今日も彼女を甘やかす

焼き串

今日も彼女を甘やかす

 始業前。

 冬休み明けの教室は和気藹々わきあいあいとしていた。

 思い出話に花を咲かせる集団もあれば、再会を喜ぶ者達もいる。

 そんな中、俺は自分の席に座りながら欠伸あくびをしていた。昨日の夜更かしの影響だ。


「佐藤くん」


 その時だった。

 背後から凛とした声がかけられたのは。


「委員長か」


「はい、おはようございます」


 振り返ると予想通りの人物がいた。

 校則から一ミリもはみ出していない制服と髪型。そして地味な眼鏡がトレードマークとなっている少女だ。


「おはよう、今年もかっちりしているね」


「適切な格好をしているだけです。それよりも」


 指で眼鏡を押さえながら彼女は言った。


「始業式では今のように欠伸をしないよう気をつけるように」


「あいよ。ごめんね」


 俺と委員長のやりとりを、他のクラスメイトは「またやっている」と言いたげに見ていた。だらしない俺が委員長に注意されるのは、このクラスの名物風景だ。


「わかればいいです。では」


 言うべきことは口にしたとばかりに、彼女はクラスメイトの輪の中へ去って行く。

 一方、俺は背伸びをして眠気を覚ます。注意された以上、きちんとしないといけないだろう。


「ねえ、委員長は初詣に行ったの?」


「ええ、家族と一緒に行きましたよ。少し遠くの神社ですが」


 意識せずとも、委員長と級友の談笑の様子が聞こえてくる。


「家族と、ねえ」


 誰にも聞こえない声で小さく呟いた。






 始業式なので学校は午前で終わった。

 これから部活だとか、みんなで遊びに行こうぜ、と話している連中を尻目に俺は早々と下校した。

 そのまま真っ直ぐ帰宅。……したものの、すぐに着替えて学校から離れた場所にあるカラオケ店に出向いていた。


「昼寝でもしようかと思ったらこれだ」


 廊下を歩きながらぼやく。

 本当は昼飯を食べて、自室のベットにダイブする予定だった。

 予定が狂ったのは、帰宅直後に届いたメッセージのため。

 いつものに付き合うことになった。


「おーい、来たぞー」


 指定された部屋のドアを開けると、呼び出した当人がこちらを向いた。


「おそーい。もう始めてるよ?」


「無茶言うなって。これでも急いだぞ?」


「言い訳は聞きたくないでーす。罰として私の言うことをなんでも聞くこと」


「結構普段から聞いている方だと思うけど」


 軽口を叩き合いながらの隣に座る。

 テーブルの上には彼女が注文した菓子類や料理が並んでいた。 

 その中からポテトを摘まみ口にする。


「昨日も遅くまで一緒にゲームしたじゃん」


「それとこれはべーつ。直接会ったのは


 彼女はスティック状のチョコ菓子を俺に向けた。


「ずっと我慢していたんだから。本当は毎日でも会いたかったのに」


「無茶言わない。俺はともかく、そっちは親戚付き合いとか大変なんだ――」


 喋りかけた言葉は、口に押し込められたチョコ菓子によって遮られた。


「嫌なこと思い出させないで。今日はとことん歌って、君に甘えてストレス発散する予定なんだから」


「後者は許可した覚えないんだけど」


「カノジョ特権で許可を取る必要はありませーん。それとも」


 打って変わった表情で彼女は言った。


「本当に嫌?」


 その顔はずるい、とはさすがに口にしなかった。


「……本当に嫌だったら、そもそもここに来ていないし」


 彼女の肩を引き寄せる。

 

と付き合ったりもしていない」


 学校での姿からは想像できない、ガーリー系ファッションに身を包む彼女が俺を見た。今はコンタクトなので眼鏡もしていない。

 身につける物が変わっただけで印象がまるで違う。


「……二人の時は委員長呼びは禁止だって言った」


「そうだった。ごめん」


「許す。だから」


 上目遣いの瞳が飛び込んでくる。


「私の名前を呼んで?」


 促されるまま、名前を口にし抱きしめた。





 二つの顔を持つ委員長と俺の関係は誰にも秘密だ。

 それには彼女の家庭の事情や、おおやけにすると色々煩わずらわしいなどの事情がある。

 ただ今日は、そんなことを忘れて彼女を甘やかすことにした。

 こんな時間が続くことを願いながら。

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今日も彼女を甘やかす 焼き串 @karinntoudaze

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