【009】標的

 □多村 弥咲


 田中先生の遺体が発見された日から一週間は休校になった。

 警察が現場検証をするらしい。僕は何度か警察に事情聴取を受けた。一応、第一発見者とされていたせいだ。僕を担当したのは井上という若い女性警察官だった。

 それから休日。ようやく一区切りが付いた、といったところか。

 事情聴取から家に戻ったとき、もう夜になっていた。玄関に向かう直前、扉の前に誰かがいた。

「あ、ミサくんっ」

 奈々花さんだった。

「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 奈々花さんは手持ちバッグを持っていた。中から野菜の数々が見える。

「もしかして、待ってた?」

「え? ううん。ちょうど来たとこだよ」

 嘘だった。奈々花さんの耳や手先は赤くなっていた。一時間近くは待っていたであろうことがわかる。

 けど、それを言うのは野暮だ。

「寒いから、中入って」

 僕は代わりに奈々花さんを中に入れた。

 失礼しまーす、と間延びした口調で奈々花さんは僕の部屋に足を踏み入れる。

「今日はお鍋にしよっ。シメはおうどんで」

「いいね。鍋、あったかなぁ?」

「お台所の二番目の引き出しに入ってたよ」

「……もうウチの台所事情は奈々花さんの方が詳しいね」

 僕は苦笑しながら、二番目の引き出しを開ける。確かに鍋があった。いつだか買ってきたが、使う機会が無かったものだ。

「鍋物なら、僕でも準備できると思うから、奈々花さんはお風呂にでも入ってきて」

「え、でも」

「体冷えてると思うから」

「……うんっ」

 奈々花さんは手提げバッグを僕に渡すと、バスルームに入っていく。僕はお鍋の準備を始めた。



 □中野 奈々花


 これって、もう両想いなんじゃないかな?

 温かいシャワーを浴びながら、そう思った。けど、確信はしていない。

 きっと、わたしがミサくんの扉の前で長い時間いたのをミサくんは見抜いていたんだろう。ああやって、気づかないふりをしつつ、気遣う。やっぱりミサくんは優しい人だ。愛してる。

 けど、一つ気に入らないことがある。

 わたしを部屋に入れても、ミサくんが照れないことだ。最初の頃は可愛らしい反応をしていたのに、今では慣れた感じで部屋に入れてくれる。いや、それも嬉しいんだけどね。

 もう少し、わたしを女として見てほしい、なぁ……。

 一応、胸も平均よりは大きいし。

 顔の造りも、悪くない、と思う。

 学校一の美少女、なんて言われてるのも知ってる。

 女としての魅力、ないのかなぁ……。

 あるいは、ミサくんが自分は好かれていない、と思いこんでいる、とか。あり得る。

 もう少し積極的なアピールをした方がいいか。あまり目立つ行動は今は避けたい。

 どうすれば、いいんだろう。

 うーん、まあ、いっか。

 わたしはお風呂を終えて、身体を拭くと、洗面台の前に衣服が置かれていた。事前にミサくんが置いておいたに違いない。あえて衣服を忘れて、肌を見せつけようと思ったんだけど先手を打たれた。そういう優しいところも大好きだから、全然気にならないけど。

 衣服はミサくんのようだった。

 できれば洗ってないものを着たかったけど、衣服を着られてるだけでも今は十分。

 トレーナーと長ズボン。

 トレーナーはわたしのサイズよりも一回り大きく、袖がパタパタしてしまう。

 いわゆる、彼Tというやつ。

 これ、あとで貰えないかな。

 ……無理か。

 わたしが部屋に着くと、ミサくんは鍋を作っている最中だった。良い匂いが鼻を突く。

「あ、奈々花さん。おかえり」

「かっ……!」

「か?」

「ううんっ。ミサくんの台所に立つ姿が、なんか新鮮だなって」

「いつの間にか奈々花さんに任せっきりになってたからねー」

 危うく口に出かけるところだった。

 台所に立つミサくん、カッコ良すぎるっ。

 カッコいいカッコいいカッコいい。

 あ、涎が出そうになった。

「み、ミサくん、あとはわたしがやるから」

「なら、一緒にやる?」

「ごほっ!?」

「奈々花さん!?」

 不意打ちはキツイ。

 ミサくんは天然たらしなのかな? そうなのかな?

「ううん、気にしないで。ほら、ちゃっちゃと作っちゃおっ」

 わたしはミサくんと隣に並んで、料理を作り始めた。

 なんだか、夢のようだ。

 今のわたしたちを第三者が見たら、どういうふうに見えるかな?

 同棲カップル? 新婚さん?

 いつか、そうなれたらいいのに……。



 ズキッ。



「っ……、」

 包丁で野菜を切っていた手を止めた。

 急な頭痛がしたからだ。

 頭を押さえる。けど、突発的なものだったのか、あるいは気のせいだったのか、痛みはやってこない。

「……?」

 わたしは首を傾げた。

 気のせい、かな。

「奈々花さん?」

「ううん、なんでもないよっ」

 うん、なんでもない。

 こうやって、わたしとミサくんの世界を築けているんだから。

 何も、問題ない。



 □多村 弥咲


 一週間ぶりの学校は異様な空気になっていた。それも当然だった。学校の教員が何者かに殺されたんだ。普通な学校生活に戻っているはずがない。

 非日常を望む生徒たちなら、それも当たり前だ。

 一年三組の教室は別の場所へと移動していた。新校舎の二階の空き教室を暫定措置として一年三組の教室としている。本来、四階まで上がらないといけないので、移動時間の労力が減って、少しだけ楽になった。

 教室に着くと、視線が僕に集まった。

 これはいつものことなので問題ない。

 机の中にはいつものようにゴミが敷き詰められていた。

 少し、抵抗感があった。

 掃除用ロッカーを開けたくない。

 いや、中に死体が入ってるわけない。

 だとしても、割り切れない。

 これは、まあ、仕方がない。

 学生鞄からビニール袋を取り出す。いつでもゴミを捨てる用に所持している経験の知恵の一つ。

 わざわざゴミを机の中に入れるのも一苦労だろうに。僕はそんなことを思いながら、ビニール袋に入れていく。

 それにしても、今日はやけに視線が強かった。僕は一瞬だけクラスメートと視線を合わせる。目が合うと逸らされてしまう。

 少し、違和感があった。

 なんというか、いじめの毛色が違う。

 まるで、僕を避けているような……。

 不意に、机からクシャクシャになった紙が落ちた。拾う寸前、そのクシャクシャの紙には何か書かれていることに気づいた。

 気にするな、と思いつつも、その紙を開いてしまった。

「っ……?」

 僕は固まった。

 固まってしまった。

 紙には殴り書きのような字で書かれていた。


 ――人殺し!!

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