【021】詮索
□井上 麗奈
中野奈々花に連れられた場所は本当に小さな公園だった。
シーソーとベンチしかない、小さな公園。狭い道を超えた先にあった。人の気配が無い。中野奈々花はベンチに座った。
私も人一人分を開けて座る。
「それで、話とは?」
中野奈々花が訊いてくる。
先程から、やっぱり中野奈々花に話の手綱を握られているように感じる。それもこれも、私が疑いすぎているから感じているだけか?
いや、そうではない。
むしろ、そう思わせているのか。
「実はね、二ヶ月前、学校で事件が起きたでしょう? その事件について、幾つか聞きたいことがあるんだ」
私はそう言いながら、中野奈々花の顔を見る。動揺はない。表情に変化がない。ただ余裕そうに、私の話に耳を傾けている。
「秋ヶ丘学園で、今、生徒の一人が犯人として噂が流れているの、知ってるかな?」
「はい……、知ってます」
中野奈々花はそう答えると、悲しそうな顔をした。さも、その噂された生徒の身を嘆くように。
「多村弥咲くん、ですよね?」
おっと、そっちから名前を言ってきた。
「多村君のこと、中野さんは知っているの?」
「はい……、実は、幼馴染みなんです」
…………はい?
え? そういう設定なのかな?
少なくとも、私の情報では知らない。
「高校で再会して、彼にはよく相談を受けていたんです」
……なるほど。そう来たか。
「多村君、その事件の前にも痴漢事件の犯人だって、言われた時期があったよね?」
「彼はそんな事するとは思えないですけど……、そういう噂が流れているのは事実です」
「学校の裏サイトから噂が出回った、みたいなんだけど、そのサイトも知ってるかな?」
「……ええ。あまり好きではないですけど」
「実はね、私も多村君が行ったとは思ってないんだ」
私は少しずつ迫ることにした。
中野奈々花の答えはどれも淀みがない。まるでテンプレートのような回答とも取れる。とにかく大人びているのだ。
「多村君は、誰かに悪役として仕立て上げられているんじゃないか、って私は考えてるの」
「悪役、ですか?」
「多村君は、意図的に今の状況にされているかもしれない……っていう、私の推測なんだけど、」
中野奈々花の表情を見る。
変化は……無い。
私の推測に、心底驚いているような、そんな表情だ。
もう少し、攻める。
「例えば。多村君を事前に悪者扱いさせる空気を作ったあとに、本命である田中明夫を殺害する。自分が犯人であることを悟られないようにするための前段階だったのかもしれない」
「……なんか、手間掛け過ぎじゃないですか?」
「私もそう思うけど。その犯人が、実は多村君にも恨みがあったとか? 中野さん、そういう話聞いたことある?」
「……うーん。わたしたち、あまり話すこともないので」
――来た。
「……え? そうなの?」
私はあくまでも驚いたふうに言う。
「実は、多村君と中野さんが仲よさげに歩いてた、っていう話を聞いたんだけど」
「え?」
そこで、初めて中野奈々花の表情に変化を見出した。
「中野さんと多村君って実は付き合ってるんじゃないかな?」
「え、えー? そんなぁ」
あれ、おかしい。
なぜか、照れだした。
それはもう、恋する乙女のごとく。
予想と違う反応に戸惑った。
「たぶん、その日は、相談ついでに買い物に付き合ってもらったんだと思います」
中野奈々花に再び主導権を握られそうになる。
「私ね、実はその事件の犯人を、独自で追っているんだ」
私は中野奈々花と目を合わせる。
「私の仮説では、痴漢事件の冤罪をした人物と、田中明夫を殺した人物は、同一人物だと、思ってるの。そこでね。痴漢事件の冤罪の元になった学校裏サイトの掲示板を調べた。……そこでね、10月18日15時24分にコメントが投稿されていたの」
できるだけ、中野奈々花が会話の機会を与えないように。
次々とカードを切らしていく。
もう、中野奈々花に主導権を握らすつもりはない。
「10月18日……つまり、痴漢事件が起きた日。15時24分はまさに、事件が起きた直後だった。事件の現場は電車内。その電車に乗っていた秋ヶ丘の生徒は五人。多村弥咲、佐藤茜音、西田孝平、高橋美香。そして、――中野さん」
「もしかして、わたしを疑ってるんですか?」
もう、その時には既に確信していた。
これは、直感だった。
私は立ち上がり、中野奈々花を見下ろしていた。
「中野さん。貴女が痴漢事件の冤罪を生み出し、田中明夫を殺したんじゃないですか?」
「……そんな、まさか。そもそも学校裏サイトに投稿された時間は偶然かもしれませんよ?」
最後の切り札を残してある。
このときのために使うのだと。
「――ネット掲示板を投稿した人のIPアドレスを辿れば、特定ができるんです」
「……」
「貴女が、犯人ですね?」
沈黙が続いた。
その時間がとても長く感じた。
やがて、沈黙は破られる。
「はぁ……」
それは中野奈々花のため息だった。
「……めんどくさっ」
「……………………………………は?」
バチッ!!
強烈な電流が体に駆け巡る。
次に意識したとき、私は地面に倒れていた。スタンガンを、された……!?
意識が、朦朧としていく。
「……ねえ、どういうこと? 井上麗奈が真相にたどり着いてるんだけど? そっちが監視してるんじゃなかったの?」
中野奈々花は、誰かと、喋って、いる……? 電話、か……? 誰に……。
やっぱり、犯人は……。
「あ、まだ意識ある」
バチッ!!
意識が、途絶え――
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