【032】記録

 □高橋 美香


「ねえ、やっぱり、美香が犯人なんじゃないの?」

「いま、どうしてるの?」

「部屋に閉じこもってる。とりあえず私たちで監視しとこ」

「ほんと、マジで許せない」

「茜音も怪しいんでしょ?」

「この人殺し」

 廊下から聞こえてるっつーの。

 私は思わずため息をついた。向き合う形で座っていた佐藤さんが私のため息に気づく。

「高橋さん、大丈夫?」

「平気。ねちっこいのは慣れてるから」

 再び、ため息。

「というか、普通告白して振られたって一年も前の話引き出す?」

 私はボヤいた。

 確かに、谷山のことが好きだった時期もあった。たぶん、雰囲気にやられた。特有の恋をしたい雰囲気。偶然、そこに谷山がいた。少しだけいいなぁ、とか思って、それを恋と捉えた。

 今思えば、それが恋だったのかもよくわからない。

 告白してこっぴどく振られた、と言っても、別に普通に振られただけ。

 振られた後に、妙にスッキリしている自分もいた。

 ああ、そこまで別に好きじゃなかったのかな? とか負け犬みたいな考えを持ったり。それでも、谷山の件は私の中では随分と前に決着がついていた。

 きっと、彼らだって頭では理解している。

 そう簡単に人は殺せない。

 彼らは空気に従っている。

 学校裏サイトもそう。見えない誰かの言葉に無意識に従う。その光景は傍から見れば滑稽に思える。

 まるで、盤面の駒だ。

 踊らされていることにも気づかない、愚かな駒たち。

「高橋さん。今の状況って、やっぱり」

「うん、間違いないよ」

 私は誰が、とは言わなかった。

 佐藤さんは、私の話をまだ全面に信じているとは言えないだろう。

 けど、信じかけてはいる。この状況がそれを根拠にしようとしているからだ。

「一度、電話をしよう」

「携帯は全部壊されて――」

「こんなときのため、だよ」

 私は合宿に行く直前に、葉山さんから携帯を渡されている。いわゆる、葉山さんとの連絡用だ。一番を押すだけで葉山さんに繋げることができる。

 三回目のコールの後、通話が繋がった。

『高橋さん? 何かあった?』

 葉山さんの声が聞こえた。

 私は佐藤さんを手招きする。佐藤さんは電話の内容が聞こえるように耳元に近寄った。

「佐藤さんといます。いま、けっこうヤバいです。一通り説明します」

 私は早口で外に音が漏れないように小声であったため、かなり下手な説明になった。説明不足な部分は佐藤さんが補助した。

『……かなり、ヤバい状況ですね』

 葉山さんはすべての話を聞くと、そう言った。

『今までとやり方が全く違う。今までは本命を消すことに尽力してきてたのに、今は高橋さんの周りの人間を殺してる』

「私を犯人に仕立て上げるってことですよね?」

『いえ、それだけじゃないです』

 通話先からも葉山さんの緊張が伝わってくる。どれたけ深刻な状況であるのかを、理解させられる。

『――あなたを、一連の事件の犯人にしようとしてるのかもしれない』

「――」

 言葉が、出なかった。

 そうか、ナナは、そんなことをしようとしてるかもしれない、のか。

 ははは、親友だと思ってたのは、私だけだったかな……。

『とにかくっ。これ以上の深追いは危険です。そこにいるようにしてください』

「警察の手配も――」

『もちろん、します。けど、場所が場所です。山奥、でしたよね? 少着くのが夜になると思います。それまでの間、耐えてください』

「――はいっ」

 話は終わりかと思ったが、通話はまだ切れなかった。まだ、何か話があるのだろうか。

『一つ……、いや、二つほど話しておきたいことがあります』

「話?」

『協力者の件です。こちらは、最悪警察内部の可能性がありました。……中野奈々花の、実の父親。僕の上司です』

「父親……!?」

 ナナから両親の話は聞いたことがなかった。それも父親が警察官だったとは。

『中野奈々花については、調べてる段階であることがわかりました。これだけは、高橋さんも知っておく必要がある、と思いました』

「……?」

 何かもったいぶる言い方だ。

『――中野奈々花は、通院している記録があります』

 その病名が――



 □小林 有紗


 谷山君も、樹里も、死んだ。

 こんなの、偶然なわけない。

 何か、理由があるはずだ。

 犯人は絶対、高橋美香だ。

 佐藤茜音も怪しい。もしかすると、グルかもしれない。

 部屋の前には数人の友達に監視を頼んだ。

 証拠を、絶対に掴んでやる。

 今は部屋で一人だった。

 もし、犯人が生徒であるなら、廊下に監視を付けておけば、誰かしら目に入る。


 こつん。


 不意に、窓から音がした。

「……? なに?」

 私は部屋の奥にある窓に近寄る。

 特に、何かあるわけでもない。

「……」

 気になって、窓を開けた。

 そこから景色を見ようとした瞬間。

 窓から何かが飛んできた。

 私の口を塞ぎ、一瞬の間に床に組伏せられた。

「んんッ!! んん――!?」

 黒い人影。なんだ、何が起きてる。

 誰、誰なの? 身体が重い。

 私の上に誰か乗ってる。

 まさか、犯人? 窓から入り込んだ。

 怖い恐い強い!! た、助け――

「――すまない」

 刺された。その感覚だけ、確かにあった。

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