【014】疑惑

 □井上 麗奈


 ……おかしい。

 おかしいことだらけだ。

 田中明夫殺害事件。これを調べるにあたり、私は一年三組について一度調査をしてみた。

 そこでわかったこと。

 このクラスは、どこか狂っている。

 日常的に行われるいじめ。それがクラス内であくまでも日常としてまかり通っている事実。それはいじめではなく、制裁であると。

 そのいじめの中心、多村弥咲。彼は、秋ヶ丘学園で最も嫌われているらしい。

 嫌われものに、いじめ。

 都合が良すぎないだろうか。

 まるで与えられた役に対して、適切な処置を施すような。

 このクラスが狂ってしまっている原因……いや、根本には別なものが存在するのではないか。

 たとえば、そう。


 このいじめは、何者かによって仕組まれている、とか。


 …………いやいや。まさか。

 けど、否定できない。

 私の、刑事としての、勘が告げている。

 このいじめと田中明夫殺害事件は、何らかの繋がりがあるのではないか、と。

「西田君、ですよね?」

 私は校門から少し離れた場所である人物を待ち伏せしていた。私に声を掛けられた少年は、訝しげな視線を向けてくる。

 だが、思い当たる節があったのか、あっと声を上げた。

「まな板の刑事さん」

「誰かまな板じゃい」

 彼は一年三組の学級委員を務める西田孝平こうへい

「少し話いいかな?」

 私はできるだけにこやかに答える。葉山部長には一度「お前は笑顔を浮かべても目が笑ってない」と忠告されたことがあるのを思い出す。

 西田君も私を見て、ぎょっとした顔をした。

「少しってどれくらいっすか?」

「まあ、少しだね」

「はあ、またいいですけど……」

 私と西田君は喫茶店に入る。勿論私持ちだ。どうせ経費なのだから気にならない。喫茶店は偶然にも多村弥咲を聴取したのと同じ場所だった。

 西田君はブレンドを注文すると、早速口を開いた。

「ねっちー殺したやつ、まだ捕まってないんっすか?」

「ごめんね、守秘義務があるから言えないんだ」

「ふぅん、捕まってないんだ……」

 西田君は勝手に納得している。

 まあこの年頃だ。非日常に憧れを抱くのもわからなくもない。人が死んでも、他人にとって見れば、それは非日常の一つに過ぎない。西田君もその一人なのだろう。

「今日はね、多村弥咲君について聞きたいことがあるんだ」

「は? 多村?」

 西田君の表情が露骨に変わった。

 それは嫌悪感を抱くような。

 そんな表情だ。

「あ、やっぱりねっちー殺したの多村なんですか?」

 その言葉に違和感を覚えた。

「やっぱりってどういうこと?」

「あ、刑事さん、知らないですか。今うちの学校じゃあ、ねっちーを殺したのは多村じゃないかっていう噂が流れてるんですよ」

 ……アタリだ。

 私の直感は、恐らく当たっている。

 犯人は恐らく多村弥咲ではない。

 多村弥咲は意図的に悪者扱いにしようとしている人間がいる。それがあるいは、犯人である、という可能性すらある。

「まあ、今回はそれとは別の話なんだ」

「ああ、そうですか……」

 西田君は残念そうな顔をした。

 同じクラスメートが殺人犯かもしれないことが、そんなに嬉しかったのだろうか。

 よく、わからないな。この子は。

「少し前に佐藤茜音という同級生が遭った痴漢事件のことについて聞きたいの」

「――」

 西田君は僅かに表情を動く。

 西田君は咄嗟に動揺を悟られないようにしていたが、プロを舐めるな。それくらいすぐにわかる。

 痴漢事件は実際には報告されていない。

 だが、その駅に行くと、記録だけはあった。それから途方も無い調査があったのは割愛するが、重要なのは一点。

 この痴漢事件の冤罪で多村弥咲はいじめの標的にされている、ということ。

「痴漢事件の犯人、学校では多村君がやったっていう噂が流れてるんだよね?」

「……そうですよ。実際、アイツがやったっていう人を見たって言うやつがいたんですから」

 あーあ、ボロが出る。


「西田君、その日の現場にいたよね?」


 西田君は押し黙った。

 それは肯定の意を示しているのと同義。

「西田君がその電車に乗っているのはちゃんと防犯カメラに映っていたんだ。もしかして、噂を流したのは西田君なんじゃないかな?」

「それは違うっ」

 西田君は立ち上がった。

 立ち上がってから自分の行動に気づいたらしい。ハッとした顔をしていた。

「俺は確かにあの時いたけど、噂は流してない」

「でも、事実は知っていた」

「……そ、それは、仕方ないだろ」

 仕方ない。

 ああ、仕方ないで済ませるのかぁ。

 私は目の前のほぼ無関係の少年に不覚にも落胆していた。

 きっと、この子はいじめられた人間の考えなんて、何一つ理解できやしないのだろう。そう理解しようとすらしない。ただその場に従っているだけで、それに対する未来も見えない。

 本当に酷い話だ。

「ねえ、その噂って誰から訊いたのかな?」

「え、いや、誰からって……」

 西田君は責められるとでも思っていたのだろうか。私の質問に驚いている。

 責めるはずないだろうに。君が責められる理由を理解していないのに、責めても意味がない。

「えっと……確か、SNSです」

「SNS?」

「学校裏サイトみたいのがあるんだよ。そこにあった、らしい。拡散した後のを俺は見ただけですから」

「学校裏サイトって見れるの?」

「誰でも入れますよ」

「……そう」

 手がかりは得たのか、得ていないのか。

 少し微妙な査定だった。


 ◇


 署に戻ると、見知った人物に出くわした。

「おう、井上か」

「野山署長、お疲れ様です」

 野山署長は今日も柔和な笑みを浮かべていた。その雰囲気に私も少しだけ気分が軽くなる。

「どうだ、例の事件は?」

「進捗は全然ですね。物的な証拠が一切見つかっていないのが、原因だと思います」

「そうか……、そういや葉山が探していたぞ」

「えっ、そうなんですか」

「早く行ってやれ」

「は、はいっ」

 と、頭を下げて行こうとした直前、呼び止められた。振り向くと何かを投げられていた。危うげながらキャッチする。

 温かい缶コーヒーだった。

「あんまり根詰めすぎるなよ、名探偵」

「その名探偵ってやつ、やめてくださいっ」

 私は葉山部長の元に向かっていった。



 □多村 弥咲


 放課後、奈々花さん以外で誰かと待ち合わせをするのは久しぶりのこと……いや、高校では初めてのことだった。

 ガランとした教室。一度校門を出るフリをして、みんながいなくなってきた頃合いで再び戻ってくる。

 教室には既に待ち人がいた。

「弥咲」

「ごめん、少し遅れた、佐藤さん」

「ううん、私も今来たとこ」

 僕たちはこれから真実を探る。

 僕の無実を証明するために。

「佐藤さん、具体的にどうするのか決めてるの?」

「決めてる。コンピュータ室に行く」

「コンピュータ室?」

 佐藤さんは頷いた。

「そこで学校裏サイトを見に行くの」

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