【038】親友

 □高橋 美香


 年の境目が苦手だった。

 クラス替えや入学、人間関係。

 あらゆるものがリセットしてしまう。

 それは新しい出会いとも取ることができるけど、変化を望まない人だって、きっといる。私もそうだった。

 中学の頃、仲の良かった人たちとは高校は違うところになってしまった。また、気軽に会えることもなくなる。もしかすると、それを境に会う機会が減り、関係が消滅することだって、ありえる。

 高校入学直後。

 人間関係を構築するのに必死だ。

 私も、必死だった。

 一人ぼっちになるのは、嫌だった。

 昼休みに一人でご飯を食べるのも恥ずかしいと思ったし、二人組のペアをすぐに組めないのももどかしく感じる。

 ただ、一人になるのが嫌だった。

 もしかすると、私はひどく臆病で、ずるいのかもしれない。

 誰かがいないと、不安になる。

 電話とかメールとか。人の温もりがすぐに恋しくなってしまう。

 それは、きっと、私が弱いから。

 一人だと、途端に不安になって。

 何もかもがダメになる。

 けど、高校生活は中々上手くいくものではない。そんなときに声を掛けてくれたのが、ナナだった。

「お友達になりましょっ」

 初めてナナを見たとき、こんな漫画みたいな美少女が現実にもいるんだなって、おかしなことを思った。

 そう思えるほどに、ナナは輝いていた。

 ナナは自分の持っているものを、決してひけらかすことはしなかった。それが人気者であるのに拍車をかける。

 ナナの一番の友達だと、そう自負していた。

 それが、誇りに思えた。

 けど、いつからか。

 ナナのことがわからなくなることがあった。

 常に微笑みを浮かべている。

 その微笑みの底が窺えない。

 何を考えているか、わからない。

 ナナは感情を表に出している様で、実際はすべて隠しているのだ。私もそれが気づいたとき、悲しくなった。

 私には、どうにもできないのか、と。

 そんなとき、ナナが感情を表に出す瞬間があった。

 好きな人を語るときだ。

 ナナに好きな人がいると聞いたとき、少し妬けた。

 こんな美少女に好きな人って誰よ! みたいな感じで。やっぱり可愛い子ほど好きな人は既にいるものなんだなと、オヤジ臭いことも思ってしまった。

 それでも、嬉しかった。

 ナナも、そうやって感情を出せるんだと。

 その前までは、誰かの理想を演じるような、悪く言えば人間っぽくなかった。

 だから、私は気づいていた。

 ナナはその好きな人のことが、本当に好きなんだと。


 ◇

 

 ――きみは多村弥咲のことを愛してしまったのだろう?


 葉山さんの言葉に、ナナは動揺していた。

 目線を落として、多村の腕をぎゅっと掴んでいた。

 ナナには多村を好きな人格と、嫌いな人格がある。

 今、目の前にいるのは、どっちだろう。

 あるいは、混合しかけているのか。

『――中野さん。罪を償ってくれ』

 葉山さんから、そう告げられる。

 ナナは何も言わない。

「――ナナ、聞こえるよね?」

 私は口を開いていた。

「…………」

 答えない。

「私、さ。ナナが犯人なの、知ってたよ」

 ピクリと、体が動く。

「それでも、さ。見ないふりを、したんだ。気づかないふりをしたの。私は、ナナの親友だと、思ってたから。ナナのわけないって、無視したんだよ……」

「……」

「でも、それじゃあ、ナナと、向き合ってないって、思ったの。きっかけは、井上さんがいなくなったことだけど、それでも、私は、ナナと向き合いたい。本当の意味で、友達に、なりたかった」

「…、」

「ナナ、もう、やめにしよ?」

 私は最初と同じ言葉を言った。

 ナナの答えを待つ。

 お願い、お願いだから。

 ナナ……。

「……ふ、ふふふ、ふふふふふ」

「……ぇ、」

 声を漏らしたのは、隣にいた佐藤さんだった。私は震えた。

 ナナは、嗤っていた。

 表情を歪ませ、嗤っていた。

「井上さんがきっかけ? ナナと向き合いたい? 友達になりたかった? ――ふふ、全部、嘘でしょう?」

 ぜんぶ、うそ……?

「全部、ぜーんぶ、嘘だよ。本当のことなんて、何一つない。美香は、自分のために動いているんだよ。わたしも、わたしのために動いている。美香はね。償いがしたいんだよ。井上麗奈が死んで、それを自分のせいだと思っている。もし自分があのとき言っていれば……って。今言っていた理由はすべて、それを隠すための方便だよ」

「――ナ、」

「安心して、美香。それが普通なんだから。人が、他人の為に動けるなんて、真の意味ではあり得ない。あなたは、正常。わたしは、異常。それでいいじゃない」

 ――ダメだ、私では。

 ナナと向き合っても、駄目だった。

 説得なんて、問題じゃない。

 そもそもから、間違っていた。


「――開き直ってんじゃねえよッ!!」


 …………え?

 叫んだのは、佐藤さんだった。



 □中野 奈々花


 ……は?

 何を言われているか。

 すぐに理解できなかった。

 佐藤茜音は、わたしを見据えている。

「あんたって、神様かなんかなわけ!? そうやって人のこと知った気になって。それこそ、高橋さんの何を知ってるの!? あなたが、高橋さんが中野さんのこと何も理解できないのと、同じように、あんただって、高橋さんのこと、何も知らないじゃない!!」

 叫ぶな。なんだ、こいつは。

「さっきから聞いてみれば。ようは、弥咲のこと好きなんでしょ!? 何かも遠回りで、難しい理屈ばっかり言って、誤魔化してるのはあんただよ!!」

 佐藤茜音は言ってのけた。


「あんたのしたことは間違ってる! 何一つ正しくなんかない!! 不幸ぶるなッ!!」


 その言葉がいつかの言葉と重なる。

 

 ――どれだけ取り繕っても、どれだけ愛を語ろうとも。結局貴女がやったことは、何一つ正しくない。――貴女は間違ってる


 どうして、こんなときに。

 あいつの、言葉が。


 ――ズキッ。


 間違って、間違って、間違い続けて。

 じゃあ、わたしは。

 どうすれば、良かったのさ……。

 わたしは、独りだった。

 ずっと、独りだった。


「わたしには、ミサくんしか――!!」


 声に出かけて、思わず止めた。

 あ、わたしは、今なんて……。

 高橋美香が、佐藤茜音が、わたしを見ていた。

 急に、怖くなった。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。

 わたしは、その場から逃げていた。

 その手にはミサくんの手が握られていた。

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