第7話 運命の恋人
珍しく、大野から電話がきた。
「新年会の会場なら知ってる。鳥やだろ? 山下から地図つきでメッセージ来たから」
と切り返すと、
「まだ会場は決まってないはずなのに。未来から来たメッセージか?」
と本気で不思議そうな声がした。ぼくは本気で電話を切りたくなった。
食事会とかの話ならパス、と早々に切ろうとすると、そうじゃない、と大野は慌てた。
「とにかく会って話したいんだよ」
「毎日みたいに学校で会ってるだろ?」
「ああいうところではゆっくり話なんてできないじゃないか」
電話の向こうで口を尖らせているのが見えるような口ぶりだった。
「悪いけど今はちょっと忙しいから……」
「あ、あのな、俺、彼女できたんだよ」
またか、と思ったが、一応、おめでとうと言って電話を切った。
そして手の中のアプリに目を落とす。
いつもと変わらないぼくの彼女がいる。動画はコマーシャルになったのか、猫のように優雅に、ベッドの上で上半身だけ大きくのびをした。
春になるころ、いつの間にか、ぼくと彼女はあいさつを交わすようになっていた。というより、彼女が声をかけてくるようになった。
どういうことなのかわからなかったが、こみ上げてくる嬉しさをかみ殺しつつ、わざと他のクラスメイトに接するときのように、ことさら親しげでもなく、かといってそっけないわけでもない態度をとるようにした。照れくさかったこともあるが、好きな女ができたとたんに地に足がつかなくなるような大野のようなふるまいをするのは見苦しくていやだったからだ。
大野は相変わらずで、誰だか知らないが新しい女にうつつを抜かし、単位を落としかけていた。
ぼくは彼女を見守って、彼女が一人の男を殺したという秘密を共有しているだけで満足だった。彼女は今のところ誰ともつきあってはいなかったけれど、運命づけられた、ぼくの恋人――のはずだ。
いつものようにバイトから帰ったぼくはアプリを立ち上げる。
いつものように彼女はベッドとこたつのすきまでひざをかかえている。
と、急に彼女は立ち上がって画面の下方に消えた。風呂に行ったのか、玄関に行ったのか。どっちにしろ、問題はないだろう。こんな時間に訪ねてくるのは、いつも学食でいっしょの二人の女の子のうちのどちらか、または両方に決まっている。彼女は、夜の十二時を過ぎて一人暮らしの家に恋人でもない男を招き入れるような尻の軽い女じゃない。
画面の下方から出てきた人間が彼女一人ではないことには驚きはしなかったが、定位置の彼女の隣に座った人影は、上着を脱ぐとくつろいだようすであぐらをかいた。短い髪の毛。顔はよく見えない。女ならベリーショートというところだろうが、彼女と仲良のよい女友達は二人とも髪の毛は長い。
ラガーシャツを着た肩幅は、どう見ても女ではない。
二人は楽しそうになにかをしゃべっている。彼女は肩をふるわせて笑っている。
ぼくは血の気がひいてくらくらしてくるのを感じた。
ふと、男の手が彼女の肩に左手を回して引き寄せた。彼女の体が脱力したようにくにゃりと男の腕の中に納まった。
それがぼくの我慢の限界だった。
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