【017】逢瀬

 □多村 弥咲


 週末、隣町の駅前で集合になる。

 その間、僕は徹底的に己を磨いた。

 慣れない美容院にも行って、デート用の服も買い揃えた。

 理由は二つある。

 一つは奈々花さんと一緒にいるのが僕であると思われないようにするため。今日はニット帽もしている。少しでも雰囲気を変えれば僕だと気付かれにくいと思ったからだ。

 実際、髪を切って鏡を見たとき、誰だこれ? と一瞬自分がわからなかった。

 それくらい、普段は前髪を伸ばして目立たないように過ごしている。

 とにかく、ひっそり、ひっそりと。

 衣服は白のカットソーに深緑のコート。黒のスキニーパンツ。首元にはマフラーを巻いている。

 着心地は慣れない。普段、お洒落をすることなど滅多にないからだ。正直恥ずかしさが勝る。

 けど、お洒落は必須事項だと。

 僕は思った。それが二つ目の理由。

 奈々花さんは美少女だ。僕とは釣り合いがどうしたって合わない。

 だから、釣り合わないにせよ、少しは釣り合おうとする努力はしたかった。

 不意に、肩をとんとんと叩かれた。

 僕が振り向くと、むぎゅ、と頬に指が触れる。

「お待たせ、ミサく――、」

 奈々花さんの言葉が途切れた。

 僕は奈々花さんの方に振り向く。

「――」

 簡潔に言える。かわいかった(震え)。

 黒のセーターに、紺のチェスターコート。藍色のプリーツスカート。桃色の髪は背中まで垂れ流していた。黒や青を強調する暗めな色。

 それでも、奈々花さんの私服は、すごく、綺麗だった。

「あ、おはよう。奈々花さん」

 僕がそう言うと、奈々花さんはハッとするように返事をした。

「……お、おはよう」



 □中野 奈々花


 ……え、だれ?

 一瞬誰だかわからなかった。

 まさか、ミサくん?

 え、その、は、あ、え? え?

 一度深呼吸。いちにーのさん。


 かっこいいっっっっっっっっっ!!!! 好き好き好きしゅきしゅきしゅきしゅき!! え? かっこよすぎる。これどういうこと? ああ、わたしだけのものにしたい! 箱の中に詰め込んで自分だけのものにしたい! 愛してる愛してる愛してる――


 一度ひと息。

「今日のミサくん、いつもとちょっと違うね」

「えっ、やっぱり変、かな?」

 恥じらうミサくん。かわいい。

「ううん、似合ってるよ」

 本気でそう思って言った。

 ミサくんは照れながらも、私を見て。

「奈々花さんも、すごく似合って……いや、かわいいです」

「ごほっ!?」

「奈々花さん!?」

 ふふふ、やるね、ミサくん。

 キュン死した。



 □多村 弥咲


 今日のデートは、ショッピングだった。

 奈々花さん曰く、デートプランを素人が立てても張り切って失敗に終わるのがオチ。だったらいっそのことノープランでも問題のないショッピングでいいじゃない、とのことだった。

 隣町にある複合商業施設。僕はそもそもあまり外に出る質ではないので、その人の多さに驚いた。

「なにから見てくかな? せっかくだし、服でも見に行く? ミサくんのお洒落の幅を広げようっ」

「えっ、いや、それは……」

「ほらっ、行こっ」

 僕は手を引っ張られ、奈々花さんに連れられて洋服屋に入る。洋服には疎いので、そこがどれほど有名なのかはわからない。

 あれよこれよと試着室に入れられ、次々と奈々花さんが服を持ってきてくれる。

「かっこいいっ」

「うわぁっ、素敵っ」

「……しゅき」

 奈々花さんは僕が着た服を見るたびに、高評価を下す。お世辞でも自分が舞い上がっているのがわかる。

「奈々花さんも服着てみれば?」

「えっ? いいよいいよー」

「きっと奈々花さんなら何でも似合うよ」

「やります」

 奈々花さんは店内を巡り、いくか当たりをつけると、試着室に入っていく。

 一瞬だけ、奈々花さんが顔だけ出してくる。

「少しだけなら、覗いてもいいよ?」

「だ、大丈夫ですからっ」

 からかわれた。僕は決して見ないと、試着室の前で待機している。

 奈々花さんの肌と布がすれる音がする。僕は耳も押さえた。奈々花さんに劣情を抱くなんて、とんでもない。

 視界だけ、店内に向ける。

 店内はカップルが多めだった。

 もしかすると、僕たちもカップルに見えているのだろうか?

 …………いや、まさか。

 少し、不思議な気分だった。

 まさか自分が、こんなところにいるとは。

 少なくとも、以前の僕はこれまで誰かと一緒にショッピングすることなんてなかった。


 ――大丈夫?


 不意に、記憶に掠める何か。

 すぐに忘れてしまって、それが何であるかもわからなかった。

 試着室のカーテンが開かれる。

「いいよー」

 僕は振り向いた。

 上はスウェットに、ボレロサイズのカーディガン。下はスカート。かわいいうえに大人っぽさも兼ね備えていた。

「どう?」

 奈々花さんは笑みを浮かべながら訊いてきた。

「――綺麗です」

 率直な、本音が漏れた。

 奈々花さんは僕の言葉に、頬を僅かに赤らめた。

「そ、そう? じゃ、これ買おうかな」

「え、そんな即断していいの?」

「ミサくんが、綺麗って言ってくれたんだから。次のデートに着たいね」

「……あ、うん」

 次のデート。次、か……。

 そうか、僕は今、奈々花さんといる。

 それを、ようやく実感した。

「そうだね。その時は、僕も奈々花さんが選んだ服を着ていくよ」

「ふふっ、約束、だよ?」

 ――その約束は、叶わない。

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