秘密の名は『宇宙人が落とした靴』
藍条森也
知られてはならない秘密
「スタート!」
号砲とともに、その『大会』ははじまった。
場所はチョモランマ。
参加者たちは機械兵と生体兵器。
かつて、人類が自らの戦争のための兵器として生みだした、ふたつの戦闘種族。そのふたつの戦闘種族の争いによって人類は事実上、滅亡し、世界は荒れ果てた。もはや、地球は至る所、荒野と化し、生物の住める場所などほとんどない。
それでもなお、ふたつの戦闘種族は地球の覇権を賭けて争いをつづけていた。
そんななか、わずかに残った人間たちが両種族に対して提案した。
「戦うことをやめられないならせめて、戦いの舞台と被害とを限定しよう。戦闘の舞台を一カ所に定め、希望者のみが参加する。そうすれば、地球全土が荒廃する恐れはないし、戦いを望まないものが死ぬこともない。
もし、この提案に賛同するのなら戦いの勝者には我々、人類の最後の秘宝『宇宙人が落とした靴』を提供しよう」
機械兵も生体兵器もその提案を了承した。
そして、チョモランマを舞台とした
希望するものたちだけが参加し、すべてを懸けて争う。殺しあう。そして、生きのこったものに与えられる賞品、人類最後の秘宝『宇宙人が落とした靴』。
その正体は誰も知らない。
秘密のヴェールに覆われている。
それを知るためにはこの
だが、とにかく、想像を絶する価値のあるものにはちがいない。なにしろ、滅亡に
それは、全盛期の人類が作りあげた最終兵器なのか。
機械兵たちの機能を狂わせる禁断のプログラムなのか。
生体兵器の体内に侵入し、死に至らしめるウイルスなのか。
わからない。
わからないままにふたつの種族は、その賞品を求めて戦う。
そして、その戦いをモニターを通して眺めるものたち。
かつての力のすべてを失い、わずかに与えられた居住区で肩を寄せ合い、まるで保護動物のように細々と生き存えている人類最後の集団。
その集団は不安と心配を胸に、ふたつの種族の戦いを見守っていた。
「戦況はどうだ?」
「ほぼ互角です。このままなら恐らくは両者全滅かと」
「そうか。それでいい。いや、そうでなければならない。『宇宙人が落とした靴』。その秘密だけは決して知られてはならない。その秘密が知られたとき、そのときこそ我々は滅びることになる」
「で、ですが……機械兵の勇者と生体兵器の姫。この両者が強すぎます。まるで、無人の野を行くがごとく、敵を蹴散らしながら山頂に向かっています」
「むうう……。なんとか、なんとか途中で死んでくれ、破壊されてくれ。そうでなければ我々は、世界は……」
そんな人類最後の集団の願いも空しく、機械兵の勇者と生体兵器の姫とは進撃をつづけた。そして、ついに、ふたりはチョモランマ山頂にて相対した。
両者はすべてを懸けて戦った。
その戦いは三日三晩にもわたってつづいた。
その間に他のすべての参加者たちは互いに殺しあい、全滅していた。あとは、この両者さえ相打ちになってくれれば……。
そうなれば、『宇宙人が落とした靴』の秘密は守られる。世界は、人類は救われる。少なくとも、次回の大会が開催されるそのときまでは。だが――。
そんな人間たちの願いも空しく、機械兵の勇者と生体兵器の姫とはその戦いを中断した。
「……やるな。さすが、生体兵器の姫」
「……あなたこそ。機械兵の勇者の名は伊達ではないわね」
「お互いさま、と言うところか。どうだ? もうおれたち以外には誰もいない。最後に『宇宙人が落とした靴』の正体を見て、それから決着をつけるというのは?」
「いいわね。最後の戦いの前にふさわしい余興だわ」
そして、両者は宝箱を開けようとした。
それを見ていた人間たちは叫んだ。
「だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ! 『宇宙人が落とした靴』の秘密だけは、絶対に明かされてはならんのだ! その秘密が明かされてしまえばすべてが終わる!」
その叫びが両者のもとに届くことはない。両者の行動をとめる
なにもなかった。
人類最後の居住区。
その場において、残されたわずかな人類の怒号が渦巻いていた。
「いったい、どこのどいつだ⁉ 『宇宙人が落とした靴』などという、ありもしない秘宝をでっちあげたのは⁉」
「いまさら、それはないでしょう。滅亡寸前の我々人類に、あの両種族が欲しがるような宝なんてなにもないんです。だから、適当にそれらしいものをでっちあげろ。そう言ったのはあなたでしょう。その宝を求めて地域限定で相争わせる。それだけが人類が生きのこる最後のチャンスだと言って……。これでも必死に、興味を引きそうな名前を考えたんですよ!」
「だからと言ってなぜ『宇宙人が落とした靴』などと言う……。そんな名前をつけるならなぜ、それっぽい細工を
「そんなもので戦闘種族をごまかせるはずがないでしょう! すぐにバレて、それこそ怒り狂いますよ!」
「ああ、終わりだ。我々はもう終わりだ。ありもしない宝を巡って争い、多くの同胞が死んだ。そのことを知ったら両種族とも怒り狂い、我々を滅ぼしにくる。我々には
「……いや、まて。なにか様子が変だ」
「なに?」
絶望に打ちひしがれる人間たちの前。
そこでは機械兵の勇者と生体兵器の姫とがじっと
「……宝箱の中身は
「でしょうね」
「わかっているべきだったな。『宇宙人が落とした靴』。そんなもの、最初からあるわけがない」
「争いの果てに得られるものなどない。そんなものはすべて幻想。それが、人類からのメッセージというわけね」
「そうだな。実際に争いつづけ、事実上の滅亡を迎えた種族の言うことだ。軽く扱うわけにはいかないな」
「これは……確かに『人類最後の秘宝』と呼ぶにふさわしい、途方もない価値のある宝物ね」
「そうだな。どうだ? 柄ではないが、夢を見てみるか?」
「そうね。一度ぐらい、夢を見てみるのもいいかもね。まずは、わたしたちからはじめましょうか」
そう言って――。
機械兵の勇者と生体兵器の姫とは互いの手を取り合った。
ここに史上初めて、機械兵と生体兵器の和平への試みがはじまったのだ。あっけにとられる人間たちの前で――。
残されたわずかな人類は、危機一髪のところで滅亡を免れたのだった。
完
秘密の名は『宇宙人が落とした靴』 藍条森也 @1316826612
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