キンギョソウ

深川夏眠

snapdragons


こんばんは」

 れんくんがやって来た。今日も金魚モチーフのカットソーを着ている。

「はい、ちゃん、。ちょっと休憩させて」

「うん。ありがとう。お茶、淹れるね」

 おみやげは、どこで買ってくるのか金魚をかたどった練り切り。わたしだって和菓子も金魚も嫌いではないけれど、こうたびたびでは辟易する。

 漣司くんは友達との約束を前に時間調整と称してわたしの部屋へ一服しに立ち寄ったのだが、相手から連絡が入り、予定より長く待たされる羽目になった模様。

 緑茶は覚醒作用を発揮しなかったらしく、

「何だか眠くなってきたなぁ」

「ちょっと昔話でもしようか。睡魔を退散させられる自信はないけど」

「うん?」

 漣司くんは去年からご愛用のに身を預け、リモコンでテレビの音量を下げた。


     *


 物心がついたときには首都圏のベッドタウンの片隅で、両親と小さな家で暮らしていた。狭いながら一応、庭もあって、母がボチボチ手をかけてきれいにしていたっけ。キンギョソウって知ってる? 金魚マニアだから、ご存じでしょ。花の形がどことなく金魚っぽくてカラーバリエーションの豊富さが特徴っていう。あれがほとんどのスペースを占めていたんだわ。

 でね、幼稚園で仲よくなった女の子が、ちょくちょく遊びに来るようになったの。名前はカンナちゃんっていって……カタカナでいいのかな、ひらがなだったか、漢字ならどう書くんだろう。苗字も聞いたけど忘れちゃった。付き合いがあった間に二回くらい変わってたし。

 わたしも一度だけカンナちゃんの家にお邪魔した。ママが金魚を好きみたいで、玄関の靴箱の上に四角い水槽を置いてあって、お部屋のキャビネットにも丸くて縁がフリルみたいになったガラスの金魚鉢が載っていた。カンナちゃんが餌をあげる様子をボーッと眺めていたなぁ。

 しばらくして、カンナちゃんがウチに来たとき、小さな白い手提げのポリ袋を持っていて「金魚が死んじゃったから、お墓を作らせて」って言ったの。「あたしんには、こんなお庭はないから。きれいなお花がたくさん咲いていて、ここなら金魚もさびしくないもんね」――って。母に相談しても嫌がられそうな気がしたので、二人してそっとスコップで土を掘って埋葬した。きちんと手を合わせて、ね。

 ところが、一度では済まなかったの。短期間に次々、金魚が死んじゃうことより、毎度我が家にそれを持ち込もうとするカンナちゃんがどうかしている……と思ったけれど黙っていた。母にバレないかヒヤヒヤしながら。

 で、カンナちゃんちはお引越しすることになって。その前日だったのかな、「新しいおうちも、お庭がないの」って、これが最後だからと、また荷物を提げて現れた。黒いビニール袋だった。中に何が入っているかはわからないんだけど、サイズからして金魚の死骸じゃないのは明らかで。タプッと膨らんで、水気が多そうな……。カンナちゃんの手が小刻みに震えて、黒い袋もプルプルしていて、とても不快な印象を受けた。嫌だったけど、彼女の境遇その他に同情する気持ちもあったから、断れなくて。せっせと穴を掘るしかなかった。埋め戻して表面をならすのに苦労したわ。両親が帰宅する前に無事、ひと仕事を終えてホッとしたわたしたちは別れの握手を交わした。今でも汗の混じった湿りけのある土にまみれた、ぷっくりした掌の感触がありありと蘇る。

 そして、カンナちゃんが来なくなってから、わたしは庭で遊ばなくなった――。


     *


 心地よくまどろんでいたかに見えた漣司くんがパッと瞼を開き、身を起こした。茶器を片付けようとしていたわたしの前にヌッと立ちはだかって、

「それは死にかけの赤ん坊だったんだよ。ママが生み落とした。父親の違うカンナちゃんの弟。つまり、俺」

「……ウェッ」

 漣司くんの服の金魚が布地の中で泳いだと思ったのは目の錯覚に違いない。食べたばかりの上生菓子が逆流して喉をせり上がる感覚に、わたしはうろたえた。だが、吐くべきか否か逡巡していると、彼は即座に表情を緩め、

「なぁんてね。嘘、ウソ。そんなワケないじゃない」

 金魚愛好家として聞き捨てならない話だったので少しばかり悪い冗談で応戦したのだと弁明する声を背中に受けつつ、わたしはトイレに駆け込んで嘔吐した。

「ごめーん、美佳ちゃん大丈夫ー?」

 ひとしきり苦悶したのち、トイレットペーパーで口を拭い、肩で息をついた。思わず漏らした独り言は彼の耳に届いたろうか。

「わたしも一昨年、こっそり埋めたんだ。実家のキンギョソウの下に……」



             snapdragons【END】



*2024年1月書き下ろし。

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キンギョソウ 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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