カクヨムのひみつ

太刀川るい

第1話

「ほら、たかしくん、ここがカクヨムだよ」

「うわぁ~~文字がいっぱいだねぇ!」



「ちょっとまてい!」カクヨム編集部のキタジマは思わず目の前の原稿から顔を上げてそう叫んだ。ここは巨大都市メトロポリスTOKYOの地下、関東ローム層の遥か下に位置するカクヨム編集部付属のカフェである。


 こんな地下深くになぜカフェがあるのか。一般には知られていないが、編集者というものは喫茶店以外で打ち合わせをしようものなら心臓を鎖で握りつぶされて即死する制約をかけられている生き物なのだ。労働者の生命を守るため、あえてこのような施設が作られているのである。


「ちょっとなんなんですかこの原稿ォ!」キタジマはビデオ通話をしたままのスマホに向かって声を張り上げた。通話するんだったら、家で打ち合わせをすればいいのだが、それが通じれば編集者ではない。

「依頼したのは、うちをPRする原稿なんですけどォ!?」

「だから、そう書いてみました」

 キョトンとした顔でスマホに写っているのは、カクヨムユーザーのカワモトさんだ。20代中頃という感じの女性だが、顔全体が妙に右によっている。背景から見るにどうやら布団の中で横になったまま通話しているらしい。

 通話するときぐらい布団から出てこいよとも思うのだが、そういう常識に囚われていてはカクヨムに投稿などできないのだ。


「やっぱり、PRっていったら、ひみつシリーズじゃないですか。わたし、あのシリーズ好きだったんですよね。それで書いてみたんです『カクヨムのひみつ』って」

「そのシリーズは会社が違うんだよなぁ……」

「ガッ◯ンもカド◯ワも4文字違うだけじゃないですか。似たようなもんですよ」

「一文字も一致してないよ! 大体なんですか、このたかしくんのリアクションは!?」

「いや、なんか初めてカクヨムを見たらそんな反応になるかなって思ったんで」

「普段どれだけ文字を見慣れていないんだよ! うちのユーザは原始人なの!?」

「そんな些細なことより、中身を続きを見てくださいよ。ほら、ちゃんとこのノリでいろんな機能を紹介しているんですよ。自主企画とか、アプリ版から自主企画を見てもジャンプができないから使いにくいとか」

「後半、ただの愚痴になってるけど」


「創作フェスは楽しいけど、創作フェスのタグから検索すると一回目~三回目の作品が混ざって出てくるので探しにくいとか」

「くそ、案外タイムリーな指摘だ……! それはそうと、やっぱりこれは厳しいですよ。うちは事前に許可されているもの以外の二次創作はNGなので」

「えっ?田原総一朗(敬称略)が投稿できるサイトで!?」

 がばり、と音を立てて、カワモトさんは起き上がった。

「田原総一朗(敬称略)は本人が許可しているからいいんですよ! ひみつシリーズは二次創作のリストになかったはずですし……」

 キタジマはそういうと規約に目を凝らす。


「そんな、本家にあやかって、『おとなのひみつシリーズ からだの秘密』を書こうと思ったのに……!」

「投稿できるかどうか微妙なラインだな! あ、ていうか、本家がそんなの出してたんだ」

 キタジマはAmaz◯nで書影を確認して驚いた。お前はBOOK☆WALKERを使え。

「ヤッ太とか、安全日デキッコナイスとか、出そうと思ったのに!」

「発想が最低を通り越しているよ! そういうのは、別の会社のサービスでやってくださいよ!」

 そう叫ぶと、キタジマはハァハァと息を切らした。

「はあ、わかりました。とにかくだめってことですね。じゃあプロットを変えましょう。こういうのはどうです? 新学期!カクヨムを始めよう!母さん!俺カクヨムを始めたいんだ!なんだかんだで、勉強も部活もうまくいってライバルに差をつけて彼女もできまあした。ありがとう!カクヨム!みたいな」


「……ゼミだろ!それはゼミの漫画だろ!」

「いいじゃないですか、ベ◯ッセもカ◯カワも4文字ちがうだけじゃないですか」

「だから、そもそも一文字も一致してないだろ! ……ですからね、もっとうちのカラーを出して……」

 流石に疲れてきたのか、キタジマが憔悴した顔でそう頼むと、意外にもカワモトさんは素直な態度を見せた。


「なるほど……カクヨムのカラーですか。わかりました。明日またここに来てください。最高のカクヨムをお見せしますよ」

「なんだその自信……。まあ見せてくれるならありがたいですが」



   そ

 翌 し

 日 て


(なんかすごい表現だな上の……)

 とキタジマが思いながらスマホをいじっていると、急に着信が入った。通話がONになるのと同時に、カワモトさんから原稿が送られてくる。



「ケヒャーッ!!カクヨムに投稿して、作品で殴り合う、バトルカクヨムは楽しい~~ですねェ~~~ッ!」

「くそ~ッ! カクヨムは人を傷つける道具じゃないんだ! 俺とバトルカクヨムで勝負だッ!」


「いや、なんだこれ!?」

 あんまりな原稿に驚愕しているキタジマの後ろから突然声がする。


「カクヨムと言えば、暴力ッ!そして殺人ピエロですよねェ~~~っ!!!」

「うわぁッ! カワモトさん!? なぜここに!?」

 ピエロのコスプレをしたカワモトさんがいつのまにかそこに立っていた。


「簡単なことですよォ~~! 場所を指定すればのこのこやって来る相手なんて簡単に特定できますゥ~!

 それよりも私はキャラになりきることにしたんですよォ~~ッ!!さあ、私の芸術の糧になりなさァい!」

「くそぅ! 言動が妙に安っぽい! 怪異ならともかく、こんなピエロに殺されてたまるかッ!」

 キタジマは拳を握りしめた。腐ってもカクヨム編集部員である。ここまで上り詰めるのに、数々の編集者を倒してきたのだ。負けるわけには行かない。そして何よりも、殺人ピエロはカクヨムの象徴ではないということを世に知らしめなければならない。


「こいッ!」

 キタジマはファイティングポーズを取って叫ぶ。


 カワモトさんの、真っ赤な口紅を塗った唇が、にぃ、と歪んだ。

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カクヨムのひみつ 太刀川るい @R_tachigawa

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