【002】狂愛
□多村 弥咲
その日、今年初めての雪が降った。
僕は肌寒さで目を覚ました。
窓を見て、街が白く染まる光景に、少しだけ感動した。
呼び鈴が鳴った。僕は玄関まで歩き、扉を開けた。
「おはよう、ミサくん」
奈々花さんだった。既に制服に着替えている。秋ヶ丘学園の制服はブレザー。奈々花さんはセーターにブレザー。白のマフラーを首に巻いていた。
「……おはよう、奈々花さん」
僕は遅れて返した。
奈々花さんは満足そうに頷く。
「朝食まだだよね? 今日の朝ご飯の残り物、あとで食べてみて」
と、手に持っていたサンドイッチの入る保存容器を渡された。
「わたし、委員会があるから早く行かないといけないから」
「あ、うん。いつもありがとう、奈々花さん」
「どういたしましてっ」
奈々花さんは手を振りながら去っていく。
僕は渡されたものを見た。
ハムと卵。トマトと緑の野菜たち。ハッシュポテト。サンドイッチ一つにしても手間と苦労が見えた。
僕の一日は、奈々花さんとの挨拶から始まる。
「ありがとう」
僕は遠ざかっていく奈々花さんを見ながら、学校の準備を始めた。
□中野 奈々花
今日は、最高の日でしょう。
朝からミサくんの顔を見れた。
本当ならもっと長い時間、ミサくんとの時間を過ごしたかったけど、委員会があるから仕方ない。委員会なんて、やりたくもないのだけど、空気には今は従っていたほうがいい。そのほうが何かと都合が良いからだ。
それにしても、今日のミサくんも格好良かった。
トロンとした眠気眼。ぴょこんと跳ねた寝癖。パジャマ代わりのダボダボのジャージ。やや猫背気味の身体。寝起きのミサくんは目つきが鋭くなる。それがまたいい。
朝早くから朝食を作ったかいがあった。
カッコイイなぁ、ミサくん。
早く、わたしだけのものにしたい。
どうすれば、もっとわたしを見てくれるかな?
もっといじめて。
もっと孤立させて。
もっと傷つけて。
もっと、もっと、もっと。
ミサくんの味方は、わたしだけいないようにしないと。ミサくんと、わたしだけの世界を作らないと。
わたしは学校に着くと、校門前に既に集まっていた人たちにあいさつした。
わたしの委員会は学級委員。
いわゆる、クラスの代表者みたいな役割。
毎週水曜日に校門の前に立って、あいさつ運動をする。
これを登校時間の間行うという地味な活動だ。
このあいさつ活動にいったい何の意味があるのか、毎回不思議に思う。
挨拶の意義? 遅刻防止?
ただ校門前に立って挨拶して、それがどうして解決策に繋がると思うのか?
わたしは意味のない行動は絶対にしない。
それは、たぶん、生きる上でのわたしに課したルールみたいなものだ。
だから、このあいさつ運動にも意味があると考えている。
ずばり、学校のイメージアップだ。
校門前で堂々と活動を市民に見せつけることで、この学校はこんなにも真面目なんですよー、とアピールしているのだ。個人的には早朝から大声で挨拶をするなんて近所迷惑と変わらないし、そのアピールも度が過ぎれば、ただのぶりっ子と同じじゃないの? と思っているが……。
「よおっす、奈々花」
誰かがわたしに声をかけてきた。
わたしは声の方に振り向く。
爽やかそうな印象を与える同じクラスの学級委員の男子だった。
名前は……なんだっけ?
女子の間でモテてるとか噂されていたような気がしたけど。
というか、今わたしのこと名前で呼んだ? 気のせい?
「奈々花は来るの早えな。さすがだわ」
気のせいじゃなかった。
わたしを名前で呼んでいい男の子は、ミサくんだけなのに。
お前みたいな、どこの馬の骨かもわからない人が紡ぐ名前は、ひどく不快で、吐き気がして、その口を物理的に糸で縫ってやろうと思った。
「これくらい、普通だよ~」
けど、わたしは何事もないように答える。
お前たちが求める中野奈々花を演じている。
あいさつ活動が始まる。わたしは校門前に入っている生徒からミサくんの姿を探していた。いつになったら、ミサくんは来るかなぁ……。
その隣でさっきの名無し君が話しかけてくる。
わたしに、気があるのかな?
正直、うるさいし、耳障りになってきた。
「あ、ねっちーだ」
名無し君がそう呟いた。
それにはわたしも反応した。
ちょうど、校門前に小柄の男教師が入ろうとしていた。
猫背気味で、ちょっと派手目なスーツを着た、中年のおじさん。
噂では、バツイチ。性格の悪さで有名な田中先生だ。
数学担当。難しい問題を生徒に指名して、黒板の前で書かせようとする。それでできなかった生徒にねちねちと小言を言うのだ。
わたしも何度か指名されたことはあるけど、簡単に解いてみせた。
あのときのねっちーの悔しそうな顔は随分滑稽だった。
クラスでも嫌われ者であるねっちーをわたしも嫌っていた。
最近、ねっちーはことあるごとにミサくんに狙いを定めてきたからだ。
ねっちーはミサくんがいじめられている事実を認識している。その上で加担している。
難しい問題を解かせて、出来ないことがわかると、一斉になって罵倒を浴びさせる。
本当に、クズだと、思う。
「あ、多村の野郎だ」
隣の名無し君からドスの利いた声が聞こえた。
わたしはその時に見ていた。
制服を着たミサくんが歩いていた。
体を縮こませ、足元に視線を落とす。
できる限り、存在を消すように。
けれど、逆にそれが目立ってる。
ミサくんの周りだけポッカリと穴が開いたように、避けられている。
わたしはミサくんを見て、頬がにやけかけた。
今日も、かっこいいよ。
ああ、愛してる、ミサくん。
「アイツ、あれだけやられてるのによく学校来れるよな。本当、逆にすげえわ。そう思わない? 奈々花」
何か名無し君が言っていた。
わたしはミサくんをたっぷりと眺めていたので全く持って聞いていなかった。
今日も朝のミサくん成分を採った。
「ごめん、なにか言った?」
名無し君、お願いだから黙って。
目障りだから。
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