【041】終息

 □葉山 武彦


 館が、燃えていた。

 炎の熱が僕にも伝わってくる。

 ダメだ、もう中に入ることができない。

 そこで、近くからガサッと、物音が聞こえた。思わず振り向く。

「よう、葉山」

「……野山署長」

 僕から離れて十メートルほど先に、野山署長が立っていた。野山署長の近くに五人の生徒が横たわっている。

 野山署長は五人の生徒に視線を落とした。

「彼らはみな、意識を失ってるだけだ。外傷も殆ど無い。運が良かったのだろう」

「……どうして、そこまで、冷静でいられるんですか」

「さあ、どうしてだろうな。……私にも、もう、よくわからない」

 野山署長は諦めるようにそう言いながら、燃える館を見た。

「すべて、終わったから、なのかもな」

 僕は野山署長を見据えた。

「野山茂。署に連行します」

 もう、すべては終わった。

 後は警察官としての責務を果たすだけだ。

 だが、野山署長は首を横に振った。

「――いや、そうはならない」

 野山署長が取り出したのを見て、息を呑んだ。拳銃……だった。それを自分の頭に突きつけている。

「待てッ――!」

「最初から、こうすると決めていた」

 僕は走り出していた。この距離なら間に合う。自殺なんて、許されるはずがない。死ぬな。罪から逃れるな。ふざけるな。

「井上のことだが――、」

 それは僕の足を止める威力を持っていた。


「奈々花が以前通った小学校の隣の小屋。――そこで、今も

 

 野山署長はそう言って微笑んだ。

 その微笑みはいつかの明るさに溢れた野山署長のものと変わらなかった。

「すまない」

 発砲音が響き渡った。


 ◇


 その後、警察や消防隊などの連携により、事件の沈静化を図った。

 消化後の館の残骸からクラスの焼死体が出てきた。そして、その中にはすべての首謀者、中野奈々花のものもあった。

 事件は大々的にニュースになった。

 当時、生き残りのクラスメートに関しても、マスコミからの目が向けられていたが、やがて時間とともに落ち着きを取り戻していった。

 野山署長の処遇も世間からはバッシングを受けた。

 最後まで伏せられた情報は、首謀者である中野奈々花が何故、この事件を起こしたのかという動機だけ。巷では様々な憶測が出ていたが、最後までわからずじまいになった。

 そうして、事件は数々の謎を残して、終結に至った。

 僕は今、病院を訪れていた。

 部屋の一室をノックすると、明るい返事がきた。

「部長、こんにちはっ」

「うん、井上」

 井上はかつて中野奈々花が通っていた小学校の隣にあった小屋で幽閉されていた。発見された当初、酷く憔悴状態であったが、一ヶ月で完全とは言えずも回復していた。

「体調はどうだ?」

 僕が聞くと、井上は笑って答える。

「もう完璧ですよ。体がなまるぐらい」

「それならいい」

 お見舞いの品を置いておく。

「井上、お前これからどうする?」

「これから、ですか? もちろん、現場に復帰しますよ」

「あんなことに遭ったのにか?」

「……あったからですよ」

 井上は窓の方に目を向けた。

「彼女が、どうして私を殺さなかったのかは、わかりません。けど、今なら思うんですよ。中野奈々花は、誰かに助けを求めていたのではないか、って……」

「……」

「話によると、実際に殺したのは、田中明夫一人だけだったと聞きます。もしかすると、中野奈々花は、家族を、欲しがったのかもしれない。今なら、そう思えるんです」

「……これからは無茶はするなよ」

 僕は自然と言葉にしていた。

 井上は申し訳無さそうに笑う。

「さあ、どうでしょう。善処はします」

「確約しろ……と、言っても聞かないんだろうな。まあ、一生守ってやれば、それでいいか……」

「っ……! ま、まあ、部下の尻拭いは、上司の役目ですもんね」

「……わかって言ってるでしょ?」

「……まあ、照れ隠しです」

 そう言って、お互い笑い合う。

 それから近況報告をし終えると、僕は部屋から去ろうとする。その寸前、井上が僕を呼び止めた。

「これで、終わったんですよね?」

「ああ、終わったよ」

 すべての事件は、解決した。

 


 □佐藤 茜音


 あの後、どうなったのか。

 子供である私には断片的なことしかわからなかった。

 まず、あの火事で館は焼失してしまった。クラスでも疑心暗鬼と狂気に呑まれた生徒の殺し合いが起きていたらしく、死体ごと燃やされてしまったらしい。

 生き残ったのは八人。

 三ヶ月も経てば、世間は次の話題に意識を向けている。私たちはその事件の被害者として、学校では扱われた。

 クラスは別で移動になった。

 私は、高橋さんと、弥咲と一緒になった。

 高橋さんとはよく喋る仲になった。

 とは、言っても、変わったと言えば、それぐらい。

 弥咲は相変わらず新しいクラスでも一人だった。むしろ、事件後から避けられてる節すらある。

 ……結局、中野さんのしたことで、世界は何一つ変わらない。

 ただ、一つの悲劇を産んだだけ。

 そうやって、日常は過ぎていく。

「あ、いま帰り?」

 その日、弥咲と一緒になった。

「うん、佐藤さんも?」

「少し美香と話してたから。弥咲は?」

「図書館で勉強してた」

「ふぅん」

 私たちはお互いに自然と歩き出していた。

「ねえ、弥咲」

「ん?」

「…………ごめんね」

「……うん」

 私たちは結局この世界で生きていくしかない。悲劇が起きようとも、変わらない日常を過ごすしかない。

 だから、私は。

 まずはこの幼馴染みとの関係を直すことにした。

「弥咲、帰ろ」

「うん」

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