【019】告白
□高橋 美香
井上さんに連れられた場所は、複合商業施設から出てすぐのところにある駐車場に停めている車だった。
車内は暖房が効いていた。井上さんは自動販売機から買ってきた温かい緑茶を手渡してきた。
「急にごめんね」
井上さんはそう言った。
落ち着きがあって、余裕がある。
大人っぽい女性って、こういう人を言うんだな、って思った。
「それで、話とは……?」
正直、緊張していた。
刑事さんが私を訪ねてくる理由なんて一つしかない。ねっちーの事件だ。何か進展があったから? いや、わざわざ一介の市民に言う義務は無い。
となれば、何かわかったから、私を探しに来たと考えたほうがいい。
……奈々花のこと、だったりして。
「実はね、10月18日に起きた痴漢事件について、聞きたいことがあるの」
「10月18日……?」
予想外の質問。だけど、すぐさま思い当たる。痴漢事件といえば、多村が佐藤さんを痴漢したという事件だ。
実際は違う。学校裏サイトを経由して、誤報が拡散され、冤罪を受けているだけに過ぎない。
その拡散した人物が……。
いや、そんなはずない。
「その事件、知ってるよね?」
「多村が、佐藤さんに痴漢した事件、ですよね?」
「それが本当は多村君ではないことも知っていますか?」
「……ええ、まあ」
「ちなみに、あの事件から多村君はいじめに遭っているという報告を聞くんだけど、高橋さんはどう思ってる? 率直な意見でいいから聞かせてくれない?」
話の運び方が上手いな、と思った。
井上さんは学生時代も、こうやって人の輪の中にいた気がする。顔も綺麗だし、さぞモテんじゃないだろうか?
そんなことを思いながら答えた。
「正直な話、ムカついてました」
「?」
「無罪だと知っているなら、もっと色々やりようはあったと思うんです。私なら、復讐してやります。SNSで書き込んでやったり、いじめのネタを掴んで脅したり。なんでもやってやります。……けど、多村はいつも平気な顔して過ごしてた。それが、外から見るとすごくムカついた。だから、基本無視でした」
「高橋さんが助けよう、とは思わなかった?」
井上さんの言葉に、ムカッときた。
「刑事さんだったら、助けたんですか?」
挑発するように言ってしまった。
「うん、助けるよ」
即答された。
ああ、この人なら助ける。
そう納得できてしまうほどに。
「……私は、助けられません」
「うん」
恥ずかしくなった。なんで、こんな思いをしなくちゃいけないんだ。
「そのいじめの発端になったのは学校裏サイトなんだけど、それも知ってるよね?」
「はい……」
ドキリとした。
嫌な予感がする。
言わないで。言わないでほしい。
私を気づかせないで。
「そのいじめの拡散した原因である一番初めのコメントがね。どうやら事件が起きた時刻からすぐなんだ。それで、あの電車に乗っていた人なんだけど、調べてみると、どうやら同じ生徒が五人いた。それが――」
「何も知りません」
私は、被せるように言った。
「それって、田中先生殺したやつと関係あるんですか?」
「……そう」
井上さんはにこりと笑った。
私は車から出る。井上さんから離れようとしたとき、車窓が開いた。
「高橋さん」
「……なんですか」
「私、田中先生の話だとは一言も言っていないよ」
「――」
…………やられた。
「……失礼します」
なんで、気づかせるんだ。
気づかせないでほしいのに。
嫌だ、知りたくない。
疑いたくない。
私の親友が、人殺し?
そんなこと、あるわけない。
嫌だ、嫌だよ。
□多村 弥咲
「…………えっ、と」
奈々花さんの質問に、僕は言葉を詰まらせてしまった。
あれ、おかしいな。
何も、悪いことだなんてしてないのに。
少し、悪い気がしてきた。
いや、そんなことあるわけない。
違う、気のせいだ。
「何を、しているのかな?」
奈々花さんは訊いてくる。
満面の笑みで。それはいつもの笑みだった。のに、少し違和感があった。怖い、と思ってしまった。
「……じ、実は、自分の無実を、証明しようと思ってるんだ」
「――え?」
奈々花さんから漏れた声は、意外だ、とでも言いたげなものだった。僕は奈々花さんの方に視線を向けると、奈々花さんは目を見開いていた。
驚いてる。何かに、驚いてた。
「最初は、別に無実でもいいや、って思ってたんだ。けど、佐藤さんが手伝ってくれる、って聞いて、僕はただ諦めているだけだって気づいた。それが、情けなくて。僕もできることなら、無実だって証明したい。それに――」
言うのを、一瞬躊躇った。
奈々花さんは驚きながらも、聞いている。
言わなきゃ。言わなきゃいけない。
「いま、こんなこと言うのも、なんなんだけど。僕はその、いつかは、奈々花さんの隣にいられるような人になりたいんだ」
「………………………………へ?」
□中野 奈々花
佐藤茜との関係を知りたかった。
何をしていたのか。どんなやり取りが行われたのか。
どういうふうに訊くか。それがミサくんの一言で全部吹き飛んだ。
あれ、どういうこと?
今、なんて言ったの、かな?
あれ? あれれ?
「え、それは、その……」
私は思わず催促してしまった。
「えっと……、僕は、その……奈々花さんのことが、好き、なんだ」
ズキッ。
「えっ、な、奈々花さんっ?」
「え?」
そこで気づいた。
わたしが涙を流していることに。
なんで、涙なんて。
ズキッ。
痛い。痛い、なぁ。
なんで、頭が痛いんだろう。
なんで嬉しいのに、涙が出るんだろう。
「ごめんっ。急に変なこと言っちゃって」
「ううん。変じゃないよ。全然、変じゃない」
わたしはミサくんの手を掴んだ。
「嬉しい。わたしも大好きだよ、
◇
こんなに嬉しいことがあっていいのかな。
ああ、幸せだ。幸せだ。
ミサくん、大好き大好き大好き大好き大好きしゅきしゅしゅき愛してる愛してる愛してる。何度も言える。あなたのためならなんでもできる。
ズキッ、ズキッ。
痛いなぁ。痛いなぁ。
今、幸せなんだから。
痛みなんて要らないのに。
今のわたしは、この世界の誰よりも幸せ者なんだから。
ズキッ、ズキッ。
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