【027】概要

 □葉山 武彦


「中野奈々花の母親は七歳のときに既に他界しているのか……」

 中野奈々花について調べるにあたり、気づいたことがある。

 中野奈々花に関する情報が極端に少ないことだ。まるで意図的に隠蔽されているようにも思える。

 少しずつ。本当に少しずつでしか、中野奈々花についてわからない。

 中野奈々花の母親の名は奈々瀬ななせ

 奈々瀬は夜の仕事で稼いで、それで生活を繋いでいたらしい。奈々瀬はシングルマザーであり、中野奈々花は一人でいることが多かった。

 あるいは、愛着障害もあったかもしれない。

 だが、それだけでは問題にならない。

 携帯を見る。

 連絡は一件。高橋さんからだ。

 本来一般人に協力を仰ぐなど、言語道断だが、僕はタブーを犯してでも犯人を捕まえたい。井上の意志を尊重してやりたい。

 高橋さんからは誰を味方につけるか、について送られていた。

 味方は……佐藤茜音にするつもりらしい。

 なるほど、妥当な判断だ。

 高橋さんは……頭が良いな。

 こちらも捜査を次の段階に進めよう。

 中野奈々花についての情報は少しずつでしか調べることができない。

 なら、別のアプローチから仕掛けよう。

 僕はそうして秋ヶ丘学園にやって来ていた。

 今は中野奈々花たちのクラスは勉強合宿で学校にはいない。今は好機とも言える。

 受付で話を通すと、六十代後半と見られる事務員の方に案内される形で旧校舎へ向かう。

 高橋さんの話によれば、旧校舎にいたことが目撃されていたらしい。

 ならば、旧校舎に何か手がかりがあるかもしれない。

 旧校舎は木造式で歩くたびにギィギィと音が鳴る。

「旧校舎は、二年後に取り壊される予定なんです」

 事務員の方が言った。

 名前は清水さん。かつて秋ヶ丘で教鞭をとっていたらしい。

 懐かしむように言った。

 僕は旧校舎を一通り回ったが、特に目新しいものはなかった。それもそうだ。中野奈々花が田中明夫を呼び出しても、殺した場所はまた別かもしれない。

 もしくは隠蔽されているか……。

 考えたくはないが。

「……刑事さん。田中先生の事件を追ってるんでしょうか」

 清水さんが訊いてきた。

「すいません、守秘義務があるので、お答えすることはできないんです」

 今さら何が守秘義務だ。

 女子高生には教えているくせに。

 僕は皮肉ながら思った。

 清水さんは僕の言葉にふぅと息をついた。 

「秋ヶ丘はね、昔から何かと問題が多かった学校だったよ。勉強ができる子はストレスが貯まるのかな? 私もよく注意していた。巷でも勉強ができるだけの学校と揶揄されたものだ」

 清水さんの言葉には重みがあった。

 僕はその話に自然と耳を傾けていた。

「それでも、誇りはあった、と。私は思っていた。勉強ができるだけ? 勉強はできるに越したことはない。勉強は、その人の財産だ。高校生なんて多感な時期さ。問題の一つや二つあるのは仕方がない。我々教師は高を括っていた。……それで、問題が起きてしまった。世に広まるほどの、不祥事だ」

「不祥事……」

 最近、よく不祥事という単語を耳にする。まるで、導かれるように。

 そういえば、井上も気にしていた。

「それは、貴校の女生徒が強姦に遭った事件ですか?」

 僕の言葉に、清水さんは頷く。

「よく知ってますね……、いや、刑事さんなら、知っていて当然か。うちの地域では、悪名だけが広まってしまいましたよ。今、秋ヶ丘はボランティア活動やあいさつ運動、勉強合宿と、イメージアップに努めてます。……けど、昔の秋ヶ丘を知る私からしてみれば……。――今の秋ヶ丘は、ひどく、情けない」

 ああ、この人は。

 かつての秋ヶ丘が好きだったんだ。

 たとえ罵られようとも誇りを持ち、それを重んじていた。今の秋ヶ丘に、本気で悲しんでいる。

「あの、清水さん」

「はい?」

「失礼も承知でお願いがあります。当時の、強姦事件の記録。学校に保管されてありますよね? それを見させていただけないでしょうか?」

「……それは、事件に関係があるんでしょうか」

「それは……、わかりません」

 僕はそうとしか答えられなかった。

 清水さんは僅かに黙り込んだあと言った。

「本当は、関係者以外は禁止されていますが、わかりました。私名義で見せましょう」

「っ……! ありがとうございます!!」

 清水さんは一度資料を取りに戻っていく。

 一度窓を見ると、空は暗くなっていた。

 部活帰りで校門を出ていく生徒が見える。

「…………誇り、か」

 僕に、誇りはあるのか。

 今だって、組織内じゃ単独行動をしている。バレれば懲罰は間違いない。

 それでも、動いている。井上のために。

 いや、本当に井上のためか?

 それは大義名分に過ぎないのではないか?

 ただ、犯人に復讐したいだけでは?

 僕に誇りは無い。

 醜悪で、濁った決意があるだけだ。

「刑事さん、お待たせしました」

 十分ほどで清水さんは戻ってきた。

 手には厚いクリアファイルを持っている。

「これが、そうです」

「……拝見します」

 僕はクリアファイルを受け取り、開いた。



 □女生徒強姦事件 概要


『〇〇新聞 切り取り』

 場所は、できて三年目の新校舎美術室隣の準備室だった。そこはかつて科学研究部と呼ばれる部活の部室でもあった。そのマイナーな部活に対して、部員数は毎年二十人弱を超える多さ。時折OBの姿も見られていた。だが、その実態は部員として勧誘した女生徒を拐かし、無理やり性的暴行をする組織だった。手口は一様に、新入部員歓迎会と称して、飲み物を酒にさりげなく替えたり、睡眠薬を投与するケースもあったという。性的暴行が行われたあと、それを脅しのネタとして女生徒を揺する。もはや最低最悪の悪行と言えよう。今回の事件では、秋ヶ丘学園の女生徒だ。結果的に女生徒はショックから中退していた。


『学校調査書類』

 今回の事件の主犯は秋ヶ丘のOBであったA。その他、秋ヶ丘の生徒も事件に関与していると見られる。彼らに対しては厳罰な処罰=退学処分とする。事件の被害者は十二名にも渡る。が、実際に性的暴行を受けた生徒は一人で、残りは逃げ出していたことが判明した。被害者の女生徒・綾瀬奈々瀬は事件のショックにより中途退学となる。この時の警察担当者の名は――



 □葉山 武彦


 パタン。


 僕はクリアファイルを落としてしまった。

「け、刑事さん……?」

 身体が震えていた。

 綾瀬、奈々瀬……?

 そうだ。確か、奈々瀬という名前は。

 いや、それよりも。

 これは、偶然なのか。

 そんなことが、ありうるのか。

 この強姦事件の担当した刑事の名を僕は知っていた。


 野山のやましげる


 野山署長は、奈々瀬と、知り合いだった?

 これは、偶然なのか?

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