【040】炎上

 ――罪には罰を与えなければならない――




 館に戻ると、血の匂いが充満していた。

 クラスでは、わたしが空気を誘導して、暴動を起こさせた。最後の一人になるまで、誰が犯人だと、殺し合ったのかもしれない。

「……お父さん、いる?」

「――ああ」

 後ろから、声がした。

「生き残ってる人、館の外に連れ出しておいて」

「……」

「安心して、最後のお願いだから」

「……もう、満足したのか?」

「……」

 その問いには、どうとも言えない。

 そもそも、満足するようなことをしていたのか。それすらも定かではない。

 相変わらず、自分という存在は、どこまでも、あやふやで、不安定だ。

「どうせ、一人か二人しか残ってないだろうから。すぐお願い」

「――ああ」

 お父さんの気配が消えた。

 これでお父さんともお別れ。

 そう、これでいい。顔すら合わせない。

 わたしたちは、これでいいのだ。

 わたしは館の中を歩いていく。

 死体、死体、死体――。

 至るところで、死体がある。

 死体の状況から殴り合ったり、斬りつけ合ったり、階段から突き落として、骨を折ったり。たぶん、途中で目的すらも忘れて、衝動のままに動いていたのがわかった。

 何も、感じなかった。

 館の二階に上がり、自分の泊まっている部屋に行く。

 扉を開けた。

 わたしは、合宿のための持ってきたスーツケースを開ける。そこには、拷問器具や、予備のスタンガン、その他見せたら即逮捕の代物が詰まっている。端っこに学校の教科書とかを詰めていた。

 ガソリンを取り出す。

 マッチも、用意しておく。

 ガソリンを部屋に撒き散らした。

 思いっきり。とにかく、思いっきり。

 マッチに火を付ける。

 ガソリンに投げ捨てた。それ以外にも、ベッドや布にも投げていく。廊下のカーペッドにも。色んな場所に火が燃え移っていく。

 わたしは、ミサくんが泊まっている部屋に行った。

 部屋に着くと、彼が元々持ってきていたスーツケースを強引に壊し、服を漁っていく。ベッドの上に広げて、その場に寝転がった。

 少しだけ、ミサくんの匂いがした。




 ――火は燃え移っていく。



「葉山、現着しました。これから現場に向かいます……!」

 僕は、館があるという森の中に車を突っ切って行く。その寸前、車窓の端に見知った顔を確認した。思わず急ブレーキ。

 窓を開けると、その人物も近づいてきていた。

「葉山さん……!」

 高橋さんだった。

 隣にいるのは……おそらく、佐藤茜音。

「高橋さん、状況は?」

「それが、はぁっ、はぁっ……」

 高橋さんはここまで来るのに走って息が切れ切れだった。息を整えながら言おうとするが、つっかえてしまっている。

「館が――!」

 館が?

「燃えてます……!!」

 館が、燃えている……?




 ――火は燃え移っていく。




 空は赤く染まっていた。

 館が、炎に包まれていく。

 私の近くには木に寄りかかるように、数人の生徒が気を失っている。

 これは、奈々花が選んだ。

 最後の選択、か……。

 結局、私は、何もできなかった。

 ただ、娘のしたことを加担しただけ。

 それで父親面をしていると思ったのか。


 ――。わたしのお願い、聞いてくれるよね?


 すべては、あの時から始まった。

 いや、あるいは、奈々瀬に会ってからか。

 私は、もうとっくのとうに壊れている。

 ……さよなら、奈々花。




 ――火は燃え移っていく。




 館が、燃えていた。

 僕の声は、最後まで、届かなかった。

 そっか……。すべて、終わったのか。

 僕たちの世界は、崩れていく。

 もう間もなく、滅びゆく。

 もしも。もしもの話である。

 この物語に、原因があったとして。

 それは間違いなく、僕だろう。

 僕は最初から罪を持っていた。

 なら、今目の前で行われているのは、罰だ。

 僕は今、最後の罰を見届ける。

 火は、赤く、燃え上がっていた。




 ――火は燃え移っていく。



 鼻に焦げた匂いがつく。

 物が焼ける匂いに交じる、死の匂い。

 視界は、真っ赤になっていた。

 呼吸も、少しだけ苦しい。

 それでも、ベッドから抜け出そうとはしなかった。

 わたしは、独りだった。

 だから、誰かを求めた。

 たぶん、誰でも良かった。

 わたしに最初に声を掛けてくれる人がいれば、その人を好きになっていたかもしれない。

 それが、偶然。

 ミサくんだっただけ。

 全部、偶然から起きた必然。

 ミサくんを嫌って、憎んで、呪って、でも、結局、好きになって。

 そうやって、空回りだけを続けてきた。

 けど、もしもの話。

 もし生まれ変わるなら。

 また、あなたのことを好きになりたいな。

「…………悔しいなぁ」

 やっぱり、きみのことが好きだよ。

 ミサくん。




 ――火は燃え上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る