【026】逢引
□多村 弥咲
X市にある山奥に館がある。
そこは毎年秋ヶ丘学園が二泊三日の勉強合宿の際に使っている館である。
館の名前は秋ヶ丘館。そのまんま。
二階建て。間取りは一階は主に公共スペースが多く、キッチンや広場などがある。二階が部屋割りをされており、そこに生徒たちが休むことになる。二人一部屋が通例。男子は奇数なので、僕だけ一人部屋になった。……まあ、妥当な判断だけど。
館の周りは森で覆われている。
夜なんかは真っ暗になり、館がゴーストハウスに見えなくもない。
そのため、夜に外に出歩く人なんてほとんどいない。
「勉強たりぃ……」
「このあと、何する? ゲーム持ってきたぜ」
「テレビあったけ? 繋がるかね」
「それよか女子部屋来なよ、谷山君」
「あ、オレもいくよー」
「中藤は来なくていい」
「ひでぇ!?」
現在、館一階の公共広場にて勉強が行われている。学校で事前に配布された問題集を説き進める。それがいったい勉強になるのだろうか、と甚だ疑問に思いながらも、僕は黙々と続けていた。
無数のテーブルが広場に配置されている。
僕の使うテーブルのみ、空間が開いてる。
勉強しやすいなぁ、ぐらいしかもはや思えない。
だいたい、去年もそうだった。
勉強合宿は午前と午後に分かれて、集中的に勉強する時間を設けるのが目的とされている。それ以外の時間は基本自由行動だ。とはいっても、夜は館の外に出てはいけない。
それ以外を守れば、学校の昼休みと変わらない風景だ。
午後の勉強時間が終わり、夕食を食べる。
その後は自由時間だ。
僕は明日の朝まで部屋で閉じ籠もろうと思ったが、夕食を食べ終わり、部屋に戻ると、扉の下に手紙が置かれていた。
「……?」
扉の下には隙間がある。そこから入れたのだろう。
手紙を見て、すぐに気づいた。
これは奈々花さんからだ。
『二種時半に庭に来て 奈々花』
二十時半。まだ一時間以上時間がある。
僕は部屋に備えられたシャワーを浴びて、時間を潰してから庭へと向かった。その間、人と会わないように注意する。
夜に外に出るのは本来禁止されている。
少しルールを破っている事実にわくわくしている自分がいた。
庭は広かった。
庭園で迷路のようになっている。暗いため、よく見えづらい。
「――ミサくん」
後ろから声がした。
パッと振り向くと、奈々花さんが立っていた。
部屋着を着ていた。少し濡れた髪は背中に伸ばしている。お風呂を上がったばかりだろうか、少し色っぽく見えた。
「少し移動しよっか」
「う、うん」
僕は奈々花さんに見惚れていたため、反応に遅れた。
迷路のような庭園に入っていく。
暗いためによく見えないが、花が至るところに咲いている。きっと本来なら綺麗な庭園なのだろう。
「ふふっ、少し不思議だね」
奈々花さんがそう言って僕を見る。
「学校関係で、ミサくんと話ができるなんてね」
「……ごめんね。隠れて付き合うことになってて」
「ううんっ。気にしないでっ。わたしは今の関係も好きだし。それに、わたしたちが恋人であることには何も変わらないでしょ?」
奈々花さんはいたずらっぽく笑った。
「そうか、そうだよね……」
そこで庭園の中で噴水広場を見つけた。
そこだけ月光が差してあり、まるで映画のワンシーンのような景色だ。
「綺麗……」
奈々花さんは噴水広場に駆け寄る。
「綺麗だね、ミサくん」
「うん、……奈々花さんも」
「っ!? ……へへ、照れるなぁ」
奈々花さんはそう言って、僕の前に立つ。
少し、僕が奈々花さんを見下ろす形になる。
「ねえ、ミサくん」
「ん?」
「いつまでさん付けでいるの?」
「えっ?」
「そろそろ、奈々花って、呼んでほしいな」
さん付けで呼んでいた理由は単純に自分がどこか奈々花さんを上に見ていたからだ。
奈々花さんは、それに気づいているのか。
そうだ、僕らは恋人だ。
対等なんだ。
「な、……奈々花」
「……うんっ」
そうして、僕たちは月の下で軽いキスをした。
□高橋 美香
「あれ、美香。どっか行くの?」
相部屋のリコから訊かれた。
「うん、ちょっとね」
私はそう誤魔化して部屋を出た。
葉山さんから言われたこと。私はこのクラスで唯一事情を知っている。なら、クラスの内情に潜り込めるスパイになれる。
葉山さんにあることを言われた。
『高橋さんが、本当に信頼に当たると思える人物に、すべてを話し、仲間にしたほうがいい。単独は危険だ』
誰か、信頼に当たる人物。
そんなもの、いるか。
相部屋のリコとは仲は良い。
が、あくまでも女子社会でおいてだ。
そこは仲良くするていを見せてるだけで、裏切る可能性も否定できない。リコは芽吹さんと仲が良かった。芽吹さんと私はある事情で折り合いが悪い。
……信頼できる人間はいない。
なら、別で考えよう。
信用に値する人間とは。
男は無しだ。そもそも多村をいじめることをむしろ楽しんでしまっていた。
協力を申し出ても、デメリットしかなさそうだ。
となると、思い浮かぶ人は一人しかいなかった。
私はその人の扉をノックした。
「はーい」
声が返ってくる。
パタパタと足音がして。
扉が開かれた。
「――」
現れた人物は私を見て驚いた表情を浮かべていた。その驚きの意味を、私はまだ知らない。
「佐藤さん、少し話、いいかな?」
佐藤茜音こそ、私の協力者になりうる。
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