第8話 どこかで見た惨劇

 気がつくと、ぼくは彼女の部屋の前にいた。

 ためらわずにドアを開ける。男がいたって関係ない。彼女の秘密を知っているのは、彼女のことを本当に知っているのは、このぼくだけなのだから。

 部屋の中は暗かった。何度も何度も何度も来たことがあるし、いつもいつもいつもカメラで見ている部屋だ。あかりなんてついてなくても問題ない。

 ベッドに誰かいるようだった。

 ぼくは覗き込んで、顔を確かめるために手を伸ばした。

 街灯の青い光の中に彼女の顔がぼんやりと浮かんだ。

 さっきの光景が脳裏に浮かんだ。

 彼女の唇だけが、青い光の中でなまめかしいピンク色に染まっていた。

 何も考えられず、その唇にぼくは吸い寄せられた。

 彼女のまぶたが急にぱっちり開いて、獣じみた叫び声が聞こえた。必死でぼくを押しのけようとした。

 どうしてだろう。彼女はぼくのことを知っているのに。彼女はぼくの恋人なのに。

 悲しさと悔しさと怒りで、彼女をめちゃめちゃにしたいと思った。

 叫び続ける彼女の口をふさぐために、ベッドの上にあがって、彼女のからだを押さえつけようとした。彼女は激しくもがいて、ベッドヘッドの不細工な像が彼女の枕もとに落ちた。

 どこかで見たことのあるシチュエーションだと気づいたとたんに、衝撃がきた。

 痛みというより衝撃でしびれたように身体がうごかない。

 彼女は泣きながらぼくの下から這い出すと、部屋のあかりをつけた。

 そして泣きながらどこかに電話をかけているようだった。

「ひろくん? ひろくん! 今どこ? すぐに来てぇ」

 花音の声は嗚咽まじりでよく聞こえない。いや、ぼくの耳が聞こえなくなっているのか。

 男はすぐに来るらしい。あのラガーシャツの男が。

 意識が完全に消える前に思い出したことは、そういえば大野の名前も宏時ひろときだったということだった。


〈了〉

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秘密 黒木露火 @mintel

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