーは首を傾げる。
「ええ、分かりますとも。今日はジーク様とお出かけだったでしょう?」
「森を散歩しただけよ。私は街には行かせて貰えないから」
レイリーがそう答えると、サマンサの目に痛ましそうな色が浮かんだ。
「全く・・・この屋敷の方々はどうかしてますよ。ジーク様以外、どうして皆様お嬢様にを蔑ろにするのでしょうか・・・」
「良いのよ・・・サマンサ」
レイリーは諦めたような口調でそう言った。
「そんなに辛くは無いのよ。居心地が良いわけじゃないけど、虐げられてるわけじゃないから」
「お嬢様・・・」
「それにね。私、お義母様やリリアの事を恨む気持ちは全く無いのよ」
レイリーがそういうと、サマンサが怪訝そうな顔をした。
「ですが、リリア様のお嬢様に対する態度は酷すぎますし、奥様だって・・・」
「そうなんだけど、何故か二人からは悪意を感じないの・・・不思議ね」
継母に無視されるのは悲しかったし、リリアに言われた事で心が痛む事もあった。だけど、どうしても二人がレイリーを嫌っているとは思えないのだ。
「でもね・・・お父様は違うわ。私、お父様が怖い・・・」
無関心を装いつつ、父はいつも自分を監視している。私が、絶対に幸せにならないように・・・。
そしてレイリーは、彼がそうする理由を理解していた。
サマンサが部屋を出て行ったあと、ベッドの中でレイリーは思い返す。
(1年前、お母様の実家に行った時・・・)
その日は母の命日だった。父のフリーマン子爵が仕事で1週間程、家を空けた時、家に籠っていたレイリーを祖母が内緒で連れ出してくれたのだ。
祖父母の屋敷には一人の男性が訪れていた。黒い髪に緑の目をした背の高い男の人。
彼はレイリーを見るなり涙を浮かべた。その瞬間、レイリーは悟ったのだ。
(私は母が父を裏切って出来た、不義の子だったんだわ)
男性の正体は知らない。別に知りたいとも思わなかった。それよりもレイリーを苦しませたのは、自分がジークと全く血の繋がりが無いという事実だった。
(どうしよう・・・)
絶対に、ジークに知られてはいけないと思った。でないとレイリーはジークの姉ですらいられなくなる。
ジークはレイリーを姉だと思うからこそ慕ってくれるのだ。レイリーがどこの誰ともわからない男の娘だと知ったら、彼は自分をどう思うだろう?
その時、彼が自分に向ける目を想像すると怖かった。
(ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
レイリーは涙を隠すように、顔を両手で覆った。
ジークを騙しているのが苦しかった。だけど、お願い。あと少しの時間でいいから。ジークに大事な人が出来るその時まで、私を彼のそばにいさせて。
レイリーは自分の髪のように真っ黒な夜の闇の中に、本当の想いをそっと隠した。
秘め事は姉様の髪に似て(完結済み短編) 優摘 @yutsumi
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