【025】調査
□多村 弥咲
「冬休みは毎年恒例の勉強合宿をすることになっている。各自準備は怠らないように」
担任の先生からの言葉を聞いたクラスメートたちが騒がしくなる。
勉強合宿は秋ヶ丘学園で行われるイベントの一つ。学園が保有する館でクラスごとで合宿を開くのだ。
が、表向きはそうであっても、実際は、クラスの親交を深めるイベントのようなものだ。
去年も苦い経験をしている僕からしてみれば、あまり期待のあるイベントではない。
ただひっそりと、勉強をする予定だ。
最近は物理的ないじめはピタリと止んで、ただ無視の日々が続いている。今までの仕打ちに比べれば、まだマシな方だった。
それに帰れば奈々花さんもいる。
あまり実感は湧かないが、奈々花さんとは確かに付き合っている。
放課後になると、僕は一度教室から出て、階段を降りていき、下駄箱をスルー。そのまま再び階段を登る。
そうして、空になった教室に戻ってくる。
既に教室に人はいない。
僕は自分の机の中を見る。
先程は無かった小さな紙が置いてある。
『美術室隣の準備室』
と、小さな丸文字で書かれていた。
僕は準備室へ向かう。
そういえば美術室隣の準備室といえば、昔から使われていない空き部屋だった気がする。
到着して扉をノックする。
『合言葉は?』
「えっと……はひふへほ、てんてん付けたら、ばびぶべぼ?」
『……いいよ』
扉を開けた。
そこには既に佐藤さんがいた。
「ねえ、佐藤さん」
佐藤さんはどこから持ち込んだのか、パソコンをいじっている。そういえば、昔から佐藤さんは機械が得意だったはずだ。
「こんなに用心する必要ある、かな? 合言葉とか」
「あるよ」
佐藤さんは断言した。
「たとえばさ。今私たちが探してる真犯人がねっちーを殺しているかもしれない。そしたら私たちが密かに探してるのを知ったら、殺しに来るかもしれない」
「それは……、」
否定はできない。
「ここ数日でわかったのは、弥咲を悪役にしようとしている人がいること」
佐藤さんは鞄からメモ帳を取り出す。
ピンクのハート模様が描かれた可愛らしいものだ。
「学校裏サイトの掲示板、15時24分の書き込み。あのとき、電車に私たち以外に何人か秋ヶ丘の生徒が乗ってることがわかったんだ」
「その人が犯人、かもしれない……と?」
「その生徒が、西田孝平、高橋美香、中野奈々花――」
奈々花さんの名前が出て、どきりとした。
「私は、西田君と高橋さんのどちらかが怪しいと思う」
「……あまり人を疑いたくないけど、僕も、そう思う」
「でも、西田君が犯人だと、無理やりやらされてるって可能性も否定できなくなるんだよね」
「え? そうなの?」
「うん。西田君ってクラスだとよく中心のグループにいるけど、その中だと下っ端みたいな感じなんだよ。なんというか、ただ上位グループでいることに固執してる感じ……。えっと、虎の、いを、えっと」
「虎の威を借る狐、みたいな?」
「そう、それ」
佐藤さんは困った顔をした。
「だから、主犯は別で、西田君が実行犯ってパターンもあり得るから……。そうだとすると、あの上位グループ全員が怪しくなっちゃう」
確か、あのいつも一緒にいるグループは五人。
男女構わずの人気者男子、谷山君。
金髪が目立つ谷山君の彼女、
クラスのムードメーカーの
クラスで一番運動ができる小林さん。
そして、西田君。
「そうすると、一気に怪しくなるね……」
「クラス合宿で、それとなく聞いてみる、とか」
「え、それ大丈夫かな……?」
僕は佐藤さんに言っていた。
もしも佐藤さんも僕と同じ目に遭ったら、という考えが浮かんでしまう。
「西田辺りから聞いてみるよ。あいつ、口軽いし、すぐボロを出しそうだから」
佐藤さんは強気で笑ってみせた。
「弥咲こそ、合宿、大丈夫?」
「僕は、まあ……無視されるのは慣れてるから」
「そっか……」
「それに、佐藤さんには、一応、伝えておきたいんだ」
「ん?」
佐藤さんは僕のために危険を冒している。
その誠意に応えるべきだ。
僕は佐藤さんに言った。
「僕は奈々花さんと、付き合ってるんだ」
□高橋 美香
「すいません、掃除で遅れました……!」
私は放課後掃除を終えると、すぐに学校を飛び出した。少し離れたところに停めてある車に乗り込むと、まず最初にそう言った。
運転席に座っていた葉山さんは首を横に振った。
「いや、気にしなくていい。あくまでも学校では普通に行動しておいたほうがいい。高橋さんが気づいているとバレたら、それこそ殺されるかもしれない」
「……はい」
「車動かすからシートベルトお願い」
「了解です」
車が発進する。
「少しずつ、話をまとめておこう」
葉山さんはそう言った。
「昨日の話をまとめた限りだと、田中明夫が殺された前日、高橋さんは旧校舎に向かう田中明夫と中野奈々花を見た。これは間違いないんだよね?」
「……はい」
「それから、痴漢事件の書き込み、噂の流布。これらがすべて繋がっているのだとしたら、中野奈々花はもはや黒幕的存在になるな……」
葉山さんの言葉に耳を塞ぎたくなる。
けど、そうはしないと決めた。
向き合わなければ。
「葉山さん。なんで、すぐにナナを、捕まえようとしないんですか?」
「そこだよ。問題は」
葉山さんの表情には疲れがあった。
「――証拠が無いんだ。全く、これっぽちも。全部憶測に過ぎない。それじゃあ、ただの妄言だ。確実な物的証拠か、あるいは自供が無いと……」
「…………葉山さん、おかしいと思いませんか?」
「ん?」
「証拠も無い。なんか、すっごい手口。ナナだって、そりゃあ、学校じゃ優秀ですけど、こんなドラマとか漫画みたいに一人で出来るわけがない。誰か、手伝ってる人がいると思うんですけど――」
「……僕も、その可能性は考えた」
車が停まる。そこは地下の駐車場だった。
ここなら人目もつかずに、葉山さんとの作戦会議も可能だ。
「けど、そうすると、最悪な考えが浮かぶんだよ」
「最悪な考え?」
「いや、こちらの事情だ。あまり気にしなくていい」
葉山さんはそう誤魔化した。
葉山さんが私にすべての情報を話しているはずはない。
「一度、僕は中野奈々花についての情報を洗ってみよう。高橋さんは、中野奈々花の監視をお願いしたい。少しでも異変があったら連絡するんだ」
「はい」
「そういえば、一週間後から合宿、だっけ?」
「あ、そうです。少し離れた山の中にある館なんですけど」
「今どき珍しいね」
「まあ、うちの学校は前に不祥事を起こしたとかなんとかで、学力を上げようとするのに必死だとか噂で聞いたことありますよ」
「………………不祥事、」
私の言葉に葉山さんは引っ掛かりを覚えたようだ。
「なに、か?」
「いや、その不祥事、高橋さんは覚えてる?」
「え? いや、ずっと前だったんで、覚えては……。それが、何か関係が?」
「…………いや、ちょっと気になっただけだから。合宿のほうは、気をつけて」
「――わかりました」
誤魔化されたけど、気にしなかった。
私はただ、役目を果たせばいい。
中野奈々花の正体を知るために。
□葉山 武彦
不祥事、という言葉が何故か気になる。
そうか、井上とのいつかの会話で、その話題が出たからだった。
原因は、何だったっけ?
僕は井上の記帳を開いて探していく。
メモ魔らしく片隅に書いてあった。
女子生徒強姦事件、と。
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