秘密のマシマシ
白川津 中々
■
「脂質や塩分の多いものは食べていませんか?」
「勿論ですよ先生。誓ってそんなもの食べていません」
嘘である。
男は昨日、マシマシインスパイア系“フライトン”の大豚をニンニクカラメヤサイチョモランマで完飲している。
彼の腎臓は現状、透析も視野に入る程のダメージを負っており、ラーメン、それもマシマシ系など控えるべきというか、生涯に渡って断絶すべき食べ物である。当然ドクターストップ。医者の前で、「昨日ラーメン食べましたぁ」などと口が裂けても言えはしない。故に、男はそれを隠すのだ。
「それならよかったです。数値も下がっているので、このまま健康な体を目指していきましょう」
嘘である。
医者は男のeGFRの数値が限界間近である事を知っている。そして、医者はこの男の状態を悪化させるつもりで薬剤師を介さずに腎機能を阻害する薬を渡している。
そんな事ができるのか。できる。医者は市販薬と一緒に該当の薬を渡し、「食後に飲んでくださいね」と指示している。彼は、「処方箋出すより安く済みますから」という明らかに問題のある言葉で男を言いくるめていたのだ。
普通なら怪しむところだが男は命よりマシマシを選ぶようなド級の異常者であるから、「安くなってラッキー」程度にしか思っていない。今日も不適切な薬を渡された彼は、自身の状態がよくなっていると錯覚しながら、妻の待つマンションへと帰るのだった。
「ただいま」
「おかえり」
男の帰りに、妻が出迎える。二人はリビングへと行き、男は着替えをしながら口を開いた。
「医者から改善してるって言われたよ」
「あらそう。よかった。大事な体なんですもの。早くよくなってね」
嘘である。
妻は男に対して明確な殺意を持っている。男にかかっている保険金は2000万。死亡後は旅行でも行こうかという腹積もり。元々結婚などする気はなかったが両親がうるさく言うため、適当に金が稼げて子供もいらないという男をチョイスして入籍。頃合いを見て離婚を決め慰謝料でもぶんどってやろうという算段だったが、死にかけとあらばこれを利用しない手はないと判断。元交際相手だった医者(飽きたからといって一方的に別れを切り出した)と結託し、男を始末する計画を立てる。
「先、ご飯食べるわ。今日の夕食なに?」
「レバーのワイン煮」
「お、いいね。美味しそうだ」
「赤も用意してるんだけど……」
「だったら、やっぱり先に風呂だな」
「うん、その方がいいと思う」
男が脱衣所へ入るのを見て、妻は電話を掛けた。
「……もしもし、どうだった? 今日の数値」
「まぁまずいね。このままいけば半年後には死ぬだろう」
「何度も言うけど、中途半端な状態で生きてもらっちゃ困るからね。ちゃんと殺してね」
「分かってるさ。ところで、事が済めば……」
「勿論、あなたと結婚する」
嘘である。
女は医者と結婚などする気はない。用が済めば、適当な理由を付けて拒絶するか、しばらく付き合って別れるつもりだった。
「そうか。頼むよ。君との結婚生活、楽しみにしているんだ」
嘘である。
医者は男を半死半生にして、男の妻に要介護者を背負わせようとしている。これは彼にとっての復讐である。自身を捨てた女への、細やかな仕返しだった。
「明日も……食べちゃうかぁ……インスパイア」
呑気に風呂に入り無謀な食計画を立てる男は自身が巻き込まれている泥沼の策謀を知らない。湯船に浮かぶ皮脂の膜はラーメンスープを彷彿とさせる。彼がラーメンを止めて健康的な食生活を始めれば、あるいは誰も不幸にならないかもしれないが、彼は秘密を貫くだろう。
ニンニクカラメヤサイチョモランマ。
いつものコール。秘密のラーメン。止まる事のないマシマシThe・Order
男にとって、死ぬよりマシか、死んだ方がマシか。どう考えるのか。答えの出る時は近い……
秘密のマシマシ 白川津 中々 @taka1212384
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます