妙齢の女性

榊 薫

第1話

 上司の葬儀のため、手伝いをしているときに、ご遺族の知らない「妙齢の女性が棺にすがりついて泣いていた」との話を聞きました。上司は酒の飲みすぎによる糖尿病がもとで、傷口から菌が入り、悪化して亡くなりました。


 上司は戦記物の小説が大好きで、実在していた武将の系図など調べ上げ、「妾が何人いた」といった話をよくしていました。大物の政治家との付き合いもあり、選挙の応援などで手に入れた「必勝」と書かれたハチマキをしながら机に向かって書き物をしていることが良くありました。

 当時、大物には豪遊が付き物でした。企業を廻りながら技術の提供だけでなく、ご子息の結婚相手を探すなど人脈も広く、周囲からは人望も厚く慕われていました。

 そのため、仕事場にいることはほとんどなく、大半は企業廻りでした。毎朝、勤めに出ると、すぐに電話がかかってきて、出かける準備をしている間に今日の仕事の打ち合わせを済ませて1時間もしないで出かけることがよくありました。

 来客も多く、小さな部屋に衝立を置いて3つに仕切り、一番奥に陣取って、2組の来客を衝立で仕切ったところに座らせて待たせ、順番に対応していました。あるとき昼近くまで、来客対応を済ませ、昼飯を食べに連れて行ってくれることになり、寿司屋に行きました。好きなものを頼んでよいとのことで、たくさん頼みましたが、「それだけか」と言いながら無厚い札入を取りだして払ってくれる気前良さがありました。

 外出先での付き合いも半端でないことが分かります。どうやら、仕事の話の大半は、製造技術のことより、どこの店で何を飲んで食べ、「どんなママが居たのか」ということが多かったのではないでしょうか。思い当たることは、終電過ぎにタクシー代を払うより泊まった方が安くすんだといった話を楽しそうにしていました。高度成長時代は、銀座で豪遊するほど企業の景気が良い時代でした。

 当時、一緒に豪遊して楽しんでいた企業の組合が、もし、その軍資金を貯めて駐車場の土地を買って、その上に事務所を立てていたら、その駐車場の収益で、組合の事務員を雇えていたことでしょう。今や、当時の技術を担っていた熟練労働者の退職、若者の製造業離れが重なって、その組合も企業数が最盛期の1/2以下になり、事務員の退職金も払えなくなってしまいした。

 組合を存続させるため補助金をもらうには、他ではできない斬新さが必要です。

 斬新性のある代表的なものとして知的財産権(特許)があります。

 その組合が補助金をもらい易くなるよう、連名で特許出願することにしました。組合の中に特許に詳しい人がいません。

 一般の人は、特許公開も特許公告も特許番号が付いているので、審査という権威のもとで成り立っていることから斬新な商品であると勘違いします。専用実施権があるのは特許公告です。

 特許に記載された技術は保護されているものと思われています。うわべの外観が真似されるとすぐわかるものは、特許侵害対応しやすいですが、外観からではわからないところはすぐ真似されます。実際には、保護されているのは記載されている文章だけであることが多いです。

 模倣がまかり通っている国では、記載されている内容を模倣する商品がワガモノ顔で販売されています。模倣されないために、重要なことは記載しないことです。そのため、模倣されても良いところだけ記載します。

 また、申請して拒絶通知が来ても対応できるように、その分野で取り組んだことのない展開方法を請求項に盛り込んでおくことが大切で、人工知能なみの審査官のご機嫌を損なうことのないように、上手に拒絶理由通知書への意見書を提出します。

 特許庁の審査官から、特許法第29条第2項の規定にある進歩性に問題があるとの指摘があり、先願技術として、特開公報を示してきました。その指摘は、「記載している処理薬剤を用いることが開示されている。」とのことでした。幅広い特許はそれに含まれることになるので、それに含まれるものは特許公告の取得が難しくなります。そこで、その中から、採算が合わず、使えない薬剤の指摘されていない用途を拾い出して、申請したところ認可され特許公告番号を得ることができました。

 このことがもとになって、その組合での補助金獲得に役立ちましたが、肝心の安価で使える薬剤は、特許のノウハウとして秘密にしました。

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妙齢の女性 榊 薫 @kawagutiMTT

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