【020】確定

 □井上 麗奈


 もしも。もしもの話。

 殺人事件があったとして。

 その犯人が見事に確定するとする。

 その直感は今までの人生の中で数度ある、確かな確定。実際、その直感は正しかった。このときの直感も、合っていると、私の中で断言できる。

 その殺人事件は起きた。

 犯人は浮かび上がる。

 だけど、動機がわからない。

 ただただ、本当にわからない。

 それが、今の私。

 私の直感を鈍らせる原因そのものだ。

 その流れは良くなかった。

 私が、この直感は間違いなのではないか、と自身を疑ってしまうほどに。

 田中明夫殺害事件。

 その生徒、中野奈々花。

 私は彼女こそが犯人であると思っていた。

 確信の決定打になったのは、高橋美香の言動。高橋美香は中野奈々花の親友らしい。彼女ももしかすると、中野奈々花が犯人かもしれないと勘付いているかもしれない。親友であるがゆえに、葛藤に悩まされている、とか。

 しかし、高橋美香が庇う理由はどうであれ。

 痴漢事件の噂を広めたのが中野奈々花であることは間違いない。

 だが、ここでも疑問が生じる。

 痴漢事件の噂を広げたのは、多村弥咲を孤立させるためだ。が、実際は、二人の仲は異常に深まっている。……どういうことだ?

 わからない。わからないことだらけだ。

 痴漢事件の噂を流したことによって、多村弥咲はいじめられている。いじめの原因によって、田中明夫の殺人犯と噂される。

 この一連の流れが、すべて彼女の手によって生み出されているのであれば……。

 考えるだけで恐ろしい。

 中野奈々花とは。

 品行方正。成績優秀。学校での人気者。

 調べて出てくるのは、彼女が優秀であるということのみ。

 いったい、何者なのだ?


 だからこそ、今日。

 私は、中野奈々花と接触することにした。

 私の直感を確定させるために。



 □中野 奈々花


 ふふ、ふふふ。ふふふ。

 笑みが、止まらない。

 今日も一日が始まる。朝日が登る前に起きて、朝食の準備をする。

 最近、気分がとても良い。

 今日の朝食はオムレツ。何度も作ってきているので、鼻歌交じりで作れる。朝食の準備ができたら、身支度を整える。今日は気分がいいので、ツインテールにしよう。あざとく見えないように、低めの位置に結う。

 一度ガラスの前に立ち、自分を確認。

「……よしっ」

 わたしは朝食を詰めると、部屋を出て、隣の部屋の扉の前に立つ。呼び鈴を鳴らした。

 ピンポーン、と甲高い音。

 遅れて、足音が聞こえた。

 扉が、開く。

「おはよう、奈々花さん」

「おはようっ、ミサくん」

 わたしの、今日もかっこいいっっ〜〜!!

 眠たげな眼。跳ねている寝癖。着崩れするパジャマ姿。……眼福です。

「ごめん、ちょっと寝坊して……」

「ううん。いいよっ。待ってるね」

「ありがとう。あ、寒いから中入ってていいよ」

 この会話。もう通い妻を越してると思わないだろうか。

 こんな会話一つでも幸せを実感できる。


 ――ズキッ。


 痛っ。……最近、妙に多いなぁ。

「奈々花さん?」

「ううん、なんでもないよ」

 本当に、何でもない。


 ◇


「なんか、良いことあった?」

「えっ?」

 昼休み中、美香からそう言われた。

 しまった、幸せオーラが無意識に出てしまっていた。

「えっ、そ、そう見える、かな?」

「うん。もしかして、例の人と?」

 美香は相変わらず鋭い。

「……うん。実は、付き合うことになったの」

「………………そう、」

 その返答は、少し遅れていた。

 そんな美香に違和感を覚えた。なんでだろう、表情がやや引き攣っているように見える。

 美香の視線が、ある一点に注がれる。

 わたしの首元に向けられていた。首にキラリと光るネックレスだ。

「その、ネックレス……」

「あ、うん。お揃いで買ったんだー」

 お目が高い。恋人っぽくて、わたしは気に入っていた。だけど、美香はそのネックレスを聞いたあと、立ち上がった。

「美香?」

「ごめん、ちょっとトイレ」

「あ、うん……」

 美香はそう言って教室から出ていってしまった。

 …………なんだろう。

 すごく、モヤモヤする。

 避けられている? なぜ?

 何か、致命的な見落としをしているような。そんな違和感が拭えない。

 ……………………まさか。

 いや、そうとは限らない。

 少し、記憶の片隅に留めておこう。

 わたしは、戻ってきた美香の顔を見て、そう決めた。


 ◇


 少し、遅れてしまった。

 委員会の仕事があったせいだ。

 今日はミサくんと夕食を一緒に食べる約束をしていたのに。遅れてしまっている。あのもう一人の学級委員……名前は何だったっけ? 仕事が全くできない。本当に口だけの男だ。わたしに喋りかける暇があるなら、仕事をしてほしい。

 とにかく、早く家に帰らないと。

「あの、中野奈々花さん、ですよね?」

 呼び止められた。

 急いでいるときに限って……。

 いったい、誰がわたしを呼び止めた?

「そうですけど」

 わたしは振り向きざまに答えた。

 表情や動揺は完璧に押し殺した。

 だけど、その人物を見て、内心、驚きはあった。

 井上麗奈……巡査長。

 刑事課の、名探偵と呼ばれている女。

 井上麗奈は、わたしを見て言った。

「少し、時間いいですか?」


 □井上 麗奈


 すごい美少女だなぁ……、と思った。

 さぞかし学校でモテてるだろう。

 けど、立ち振る舞いには、それを気負っているようには感じない。その所作すらも美しい。

 ある意味、どこか作り物めいている。

「今日、少し急いでて、後日に時間を合わせられませんか?」

 中野奈々花は完璧な対応をしてみせる。

 刑事を前にしても、動揺する素振りすら見えない。それがいっそ私の疑いを強くさせた。

 そう返されることも想定していた。

「時間、本当に少しだけなの。話、付き合ってくれないかな?」

「……わかりました、なら、少し移動しませんか? こんな道端で立ち話なんてなんですし」

 中野奈々花は思いついたかのように言う。

「この近くに小さな公園があるんですけど、そこに行きませんか? ちょうどベンチもあって座って話もできますよ」

 危うい。

 ペースを握らているような錯覚に陥る。

 歳の割に、しっかりしている。

「……そうしましょう」

 さあ、ここからが正念場だ。

 その美少女の皮を暴いてみせる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る