vol.25 そして言説へ
[Ⅰ]
アレウスの暴挙が発覚したその日の夜。
オルフェウスは夜にも拘らず、非常に物々しい雰囲気に包まれていた。
悪魔来襲の爪痕も所々にあり、それはまさに凄惨な状況となっていた。
至る所に破壊の痕跡があるほか、かなりの負傷者が出たからだ。
だが唯一の救いは、死者が出なかったことだろう。
不幸中の幸いといったところである。
で、俺は何をしているのかというと……今は謁見の間で、騒動の経緯を説明している最中であった。
面子は、イアティースとヘレーナ太后様とラムティースちゃん、それと、アラム卿とヘリオス将軍とフィーネス神官長である。
今回は騒動の内容がセンセーショナル過ぎるので、まずはこの方々だけで説明会となったのだ。
まぁとはいえ、俺も最後の最後でしくじってしまったので、ちょいと言い辛かったが、一難は去ったという事で勘弁して貰うとしよう。
「……という事なのだと思われます。少々、私の偏見も入ってるかもしれませんが、大体の経緯はこんなところでしょう」
俺が説明を終えると、全員が静かに頷いていた。
とりあえず、納得してるような感じなので、これに関しては信じてもらえそうだ。
ただ、時折、ラムティースちゃんが俺に向かって、妙な視線を送って来るのが気になるところであった。
今までと違い、キラキラした興味津々の目で俺を見ているからである。
なんで? と思ったのは言うまでもない。
まぁそれはさておき、俺が説明を終えると、ヘレーナ太后様は残念そうに、大きく息を吐いた。
「まさか……息子の命を奪ったのが、意図的に仕込まれたパジィズだったとは……。私も当時は変に思いはしましたが、アルガス主席宮廷魔導師もパジィズに罹ったと聞いて、そういう事もあるのかと考えてしまいました。ですが、今のコースケ殿の話を聞いて、ようやく納得がいきました。そういう事だったのですね。お見事でした、コースケ殿。息子の無念を晴らしていただき、感謝しております。ありがとうございました」
「いえ、これも陛下の為にございます」
「これからもよろしくお願いしますね、コースケ殿。イアティースには先程、強く言っておきましたので」
「へ? 強く?」
「あ……いや、こちらの話でございます。お気になさらずに。ほほほ」
なんかいつもと様子が違う太后様であった。
さっきもイアティースだけを部屋に呼び、密談をしていたからである。
その内容が気になるところだ。
「しかし、アレウス殿は、どうして悪魔に魂を売り渡したのでしょうな。私にはさっぱりわからぬ。主席宮廷魔導師の地位まで得たのに、何が不満だったのか……」
アラム卿はそう言って表情を落としていた。
まぁ確かに、地位や名声で物事を考える者ならば、そんなに不満は出ないだろう。
だがそうでないから、今回の事態になったに違いない。
この国の在り方が、アレウスにとって問題だったのは、奴の言動からも見て取れるからだ。
それは周辺国との軋轢や、情勢の変化というのもあるのかもしれない。
そして、それが故に、そこを悪魔に付け込まれた可能性があるのであった。
もしそうなら、悪魔は甘美な言葉で、アレウスを焚きつけた事だろう。
まぁとはいえ、何れにしろ、本人がもういない。
今考えたところで、結論が出ない話であった。
「コースケ殿はどうお考えで?」
フィーネス神官長が訊いてきた。
確かに謎の部分だが……恐らく、アレウスはこの国を変えたかったのかもしれない。
そして、その過程で、イアティースに恋をした可能性もあるのだ。
女に手を掛けたくないなら話が分かるが、奴はディアーナに関しては容赦なくパジィズを施していた。
この事実と照らし合わせると、その可能性はかなり高いのである。
奴は明らかに、イアティースを気にかけていた。
恐らく、惚れた女が醜くなって死んでゆくのを見たくなかったのだろう。
アレウスも一時は、イアティースの夫候補にまでなったそうだが、それも叶わなかったのが、凶行に至った原因なのかもしれない。
この国を変える為に、王権に近付こうとして、その女に惚れたのなら、それも有り得る話であった。
ただこの場合、アレウスはロリコンという仮説が成り立つので、俺としては色々と複雑な気持ちになる。
なぜなら、当時13歳か、15歳くらいのイアティースに恋をしていた事になるからだ。
ワンレンの美丈夫でイケメンのアレウスが、美少女趣味のロリコンだったというのは、あまり考えたくない仮説であった。
まぁ俺個人の意見としてはだが。
しかし、もう終わった話なのでスルーしとこう。
「たぶん……何かが不満だったのでしょうね。何れにしろ……アレウスはもうここにはいません。真相はわからず仕舞いです」
「そうですね……」
フィーネス神官長は悲しそうな表情であった。
とりあえず、この話は俺の胸に仕舞っておくとしよう。
よく考えたら、イアティースを悲しませる事になりかねない。
あの駆け引きの場ならいざ知らず、落ち着いた今、話すような内容でもないからだ。
「ところでフィーネス神官長……ディアーナの容体はどうですか?」
「先ほど目を覚ましましたが、大丈夫そうですね。しかし……コースケ殿が、パジィズを治療出来るとは思いもしませんでした」
「まぁ……あれは私も驚いたところです。今朝、瞑想で治療法を探したら、あの方法を授かったのですよ。ですが……あれは生きている者にしか効果はないので、そこが難点ですがね」
そう、あれは生きている者のみ有効なのである。
すでに死んでしまった者は、昇天させる事しかできないのだ。
「それにしてもですよ。今までパジィズを治療できた者はいないのですから」
するとそこで、ヘリオス将軍が俺の肩をポンと叩いたのであった。
「コースケ殿、我々がもしパジィズになったら、その時は頼むぞ」
「それは流石に治療しますよ。私がその場にいればですが……」
「本当に頼むぞ。正直、病魔に関しては、我々もどうしようもないんでな」
ヘリオス将軍はそう言うと、お手上げの仕草をした。
やはりパジィズは、この人でも怖いのだろう。
「でも、コースケ殿……今回の黒幕がアレウス殿だと、よくお気づきになられましたね。たったあれだけの事で、そこまで見通すとは驚きました」
「いえいえ、フィーネス神官長のお陰ですよ。メディアス卿のパジィズを証明した方法を見た事で、私もその結論に達したのですから」
「そう仰られると嬉しいです。私もコースケ殿にお見せした甲斐がありました」
などと話をしていると、イアティースが俺の隣にやって来た。
たぶん、監視をしに来たのだろう。
「フィーネス神官長、コースケ殿は凄いでしょう? 私が思いもしないような事まで考えてるのですから」
「ええ、本当です。私、先程のコースケ殿を見てましたら、胸がドキドキしてきました。コースケ殿、またお時間がありましたら、神殿にお越しくださいませ。お茶でもしながら、ゆっくりとお話ししましょう」
「そ、そうですね、その時はまた」
としか言えなかった。
なぜなら、イアティースが横で物凄く睨んでくるからである。
行ったらどうなるかわかってるんでしょうね! とでも言いたげな視線であった。
「しかし、勇者殿……其方がまさかイシュタルトの印を授かっていたとはな。只者ではないと思っていたが、本当に只者じゃなかったのだな」
ヘリオス将軍はそう言って豪快に笑った。
ちょっと心配なので、もう一回忠告しとこう。
「あの、ヘリオス将軍……さっきも言いましたように、内緒にしておいて貰えますかね。その話は、この場だけという事で」
「ヘリオス将軍、私からもお願いします。コースケ殿は私の専属の騎士ですので、あまり大きな噂になると困るのです」
イアティースも俺と一緒に念を押してくれた。
ヘリオス将軍は胸の紋章に手を当てた。
「勿論、わかっておりますとも、女王陛下。確かにイシュタルトの印は、未だ嘗て誰も授かった者はいないと謂われているモノですからな。バレると、勇者殿もなかなか大変であろう。特に、この国の女性はそういう……ン? おや、ラムティース様、どうされましたかな?」
するとそこで、ラムティースちゃんが俺の前にやって来たのである。
ラムティースちゃんは俺の右手を取り、祈るように両手で包みこんだ。
その表情は、どことなく恥ずかしさが入り混じったモノであった。
「あの……コースケ様……今日は本当にありがとうございました。私……貴方の事がもっと知りたい……」
今までの大人びた言い回しのラムティースちゃんと違い、年相応の凄くあどけない感じであった。
「え? もっと知りたい?」
「ちょっとラムティース! なんですかいきなり! コースケ殿の手を握ったりして。失礼ですよ!」
このスキンシップに、イアティースはイラッと来たのだろう。
ラムティースちゃんはそこで、イアティースにニコリと微笑んだ。
少し挑発的な笑みだったのは言うまでもない。
「よいではないですか、お姉様。そんな事より……私、コースケ様に贈り物を用意してきたのです。お渡ししてもよろしいですか?」
「贈り物? 何か知りませんが、それは構いませんよ」
「では、お姉様の了承も得ましたので……」
ラムティースちゃんはそう言うと、俺に向き直った。
そして、少し畏まった表情で、俺を見詰めたのである。
「コースケ様……私から贈り物があるので、少し屈んでもらえますか」
妙なお願いだったが、さして面倒でもないので、俺は言われた通りにした。
「屈む? こうですか?」
「はい、では目を閉じてください。今、贈り物をお渡しします」
俺は言われるがまま、目を閉じた。
するとその直後であった。
「コースケ様……好きです」
「ンンンッ!?」
なんとラムティースちゃんは、俺の口にキスをしてきたのである。
次の瞬間、イアティースの怒りの籠った声が響き渡った。
「ちょ……ちょっと! ラムッ!? 何してるのよッ! やめなさいッ!」
そこでラムティースちゃんはキスを解いた。
「なんですか、お姉様……そんなに慌てて。何をしてるって、口づけですわ。私、コースケ様の事が好きになってしまいましたの」
「ハァ!? そんなものダメに決まってるでしょ!」
「なぜ、ダメなのですか?」
「そ、それはアレよ。コースケ殿は私の専属の騎士だからです」
なんとなく、ヤバい雰囲気に変わりそうな気配であった。
「専属の騎士というだけで、お姉様と恋仲というわけでもないでしょう?」
「貴方ね……私がダメと言ったら、ダメなの。これは女王命令です!」
「お姉様、そんな命令には従えませんわ。これは私とコースケ様の話ですから」
「ダメったら、ダメなのッ!」
「理由がわかりません! 一体、何が気に入らないのですかッ!」
2人はまた喧嘩モードへと突入していた。
周囲の者達はポカンとしながら、この2人のやり取りを眺めている。
しょうがないので、俺がとりあえず、仲裁に入ることにした。
「まぁまぁ、陛下もラムティース様も落ち着いてください。喧嘩はダメですよ。とりあえず、落ち着きましょう」
「コースケ殿は黙っていてください!」
「コースケ様、今は姉に言いたい事がありますので、また後で!」
なんというか、門前払いであった。
ここはもう、太后様になんとかしてもらうしかないだろう。
つーわけで、俺はへレーナ太后様に救難信号を兼ねた視線を送ったのである。
だが太后様は、首を左右に振ったのであった。
「コースケ殿、放っておきなさい。これもまた、王族としての戦いなのですよ」
「た、戦い?」
意味の分からない回答であった。
(戦いって……一体、何が始まるんだよ。ただの姉妹喧嘩にしか見えんが……ン?)
そんな事を考えていると、フィーネス神官長が俺の隣にやって来た。
「若いって良いですわね。そういえば、コースケ殿はさっきの戦いの折、28歳と仰ってましたね」
「ええ、そうなります。意外と良い歳なんですよ、私は」
「コースケ殿、私は貴方の2つ下なのですよ。お互いに歳が近いので、話も合いそうですわね」
「あの……何の話ですか?」
なんか知らんが、俺の面倒事警戒センサーがサイレンを鳴らしている気がした。
「私も……そろそろ身を固めて、次の代へ神官長を引き継ぎたいと思っていますの」
「そうなのですか? という事は神官も、婚姻は許されてるんですね」
意外なカミングアウトであった。
「いえ、許されてませんわ。逆なのです。神官を辞めるには、相手を見つけてからじゃないと出来ないのですよ。それがニンフル神殿の掟なのです」
「掟? ええっと、つまり……相手がいないと神官を辞めれないという事ですか?」
ここにきて妙な異世界トリビアを知った。
というか、イミフな掟である。
「実はそうなのです。ですので……私も今、お相手を探しているところなのですよ」
フィーネス神官長はそう言って、ニコリと意味ありげに微笑んだのである。
だがその時であった。
「ちょっと待ったぁ! フィーネス神官長、何を勝手に婚姻の話をしてるんですか!」
「そ、そうですわよ。いつの間にか、神官長とコースケ様が、そんな話をしてますし。コースケ様もコースケ様ですわ。私達をほったらかしにして!」
2人で勝手にエキサイトしといて、ほったらかしとな?
正直、凄い言い分であった。
フィーネス神官長はそんな2人に向かい、優しく微笑んだ。
「まぁまぁまぁ……落ち着いて話をしましょう、陛下にラムティース様。コースケ殿の事は、また色々とお話をしようじゃありませんか」
「落ち着けますか!」
「そ、そうですわよ!」
この場は、わけのわからない修羅場と化していた。
「あの……なんで、俺の事で揉めてるんですか? 正直、わけわかんないんですけど」
俺はそう呟いたが、3人には届いていなかった。
するとそこで、アラム卿が俺の肩をポンと叩いたのである。
「それは其方が、希少なエンギルの印を持つ者だからでしょうな。しかし、コースケ殿も大変な印を授かったモノだ」
「大変な印? イシュタルトの印がですか?」
アラム卿は苦笑いを浮かべ、頷いた。
「うむ……大変申し上げにくいのだが、この国の高貴な女性達の間では……希少なエンギルの印を持つ男を生涯の伴侶としたい風習があるのですよ。勇敢なる者であり、極めて稀なエンギルの印を持つ其方だ。確かに、余り公言せぬ方が、身の為かもしれませぬな。コースケ殿がアシュナの民とはいえ、後が大変ですぞ……」と。
アラム卿の話を聞き、色恋沙汰の謎が少し解けた気がした。
どうやら、イアティースの俺に対する恋愛感情は、生命の輪だけでなく、パートナーに求める様々な風習も、恐らく関係しているのだろう。
ある意味、イシュタルトは女難の印でもあるのかもしれない。
というわけで俺は、右手の手袋を不用意に外さないようにしようと、改めて思ったのであった。
(そういや……古代シュメール神話を調べていた時、イシュタルという女神は、色んな男神と、とっかえひっかえやりまくった絶倫な女神とかいう記述があったんだよな。なんか、嫌な予感がすんだけど……ひょんな事から浮気でもした日にゃ、俺は死んでしまうかもしれん。と、とりあえず……気を付けよう……)
君子危うきに近寄らずである。
[Ⅱ]
さて、初めに言っておく。
これは蛇足である。
ちなみにだが、アレウスの騒動があった日の夜遅くの話である。
重鎮達に騒動の説明を終えた後、俺達は女王の寝室に戻ったのだが、その際、イアティースからいきなり、こんな言葉が出てきたのである。
「コースケ……疲れてるところ悪いけど……お願い、今から抱いて。今日の貴方見てたら、してほしくてたまらないの。お願い……」
「陛下がお望みとあらば。というか、やります。やりましょう。頑張ります!」――
つーわけで俺は、イアティースに愛情をたっぷりと注いで、ハッスルしたのであった。
だが、最後の最後で、とんでもない事態になったのである。
それを記すとしよう。これだ――
俺はイアティースと正常位の体勢で、一心不乱に頑張っていた。
もう性交は最終局面へと突入していた。
そしていよいよ、今日のその時がやってきたのだ。が、しかし……。
「コ、コースケ……もうらめぇぇ」
「イアティース! 俺も!」
俺はイク寸前で伝家の宝刀を抜こうとしたのだが、なんとイアティースはその瞬間、足でガッチリホールドを決めてきたのである。
その為、俺は抜く事ができず、納刀したままイアティースの中で、種子の全量出荷を完了してしまったのであった。
つまり中出ししてしまったのだ。
「あの、イアティースさん……そんな事をするから、中で全部出たんスけど。ヤバくないか」
「イイの……コースケ、愛してる」
イアティースはそう言って、俺の首に手を回し、ディープなキスをしてきた。
「コースケ……さっき、おばあ様から言われたの。コースケ殿を絶対に手放してはいけませんよって。だから……もう次の段階に行くわよ。私、誰にもコースケは渡さないんだから」
「お、おう」
としか、俺は言えなかった。
「大好きよ、コースケ。今日の貴方見てたら、フィーネス神官長じゃないけど、私もドキドキが止まらなかったもの。ねぇ……もう1回出来る? 今日はいつも以上に貴方を感じたいの」
「お、おう……たぶん、イケると思う」
「じゃあお願い、次はもっと激しくして」
「お、おう」――
そして、俺達はまたベッドで1つになり、深く愛し合ったのであった。
たぶん、今日はまだ、妊娠の確率は低い筈だ。
なぜなら、イアティースの生理が終わってから、まだ4日ほどしか経過してないからである。
女性の排卵は生理開始日に近いので、まだ安全日の範疇と俺は考えていたのだ。
まぁこれは人間ならばという注釈が付くが、イアティースの話を聞くところだと、その辺はニューフェンもなんとなく同じな感じであった。
だがとはいうものの、子宮内で精子は、最長で1週間くらい生きていると聞いた事があるので、そうなった時はもう諦めるしかないだろう。
異世界でパパになる……まだその覚悟はできてないが、避けて通れない道を俺は歩み始めているのかもしれない。
などと、イアティースと交わりながら考える俺なのであった。
もう、成るように成れだ。
つーわけで、第2部・完です!
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
ここで少し筆を置きます。
次回……いつかまた、その時にはよろしくだぜ!
相続した遺品が異世界と繋がってるんスけど…… 書仙凡人 @teng45
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