【029】疑心

 □佐藤 茜音


 ――なあ、殺したの、高橋じゃねえの……?

 誰かが、言った。

 その言葉のせいで、高橋さんに視線が集まった。

「ちょ、ちょっと待ってよ……! なんで高橋さんが殺したとかになるの!?」

 私は思わずそう言っていた。高橋さんが殺すはずがない。さっきまで、私と話してたんだから。

「お前らっ! とにかく、部屋に戻れ……!! 今日は一歩も外に出るな!!」

 熊井から声が響く。熊井も動揺している。それでも教師である立場がそれを許さない。

 私たち生徒はひとまず部屋に戻ることになった。

 急に谷山君が殺されるはずがない。

 何か理由があるはずだ。

 元々、私の犯人候補の中に谷山君はいた。まさか、犯人が殺した? なんのために?

 仮に、中野奈々花が犯人だとして。

 谷山君を殺す理由がわからない。

 不安要素は尽きない。

 合宿も中止になるだろう。

 弥咲に連絡だけしておこう、と思い、携帯を探そうとして、思い出す。

 そういえば、合宿をする前に熊井に回収されていた。携帯が使えない。

 仕方ない、明日朝早くするか。

 私はそう思い、部屋で過ごした。

 たぶん、私はどこか楽観的だった。それがいけなかった。その時、何でもいいから何かをするべきだった。今更後悔しても遅い。

 次の日、高橋さんが犯人であるという空気が完全に出来上がっていた。

 かつての痴漢事件のように。


 ◇


「あんたが、殺したんでしょ……!?」

 朝、目が覚めたのは、廊下から声が聞こえたからだ。私は部屋着のまま飛び出すと、谷山君の彼女だった芽吹さんが高橋さんの襟首を掴んでいた。

 その遠巻きは事の成り行きを見ている。

「私は、殺してない……」

「嘘つかないでよッ! リコが昨日の夜あんたが部屋から出ていったのを見てるんだよ!?」

「それは用事があったからで、」

「じゃあその用事ってなにさ!?」

「それは……、」

 ハッとした。

 高橋さんが疑われている。それも昨日の夜は私と会っていた。その事を伏せているから、更に疑いが深くなっている。

「芽吹さん、ちょっと待って……!!」

 私はその中心に入り込んでいた。無理やり高橋さんと芽吹さんを引き剥がす。

「昨日の夜、高橋さんは私といたよ」

「……なんで、あんたが入ってくるワケ?」

「冤罪は見過ごせないわ」

「あんた、別に高橋と仲良くないよね? なんで庇うの?」

「庇ってるわけじゃ――」

「おい、なんだなんだ、朝から!?」

 そこで熊井が現れる。私たちの騒ぎを聞きつけてきたのだろう。目にはクマがある。熊井も昨日から寝ていないのだろう。極度の疲労が窺えた。

「先生、警察に連絡したんですか!?」

 芽吹さんの隣にいた小林さんが尋ねた。

 熊井は困ったような表情を浮かべた。

「実はな、警察を呼ぼうにも電話線が切れててな……」

「はぁっ!?」

 電話線が、切れてる?

 そんなわけない。意図的に切らされたんだ。

「なら、私たちの携帯を使えばいいじゃない」

 芽吹さんがタメ口で熊井に言う。

 これに関しては、更に熊井は困っていた。

「お前らの携帯、な。全部、壊れてた」

「は?」

「……いや、悪い。誤魔化してる場合じゃないな。携帯は全部壊されていた。だから、外部との連絡がつかん」

 クラス全体に沈黙がやって来た。

 私も背中に薄ら寒いものを感じた。

 秋ヶ丘館は山奥に建てられたものだ。人里で歩いていくのにも数時間はかかる。帰りのバスが来るまでに二日。

 誰かが助けを呼びに行く、という手段も当然ある。しかし、それが殺人鬼かもしれない。だから、できない。

 熊井が行くのも却下。

 熊井が殺人鬼ということもあり得るが、その可能性は限りなく低い。この状況下でまとめ上げる引率者がいなくなるのは非常にマズい。


 殺人鬼がこの中にいる。

 それ以上に不安を掻き立てるものはない。


「あんたが、やっぱり――!!」

 芽吹さんが再び、高橋さんの襟首を掴もうとする。私は咄嗟に間に入り、手を払った。

「違うって言ってるでしょ!! なんでそこまで高橋さんを疑うわけ!?」

 私は自分にも似合わず叫んでいた。

 芽吹さんも負けじと返す。

「高橋は前に優弥ゆうやにコクって振られてるのよ! こっぴどくね! 腹いせで殺したんでしょ!?」

「そんな、横暴な――」

「もしかして、あんたも高橋の仲間なわけ!?」

 絶句した。


 ◇


「ナナは、私が気づいていることに、気づいたんだ」

 熊井の図らいにより、それぞれ部屋で過ごすことになった。私と高橋さんは同じ部屋にいる。

 高橋さんはため息を付きながら言った。

「私を殺人犯に仕立てる……。多村のときと一緒だ……」

「そんな、だからって、殺すなんて……」

「そんなの、私にわかるわけない……」

 一番ショックなのは高橋さんかもしれない。私が何か言うのはお門違いだ。

「何もかも、あの時と一緒……」

 私は呟いていた。高橋さんは私を見る。

「あの時って?」

「痴漢事件のとき。……噂っていうか、空気ができるのが早すぎて――」

 私の言葉は途中で切れた。その考えに思い至ったからだ。高橋さんも同様だったのか、頭を抱えていた。

「ナナが、そうなるように、空気を誘導してるの……?」


 □芽吹 樹里


 どうして、なんで。

 優弥が死んだ。死んだ。

 絶対に、高橋が殺したんだ。

 間違いない。アイツしかいない。

「大丈夫、樹里?」

 後ろから声がした。一瞬驚いたけど、知ってる声だったから、安堵した。優弥が死んだとき、そっと高橋が怪しいと教えてくれた彼女が今、最も信用できる。

「……うん、大丈夫よ、奈々花」

 振り向きざまに言った。

「そう、なら良かった」

 奈々花はそう言って微笑んだ。

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