【016】浮上
□井上 麗奈
「おーい、井上、聞いてるか?」
「あ、はいっ!」
葉山部長の言葉にハッと意識を向ける。
「……聞いてないだろ?」
「……すいません」
葉山部長が大きなため息をついた。呆れた様子が伝わってくる。
「最近コソコソと秋ヶ丘周辺を嗅ぎ回ってるって聞いたが」
「嗅ぎ回ってるって……人聞きの悪い」
「署では田中明夫と援交していた女子高生を狙いに探っているのだろう。あまり目立つ行動をしていると、アレされるぞ」
「アレってなんですか」
「アレはアレだ。僕の口からじゃあとても言えない」
「パワハラじゃないですか」
現在、昼食中。食堂でもランチ定食をさっさと食べると立ち上がった。
「私は、どうしても納得できないんです」
「ああ、納得できるまでやってくれ。ただ僕には迷惑を掛けないようにしてくれよ」
「勿論ですとも。泥舟に乗った気でいてください」
「沈むじゃん……」
私は葉山部長に頭を下げると、皿を食堂に戻し、再び調査へと戻っていく。
痴漢事件が起きた日。
あの電車内にいた者たちを詳しく調べてみた。気の遠くなるような作業だったが、ようやく昨日、そのデータを揃えたのだ。
これは、確信だった。
私の勘がそう告げていた。
田中明夫殺害事件は、ただの人殺しの事件ではない。その裏には、別の何かが隠されている。
真実は、外に出るべきだと。
私の持論だった。
「葉山部長には悪いけど、ここまで知って見てみぬふりはできません」
あの痴漢事件の日。電車内には五人の秋ヶ丘の生徒がいた。
そう、
一人目が多村弥咲。この事件の犯人とされてしまったもの。
二人目が佐藤茜音。痴漢事件の被害者。
残りの三人は目撃者だった。
一人が、西田孝平。
残りの二人の名は――。
中野奈々花と高橋美香。
□高橋 美香
なんで、コンピュータ室に、ナナがいるの?
ナナは慣れない手付きでキーボードを操作していた。そういえば、ナナは機械の類いが苦手だと言っていたのを思い出す。
物陰に隠れてしまった。
なにを、しているのだろう?
少し、怖かった。
嫌な想像が浮かぶ。
あの時もそうだった。
ねっちーが死ぬ前日、ナナはねっちーといたかもしれない。
ねっちーは殺されたようだ。話によると、その犯人は捕まっていない、とか。
まさか、ナナがねっちーを――。
ありえない。ありえない……!
そんなこと、ナナがするわけ……。
ナナがパソコンの電源を閉じて立ち上がった。私はコンピュータ室から足早に離れて、近くにあった空き教室に息を潜める。
コンピュータ室からナナが出てくる。
扉の先から見えるナナの表情は、何か考え事をしているようでもあった。
「――――だれ?」
不意に、ナナが私のいる方向に振り向いた。私は咄嗟に扉から離れる。
「だれかいるの?」
いつものナナの声で、足音が近づいてくる。一歩、一歩、と。
私が、ここにいるのがバレたら、どうなるんだろう?
なんで隠れてるのさー、って笑ってくれるかな。なんで、それはありえないって思うのかな。
怖い。ただひたすら、怖い。
ナナが扉に手をかけた気がした。
「おーい、もう下校時刻だぞー」
そこで声がした。男の教師の声だ。
「はーい、すいませーんっ」
ナナの快活な声音が聞こえた。
扉から気配が僅かに離れる。
「……まあ、いっか。早くミサくんのところに帰らないと」
ナナの姿はそのまま消えてしまった。
私は壁に寄りかかったまま安堵する。
息が詰まる。心臓の鼓動が聞こえる。
私は、ナナを怖いと思ってしまった。
なんで? なんで怖いだなんて……。
それに、最後の一言。
みさくんって、だれ……?
「呆けてる、場合じゃないって……」
私は空き教室から出ると、コンピュータ室に向かう。
ナナが先程までいたパソコンの前に座り、電源をつけた。
ナナは、何をしていた?
――前回のページを開きますか?
電源をつけると、パソコンにそう表示された。きっと元々見ていた状態のまま電源を切ったに違いない。本来であれば一度自分の調べたものを閉じてから電源を切る。
機械音痴のナナのミスだ。
私はクリックする。
そこで開かれたのは見覚えのあるサイトだった。
「学校裏サイトの、掲示板……?」
なぜ、ナナがそんなものを。
そこはちょうどあるコメントを示していた。
#035 10月18日15:24
クラスにいる女子Sの痴漢に遭った。
そのの犯人は幼馴染みの男Tだ。
佐藤さんと、多村のことだ。
見る限り、このコメントが炎上して、始まったっぽい。
………………あれ?
10月18日?
その日、ナナと買い物に出掛けた日だ。
ああ、そういえば、同じ電車に乗っていた。隣の車両で何か騒ぎがあった。あれが、この痴漢事件だったのか。
――なにしてるの?
――んー、ちょっと
ゾッとした。
そういえば、あの時、ナナは携帯で何かしていた。
10月18日15時24分。ちょうど騒いでいたのもそれくらいの時間帯だ。
ガタッ、と席を立ち上がっていた。
体が震えていた。
そんな馬鹿な。
そんな馬鹿な話が、あってたまるか。
ナナは、私の親友だ。
そんなことが、ありえるわけ――。
ねえ、ナナ。
そんなわけ、ないよね?
□多村 弥咲
詳しいことは結局何もわからなかった。
あまり、気落ちはしていない。元々僕と佐藤さんはプロでもない。収穫が芳しくないのは当然だった。
家に帰ると、ガランとした孤独の時間がやって来る。
おかしいな。昔は、こういった時間にも慣れていたのに。
どうして、こうも寂しいと思うようになったのか。
……そう、か。
ここ最近、僕は独りじゃなかった。
誰かといる幸せを知ってしまったから。
だから、寂しいのか。
「……あはは、なんだそれ」
いつから、僕はそんなふうに。
ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。
僕は重い体を引きずるように、扉を開けた。
「こんばんは、ミサくん」
奈々花さんだった。不思議なことに、奈々花さんの顔を見ると、気持ちが和らぐ。
「ミサくん、突然なんですけど。今週末、わたしとデートしてくれませんか?」
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