【023】堕落

 □中野 奈々花


 雨が、降っていた。

 傘を忘れた。濡れて帰っている。

 それでも、濡れたことなんて、気にもならない。頭の中ではぐるぐると同じ言葉が回り続けている。

 ――どれだけ取り繕っても、どれだけ愛を語ろうとも。結局貴女がやったことは、何一つ正しくない。

 正しい行動をしてるとは思ってない。

 ただミサくんと一緒になるために。

 わたしは、わたしがしたいようにしてるだけで。

 正しいとは思ってない。

 ミサくんのためなら、何でもできる。

 

 ――貴女は間違ってる


 間違い?

 わたしの行為の?

 愛ゆえの行動なのに。

 ……いや、殺人は悪だ。

 悪そのものであれば、わたしは裁かれなければなるない。

 いやいや、わたしは正しいことをした。

 ミサくんのために。

 正しいことをしたんだ。

 ……いや、本当に?

 それを正しいと胸を張って言える?

 正しいと思うなら、なぜ隠す?

 なぜ井上を攫った? なぜ悩む?

 わたしが正しくないと知っているからだろう?

 わたしの愛は所詮、その程度のものなのだろう?

 わたしは、間違っているのではないか?


 ――ズキッ。


 いや、間違っていない。

 間違っているはずない。

 わたしの行動は、すべてはミサくんと二人だけの世界を作るためだ。井上麗奈はそれを壊そうとした。田中明夫は彼の家族を侮辱した。殺して何が悪い。


 ――ズキッ。


 殺す必要はあったか?

 殺さなくてもいい方法なんて、幾らでもあったのではないか?

 わたしの中にある衝動がそうさせただけに過ぎないのではないか? わたしはミサくんを大義名分にしているだけではないか?


 ――ズキッ。ズキッ。ズキッ。


 わたしは、間違ってなんか、ない。


 ◇


 いつの間にか、ミサくんの家の前に着いていた。ポタポタとわたしの場所に水溜りができている。

 呼び鈴を押した。

 バタバタと足音が響いて、扉が開いた。

「奈々花さんっ!」

 ミサくんが出てきた。

「わっ、ズブ濡れだっ。早く中入って」

 ミサくんはわたしを中に招き入れる。

 すぐにお風呂の準備をして、わたしはお風呂に入った。

『あ、あの、奈々花さん……』

 風呂場の扉にミサくんの影があった。

「なぁに?」

『……なにか、あったよね?』

 ミサくんの言葉には確信が込められていた。

『別に、話してくれなくてもいいんだ。ただ、僕は、その、奈々花さんの味方だから』

 ああ、なんて優しい人だろう。

 本当なら、わたしは責められるべき人間のはずなのに。

 夕食の約束も破ってしまった。

 もう、何もかも最悪だ。

「ねえ、ミサくん」

『ん?』

「大好きだよ」

『……うん』

 わたしは、間違った存在だろう。

 それは、もう仕方ないことだ。

 わたしは、間違ってなんかない。

 後悔なんてしてない。

 わたしは、ミサくんとの愛のために。

 ……愛のため?

 愛のために人を殺したの?

 あはは、なんでだろう、矛盾してる。

 いや、それこそ、わたしか。

 わたしはお風呂から上がると、洗面台の前に立つ。隣にトレーナーと長ズボンが置かれてある。

 わたしは、着替えずにミサくんのいる部屋に向かう。

「あ、奈々花さん、上がったん――だ!?」

 ミサくんはわたしを見て驚いていた。

 遅れて頬を赤くさせ、視線を逸らす。

「ちょ、奈々花、さん……!? 服は!? 用意しておいたはずだけど!?」

 慌てふためくミサくんにわたしは後ろから抱きついていた。 

「――!!」

「ねえ、ミサくん」

「は、はい……、」

「ミサくんはさ、わたしのこと、すき、だよね?」

「……? 奈々花さん?」

「本当はさ、わたしがこうやって、いるの、迷惑とか、思ってない、かな? わたしと付き合ってるのも、実はミサくんが優しいから、とか、じゃないよね?」

 ずるい言い方をしている。

 そんなふうに聞いたら、ミサくんは絶対に違うと答えるに決まっているじゃないか。

 わかって聞いているんだ。

 わたしの中のずるい部分が、そういうふうに聞こうとしている。

 わたしは、愛に飢えているんだ。

「……違う。違うよ」

 ミサくんは、否定した。

「僕は……、本当に、奈々花さんのことが好きだから」

「なら、さ」

 自分の胸を押し付けた。

 心臓の高鳴りがいつもより早いのがわかる。ミサくんの鼓動も聞こえてくる。とくん、とくん。早い。ミサくんも、緊張しているんだ。


「――わたしに、証明して?」


 どこまでも、どこまでも。

 わたしたちは堕ちていく。

 正しくなくたっていい。

 間違っていていい。

 わたしはただ、ミサくんを愛し続ける。

 そのためなら、どんなことだってしてみせる。

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