【033】暴動
□多村 弥咲
その日の夜、三人目の被害者が出た。
犠牲者は小林さん。夕食時、広場にて熊井先生がそう報告した。クラスには嫌な、とても嫌な空気が蔓延していた。
誰もが疑心暗鬼に陥っていた。心が追い詰められていた。このクラスの中に殺人犯がいるのは間違いない。そういう空気で満たそうとしていた。
「なあ、誰が犯人なんだ――?」
「高橋と佐藤は一度も外に出てないって話は聞いたぜ?」
「じゃあ、あいつらじゃないってこと?」
「早く、家に帰りたい……」
「人殺しと一緒にいるなんて、考えられない……」
パンっ。熊井先生が手を叩いた。
自然と熊井先生の方に視線が向いた。
「今日は部屋ではなく、この部屋で一日過ごそう。オレはこの部屋の唯一の出入り口を監視しておく。次の日にはバスが来る。それまでの辛抱だ」
熊井先生の顔には確実な疲れがある。やや老けてしまったかのようにも見えてしまう。
教師だって、人間だ。当然、人殺しは怖い。それも教師の場合は生徒を守るという義務や責任があるから尚更辛い局面だろう。
誰もが、限界を迎えようとしていた。
□西田 孝平
次に殺されるのは、俺じゃないのか?
身体が、震えていた。
犯人は、高橋や佐藤なんかじゃない。
やっぱり、犯人は多村なんだ。
俺は確信していた。これは、間違いない。
谷山、芽吹、小林と殺された。
よく考えてみれば、三人はいつも多村のいじめを指示していた。俺もだ。みんな、俺がいたグループの人間だ。
これは、偶然か?
いや、そんなわけない。
これは、多村の復讐なんだ。
この館で俺を殺そうとしている。
ふざけるな。多村なんかに、殺されてたまるか。
「なあ、西田」
中藤が、声を掛けてきた。
「なんだよ、中藤」
中藤も同じグループだった。
なら、こいつも多村に狙われているかもしれない。なら、中藤に協力を求めるのも一つの手か?
中藤は俺にだけ聞こえるように耳打ちしながら言った。
「――お前が谷山達を殺した、ってことはないよな?」
「はぁっ!?」
思わず声を上げた。
視線が集まっていたが、そんなことを気にする余裕もなかった。
「なんで、俺が、犯人扱いされんだよ!!」
「西田、声大きい――!」
「俺が、殺すわけねえだろッ!」
そう言い切った後で、周りの視線に気づいた。なんだよ、その目は。俺に、そんな目を向けんじゃねえよ。
中藤も、黙ってないで、何か言えよ。
「だって、お前……、芽吹のこと、好きだったろ?」
「……………………は?」
「高橋を一番に疑ったの、お前だよな? けど、お前が、殺したんじゃないかって、俺は最初に思ったよ。お前、谷山に、嫉妬してたろ……?」
「俺が、そんなで殺すわけ――!?」
なんだ、空気が悪い。
まるで、俺が犯人みたいになってる。
ふざけるなよ。
俺が、殺すわけないだろ……!
芽吹を、殺すはずないだろ……!
「んなこと言ったら、どいつもこいつも、怪しいだろ! 中藤! お前だって! クラスの奴ら、みんな怪しいじゃねえか!!」
俺は叫んでいた。
自らの無実を訴えるように。
自分の怒りを発散するように。
「おい、どうした、お前ら――」
熊井が俺たちの騒ぎに気づいたのか、近寄ってくる。入ってくるな。今は、俺たちクラスの問題だ。
「殺したのは、多村だろッ――!!」
俺は多村を指差していた。
多村は俺の言葉にビクついていた。
ムカつく。ムカつくんだよ、お前。
なんで、俺はなんでもない、みたいな顔をしてるんだよ。
お前が、全部やったんだろ……!?
クラスの空気が悪くなる。
「ちょっと、待て――」
熊井が俺たちの間に入ろうとした瞬間。
不意に、電気が消えた。
□中藤 健二
は? 何が起きた?
暗い。夜のせいで、部屋が真っ暗だ。
「えっ!? なにッ!?」
「ちょ、誰か、電気――!」
「怖い怖い怖い――!?」
クラスがパニックになっていた。
ドタドタと足音が聞こえる。
馬鹿か。動くなよ。何かあるかもしれないだろ。
「ウぁッ――!?」
何か、声がした。
なんだ、うめき声みたいな。
聞いたことのない、悲鳴だった。
電気が普及した。視界がパッと明るくなる。
「――――――――――え?」
そこで、見た。
熊井が、血を流して、倒れていた。
いや、熊井だけじゃない。
何人か、腕や腹、足に切り傷を追って、痛みに叫んでいた。誰かが、暗闇の中で何かをしたんだ。
この中に、犯人がいる――!!
「嫌だッッッ!!!!」
誰かが暴れ出した。
女生徒だった。名前は忘れた。
いや、あいつが殺人犯か?
待てよ、この中に殺人犯がいるのか?
「おい、中藤」
「は? ――ガッ!?」
頭を殴られた。
俺は地面に倒れ込んだ。
俺を殴ったのは西田だった。
「おい、西田。何する――!?」
「お前が、やったのか……!?」
「は、はぁっ!?」
「お前が、熊井を、殺したのか!?」
「なに言って……!?」
俺は視線を外して、気づいた。
暴動が起きていた。
爆発的に、それぞれが犯人だと思い込み、殺されるぐらいなら、一矢報いてやろうと、暴れ回っている。
「お前が殺したんだろッ!?」
「俺じゃねえッ!!」
なんだ。なんだよ。
お前が、俺を殺そうとしてるじゃないか。
やっぱり、お前が犯人なのか!?
□佐藤 茜音
クラス中が、錯乱状態に陥っている。
私も襲われそうになり、身を低くして、テーブルに下に潜り込んでいた。テーブルクロスがちょうど私を隠してくれる。
「――佐藤さん」
「きゃっ!?」
私は後ろから声を掛けられて、腕を振るおうとした。咄嗟に受け止められる。
「私、高橋だよ」
高橋さんだった。震えた身体が落ち着くほどに、安心してしまった。
「ごめん、高橋さん……」
「いや、いいよ」
高橋さんは息を切れ切れとしていた。
先ほどまで逃げ回っていたのか。
「ねえ、これって……」
私の言葉に察したように高橋さんか頷く。
「ナナがやったことだと思う。電気を消したのは……父親かな?」
「この暴動も、全部……?」
だとしたら、怖い。
全部、中野さんの掌の上じゃないか。
「もう、なりふりが待ってられない。ナナに直接言おう」
「えっ?」
高橋さんの顔を見ると、もう覚悟を決めている様子がわかった。
私も、覚悟を決めるしかない。
私はテーブルクロスの隙間から中野さんの姿を確認しようとした。
「……………………あれ?」
中野さんの姿が、見えない。
「多村も、いない――」
私と高橋さんは目を合わせた。
『逃げられた……!?』
□多村 弥咲
暴動が起きると同時に。
僕は奈々花の手につられて、館の外に出ていた。奈々花さんが走って、僕が引っ張られる形だ。
「な、奈々花……!」
僕は奈々花の名前を呼んだ。
いつの間にか、奈々花呼びが自然と定着していた。
奈々花が足を止める。
僕は呼吸を整える。けど、奈々花は息が上がってる様子はない。
「どうして、逃げるの……?」
「ミサくんが、犯人扱いされてるから。あの場にいたら、殺されちゃうよ」
奈々花はそう言った。
「けど、まだあそこには、クラスメートが」
「クラスメートなんて、別にいいじゃん」
奈々花の手を握る力がぎゅっと強くなる。
「あのクラスは、ずっとミサくんをいじめてたんだよ? だったら、助ける必要なんて、ないよ。わたしはミサくんが無事なら、それでいい。だから、二人だけで、逃げよ?」
「奈々花……、それは――」
僕は答えようとした。
その寸前。
「ナナ――!!」
背後から、声がした。
聞き覚えのある声だ。
振り向く先にいた二人に驚いた。
高橋さんと、佐藤さんだった。
「ナナ、もう、やめにしよ」
世界が崩れる音がした。
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