【028】亀裂
□中野 奈々花
もっといちゃつきたかったけど、流石に外に出続けているわけにもいかない。
「ミサくん、また明日も、待ち合わせ、できるかな?」
「うん、もちろん」
ミサくんは微笑みを返しながら言った。
最後に触れるぐらいの軽いキスをすると、お互い別れた。
唇に、まだ触れた感触が残っている。
無意識に指で唇を触れていた。
キスも、自然になっていた。
愛し合ってる、って、こういうことをいうのかな……。
よく、わからないけど、心臓がドキドキしている。
わたしは部屋に戻る寸前、身を隠した。ちょうど部屋から出ていこうとする二人を見つけたからだ。
美香と、佐藤茜音……?
…………ああ、なるほど。
そういうことか。
やっぱり、美香。気づいてたんだ。
なら、こっちも手を打たないと。
何も知らなかったら。
良い友達でいられたのにな。
□佐藤 茜音
「佐藤さん、少し、いいかな?」
驚いた。
まさか高橋さんの方から来るとは。
ただの世間話に来たとは思えない。そもそも私と高橋さんはそこまで仲が良いというわけではない。
これは偶然ではないだろう。
まさか、私と弥咲が隠れて調べていることに気づいた?
高橋さんこそが犯人であり、私を殺そうとしている、とか?
……わからかい。
けど、何かが変わる。
それだけはわかる。
なら、行くしかない。
「うん、いいよ」
私は頷いた。高橋さんは歩き始める。私も後を追った。高橋さんはどこか視線を気にするように歩いていた。常に周囲に視線を巡らしている。挙動不審だ。
私の不安を掻き立てる。高橋さんは二階の一番端の部屋に入った。そこは空の部屋だ。
私は思わず足を止めてしまった。
それに気づいた高橋さんが手招きする。
「急いで。人に見られたくないの」
「……?」
いやいや。その言い草はおかしい。
人目を避けたいのはわかる。だが、犯人であれば言うセリフとは思えない。
私は恐る恐る中に入った。
部屋の構造は私が使っている部屋とさほど変わらない。二段式のベッドが隅に配置され、それに向き合うように机と椅子があった。テレビは無い。
高橋さんは私に向き直った。
「佐藤さん、あなたは多村と何かコソコソとしているよね?」
「…………なんのこと?」
「ううん。隠さなくていい。私、偶然見てたから。あなたたちも、痴漢事件とか、ねっちーの事件を探ってるんだよね?」
違う。瞬時に悟った。
高橋さんは犯人ではない。
なら、西田孝平か。そのグループが犯人ということになる。
「私も、事件を探ってるの。刑事さんと協力して」
「――!!」
刑事と、協力している。
どういうこと?
「私は、犯人を知ってる。……いや、まだ完全に犯人と確定しているわけじゃないけど、誰が犯人かは、なんとなくわかってる」
「西田孝平……なの?」
「西田? いや、違うけど」
西田じゃあ、ない?
じゃあ一体誰が――、いや。まさか。
私の表情に察したのか、高橋さんは頷いた。
「犯人はナナ……中野奈々花だよ」
◇
その事実を、耳にした。
痴漢事件の冤罪。学校裏サイトの書き込み。田中明夫殺害。そして、事件を追っていた井上という女性の行方不明。
それら全てに中野さんが関与している可能性がある、ということ。
中野さんと言えば、女子の憧れ。男子の人気者。学校一の美少女。品行方正、成績優秀の完璧人間だ。悪行という言葉から最もかけ離れた存在なはずだ。
けど、高橋さんが嘘をついているようにも見えなかった。私が嘘を見抜けていないだけかもしれないけど、そうではない気もした。
「……いや、ちょっと待って」
私はあることを思い出した。
「私、聞いたのよ。弥咲から。弥咲は、中野さんと、付き合ってるって」
その事実を聞いたとき、驚いた。
同時にショックを受けている自分もいた。私は弥咲に少しは好意を持っていたっぽい。
けど、弥咲が独りじゃないことに、安心した。それが中野さんならさらに安心した。
お相手は驚いたけど、それ以上に祝福したかった。
それが本当であれば、高橋さんの話は矛盾してしまう。
「二人は付き合ってるのに、なんで、弥咲が悪役みたいにしたり……」
「それは……、わからない。今、葉山さん……刑事の人なんだけど、調べてる途中なんだ」
「高橋さんは、私にそれを聞かせて、何をさせたいの?」
「あなたは多村の無実を証明したいんでしょう? 目的は違えど、目指すべきものは一緒なはず。私と協力してほしいの」
「協力……」
思わぬ申し出。
そもそも、本当に正しいのか?
信用しきれない。
「ごめん。信用が、どうしても、私にはできない」
私の言葉に高橋さんは頷いた。
「それもそうよ。……なら、どうすれば、信用してくれる?」
「……わからない。わからない、けど。高橋さんが嘘をついているようにも見えない。だから、協力はする」
「…………うん、それでいい」
見極めなくてはならない。
高橋さんの話も、高橋さんのことも。
「高橋さん、私は中野さんと一度話し合うべきだと、思うよ」
「………………それは、」
不意に、悲鳴が聞こえた。
『――!?』
私と高橋さんは会話を中断すると、部屋から飛び出す。
ちょうど二階の真ん中の部屋に人集りができていた。
「お前らっ、部屋に戻ってろっ!!」
担任の熊井が叫んでいるが、クラスメートがその程度の言葉で動くはずがない。私たちもその部屋を見た。
「――」
私は息を呑んだ。
ベッドを背もたれにして寄りかかるようにして、人が死んでいた。血の海で染まり、手にはナイフが握られている。
なに、これ……?
というか、死んでるの――
「谷山君……?」
クラスの人気者、谷山君だった。
私は人集りの中で偶然、それを見た。
ゾワっ、とした。
中野奈々花さんが私を見て、嗤っていた。
ただ、嗤っていた。
「なあ、殺したの、高橋じゃねえの……?」
そして、人集りの視線が一気に高橋さんに向かれた。
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