vol.24 イシュタルト



    [Ⅰ]



 アレウスが悪魔と化した瞬間、オルフェウス城の謁見の間は、阿鼻叫喚の様相となった。

 この国の文官や高位貴族達は慌てふためき、一目散に逃げ出したからである。

 それは王族の方々も同様であったが、出口が少ないので、やや渋滞気味となっていた。

 あまりよくない兆候だが、アラム卿やヘリオス将軍、そして侍従長達が王族方を誘導しているので、その内、それも解消するだろう。

 そしてイアティースはというと、俺の後ろに回り、そこからアレウスを睨みつけるのであった。

 逃げるつもりはないようだ。

 ここは流石に忠告するとしよう。

 俺はイアティースに耳打ちした。


「イアティース、君は逃げるんだ。奴の目的は君の死だぞ」

「嫌よ! 私は逃げないわ! 貴方と一緒にここに残るの。私は貴方と運命を共にするんだから! それに……アレウスは、父の仇でもあるの……許さないわ!」


 イアティースはそう言って、俺に寄り添ってきたのである。

 まぁなんというか、怖いはずなのに、意外と胆力のある女性であった。

 ちなみに、兵士や魔導師達はその場に留まり、アレウスに対して武器を構えていた。

 この辺は流石の対応であった。

 だが、アレウスはその様子を見て、不敵な笑みを浮かべたのである。


「ほう……お前達、上官の主席宮廷魔導師である私と相対するつもりのようだな」

「あ、悪魔となった貴方はもはや上官などではないッ! まさか、貴方が悪魔だったなんて……クソッ、今まで、我々を騙してきたのかァ!」


 宮廷魔導師の1人が声を荒げた。

 ショックだったのだろう。


「騙す? クククッ、ちょっと違うな。私は訊かれなかったから、何も言わなかっただけだ。お前達の誰かが、そこにいるアシュナの男のように、私に事実を突きつけてきたら、ちゃんと話したぞ。だがその時には、容赦なく始末してただろうがな。まぁいい、今からでも遅くない、死ぬがよい!」


 その刹那、アレウスの前に無数の氷の矢が現れ、魔導師達に向かって放たれたのであった。

 氷の矢は魔導師達に向かい、容赦なく襲い掛かる。


「この力は! ギャァァ!」

「なんでこんなにも氷の矢が! グァァァ!」


 悲鳴にも似た声を上げながら、魔導師達は次々とその場に倒れていった。

 中々に強力な氷の魔法であった。

 早く治療しないと不味い状況だ。

 だが炎の魔法で、なんとか凌いだ魔導師達もいたので、一部の魔導師が餌食になった感じであった。

 とはいえ、魔導師達はその力を見て、恐れていた。

 たぶん、いつものアレウスより凄いのだろう。


「素晴らしい……ニューフェンの時より、遥かに強い力を振るえるようだ。クククッ……こんな事なら、最初から転生して、オルフェウスを落とせば良かったかも知れんな」


 奴は満足そうに微笑んでいた。

 この様子を見る限り、やはり、ニューフェンの時より、強い力を振るえるみたいである。

 元々、風と水の魔法を極めた魔導師だ。

 悪魔になった事で、その力が遺憾なく発揮されたに違いない。

 これは不味い事態である。

 するとその時であった。


【悪魔の襲撃だァァ! 北と南から、悪魔の群れが来るぞ! 兵士と魔導師は、守りを固めるのだ! 急げぇ!】


 ヘリオス将軍の指揮を執る大きな声が、謁見の間の入り口から聞こえてきたのである。

 どうやら、待機していた悪魔も、形振り構わず、襲ってきたみたいだ。

 程なくして、女王付きの近衛兵と宮廷魔導師、そして、フィーネス神官長とヘリオス将軍が、俺達の所へとやってきた。


「勇者殿、助太刀するぞ! まさか、アレウス殿が悪魔に魂を売っていたとはな……許せん!」

「コースケ殿、私も微力ながら戦わせて頂きます」


 そこでディアーナが前に出た。


「アレウス様……貴方は、私が犠牲になるのを知っていて、メディアス卿の所へ私を派遣したのですか?」

「ああ、そうだとも。それがどうかしたかな、ディアーナ」

「なぜそんな事を……。貴方は私に言いました。有能な魔導師には、出身など関係ないと。あれも嘘だったのですか?」


 ディアーナは悲しげな表情でそう問いかけた。

 アレウスを信じていたのだろう。


「いや、嘘ではない……私は寧ろ、そういったモノを排除したいくらいだ。だから私はニューフェンをやめたのだよ」

「私にはもう……貴方が何を考えているのかわからない」

「だろうな。私の事など……誰もわかるものか」


 アレウスはそこで、ディアーナを指差した。


「ディアーナよ……お前はよく働いてくれた。だから、褒美をやろう。受け取るがよい」


 次の瞬間、奴の指先から黒い何かが、ディアーナに向かって放たれたのであった。

 ソレはあっという間にディアーナの腹部へと到達する。

 だがその直後、ディアーナに異変が現れたのだ。


「え? ああ……か、身体が……燃えるように熱い……キャァァ!」


 ディアーナに現れた異変……それはまさに、あの病気の症状に他ならなかった。

 なんと、ディアーナの首や手足はみるみる群青色と化していったのだ。

 ディアーナは胸を掻き毟るような仕草をしながら、そこに崩れ落ちていった。


「ヒィ!? こ、これはパジィズだ!」

「パ、パジィズだってッ!? ウワァァァ!」


 それを見た兵士や宮廷魔導師達は慌てふためきながら、謁見の間の入り口にダッシュした。

 やはり、不治の病というだけあり、言いようのない恐怖があるのだろう。


「オ、オイ! 待て、お前達! 逃げるなァ!」


 ヘリオス将軍がそう叫んだが、後の祭りであった。

 病魔への恐怖が勝ってしまっているのだ。

 フィーネス神官長とイアティースは、倒れ込むディアーナに慌てて駆け寄った。


「ディアーナ!」

「なぜこんな事が……」


 ヘリオス将軍と近衛兵や魔導師達は、ディアーナのパジィズ発症を見るなり、目を大きくしながら息を飲んでいた。

 これには彼等もビビッたようだ。

 ただ、他の兵士や魔導師達と違い、逃げないのは流石であった。


「クククッ、私のパジィズから逃れる方法はない! 貴様等を皆殺しにしてやろう」


 アレウスは自慢げにそう告げた。

 だが、これはブラフのように俺は感じた。

 なぜなら、初めから使えばいいのに、こんな回りくどいやり方をするからだ。

 恐らく、誰にでもすぐは使えないに違いない。

(パジィズか、恐ろしい病気だな。いや……厳密に言えば、これは病気ではないのかも知れない。まぁいい、今はディアーナの治療が先だ。今朝の瞑想でパジィズの治療法を探ったら、興味深いモノが見えた。アレが本当ならば……まだ間に合う筈。とりあえず、試してみよう)

 俺はそこで右手の手袋を外した。

 そして、苦しむディアーナの傍で片膝を着き、彼女の腹部に右手を当てたのである。


「コースケ殿、一体何を……」


 と、イアティースが訊いてきた。


「上手く行くかどうかわかりませんが……とりあえず、試してみます」


 俺はそこで呪文を小さく唱えた。


「エル・イシュタルト」


 次の瞬間、俺の右手が眩く発光し、彼女の中に光が入り込んでいった。

 するとその直後であった。

 まるで燻すかのように、彼女の全身から黒い煙のようなモノが、一斉に吹き出したのである。

 またそれに伴い、肌が青黒くなる病変も、逆再生するかのように消えていったのだ。

 アンビリーバブルな現象であった。


「こ、これは……」

「肌の色が戻った……」

「勇者殿……一体何をしたのだ」


 イアティースとフィーネス神官長、そしてヘリオス将軍は、その様子を目の当たりにし、驚愕の表情を浮かべていた。

 それは他の近衛兵や魔導師達も同様であった。

 無理もない。やった俺自身、同じ気持ちだからだ。

 まぁそれはさておき、どうやら上手く行ったみたいである。

 瞑想の通り、イシュタルトの力で、彼女に巣くう邪悪な悪霊を打ち払えたのだろう。

 しかし、ディアーナは目を開けなかった。

 だが、呼吸はしているので、気を失っているだけなのかもしれない。

 ただ、今の治療は、彼女の身体の水分を利用したモノなので、その副作用が気になるところである。

 まぁ何れにしろ、俺が出来るのはここまでであった。

 後はディアーナ次第である。


「何ィ……パジィズの邪霊を払っただと! そんな事が出来る筈は……チッ……貴様……一体、何者だ!」


 アレウスの驚く声が聞こえてきた。

 どうやらアレウス的にも、かなり驚愕の出来事だったようだ。

 俺はそこで立ち上がり、奴に振り返った。


「俺が何者か、か……知りたいなら教えてやるよ。名前は真島耕助、歳は28、国籍は日本。生粋の日本人だ。そして……無職で求職中に、ひょんな事から、この国で女王の護衛として働く事になった、アラサー独身野郎だよ」

「ア、アラサードクシンヤロウ? 何を言ってる、貴様……」


 アレウスは意味が分からないのか、眉根を寄せていた。

 まぁ普通はこうなるだろう。

 だが、俺の事を得体の知れないモノのように見てるので、一応、警戒はしているようだ。

 ついでなので、これに乗じて、話を引き出してみるとしよう。


「さてと……自己紹介も終えた事だし、本題に行こうか。アンタ……なんで女王陛下を……いや、オルフェウス王の命を狙う? せめて、理由を教えてくれないか?」

「王の命を狙う理由だと……そんな事は知らぬな。我が主からは、オルフェウスの印を持つ者を始末しろ、としか聞いてないのでな」


 どうやら俺の推察は当たりのようだ。


「オルフェウスの印……なるほどね。だから、先王が亡くなった後も、次の王の命を狙い続けたのか。ふむふむ……で、主とやらは、狙う理由までは教えてくれなかったのか?」

「ああ、教えては……って、なんで私が貴様の質問に答えねばならんのだ!」


 ノリツッコミのような感じになっていたが、そう上手くは行かないようだ。

 まぁとはいえ、オルフェウスの印というキーワードを引き出せたので、それは良しとしよう。


「なんだ、教えて貰ってねぇのかよ。アンタも、信用されてねぇなぁ。だが……それが裏切り行為の代償ってやつだ。敵からも味方からも……一気に信用がなくなるんだよ。裏切り行為というのはな」


 俺はそう言って、奴の不安を煽っておいた。

 これも駆け引きの1つである。

 会社で培った営業販売促進スキル、『不安の種蒔き』というやつだ。

 本来ならクライアントに解決方法を提示するところだが、コイツには必要ないのでスルーしておいた。


「クッ……おのれ、黙って聞いておれば!」


 痛いところを突かれたのか、奴は苦虫を噛み潰したような表情であった。

 さぁこの調子で、次々いってみよう。


「あ、そうそう……そういや、あの謁見の間での陛下襲撃だけど……アレ、計画したのはメディアス卿じゃなくて、本当はアンタだろ?」

「何?」

「え!?」


 するとその瞬間、アレウスは眉を上げ、怪訝な表情になったのである。

 この表情だけで充分であった。

 また、他のギャラリーも同様に驚いていた。

 寝耳に水といった感じである。


「どうやら、その顔を見る限り、当たりのようだね。おかしいと思ってたんだよ。あの状況で、女王を即座に護衛できるのは俺しかいなかったからな。つまり……アレは俺の実力を計るのも兼ねた襲撃だった……そうじゃないのか?」

「フン……気付いてたのか」


 これも当たりのようだ。

 まぁなんというか……いつもながらだが、自分の身に降りかかる災難には敏感なので、嬉しいやら悲しいやらである。


「やっぱりな。で、満足な結果が得られましたかね?」

「ああ、得られたとも。不死の王・ハンズを滅ぼした奴が、何者かを知る必要があったのでな。お陰で、油断ならない奴だとわかったよ。だが……お前はあの時、実力を隠していたな? メディアス卿の屋敷でお前達を襲撃した時、前回の失敗を補ったつもりだが……手傷を負う事もなく、奴等を難なく倒したとディアーナから聞いたからな。厄介な奴だよ、貴様は……この私が忌々しく思うくらいにな」


 どうやらメディアス卿の屋敷の襲撃も、コイツの策略だったようだ。

 これまでの奴の口振りを聞く限り、裏ではアレウスの方が上の関係だったのだろう。


「実力を隠す? 違うね……俺はやらなくて良い事はしないようにしてるだけだ。さて……じゃあ最後に、1つ訊きたい。アンタはなぜ、女王陛下に直接手を下さなかった? さっき言ったのは、本当の理由ではないと思うんだがね」

「何……」


 俺がこの質問をした瞬間、奴の表情はみるみる険しくなっていった。

 だが、無言で俺を睨みつけるのみであった。

 もしかすると……考えたくはないが、俺の予想は当たりなのかもしれない。

 俺は話を進めた。


「なんで何も言わない? 実を言うとね……俺には、アンタをこんな凶行に駆り立てた原因がサッパリわからないんだよ。でも、今までの話を聞いていて、少しわかった気がした。これは俺の想像だが……アンタは本当は、この国を変えたかったんじゃないのか? そしてその過程で、イアティースに恋……」


 すると、奴は話を遮るように、声を荒げたのである。


「そんな事は関係ないッ! 俺はこの国が憎いからだッ! それが理由だ! 女王もその為に、殺すのだッ……今からなッ! もう何もかも、遅いのだよッ!」


 アレウスは憤怒の表情で、禍々しい邪悪なオーラを全身から噴出した。

 だが俺には、奴が泣いているように見えた。

 まるで慟哭のように。


「もう遅い、か……俺にはアンタが泣いてるように聞こえるよ。さっきアンタは、ニューフェンの姿と決別と言ってたが……本当は後悔の念もあるんじゃないのか? だから、悪魔になる事に対し……なかなか踏ん切りがつかなかった」

「煩い、黙れェェェ! いい加減にしろ! 私はこの国が憎いんだよ!」


 これだけ感情をあらわにするという事は、俺の指摘は当たらずとも遠からずなのかもしれない。

 だがそこで、アレウスはなぜかニヤリと笑ったのであった。


「ん? おや、ようやく来たか。クククッ、コースケよ……お喋りはここまでだな。どうやら荷物が届いたようだ」

 

 するとその直後、謁見の間の入り口から、フードを深く被った黒いローブ姿の存在が、2体現れたのであった。

 そいつ等は、素早い動きでアレウスの方へと駆けてゆく。

 おまけにその内の1体はなんと、ラムティースちゃんを肩に抱えていたのである。

 ラムティースちゃんは泣きじゃくりながら、手足をジタバタしていた。


「は、離してよォォ……イヤァァァァァ!」

「ラム!?」

「ラムティース様!」


 黒いローブ姿の存在はアレウスの前へと行き、俺達に振り返った。

 これは想定外の展開であった。

(チッ……人質か。不味いな……調子に乗って情報を引き出そうとし過ぎたか。どうすっかな……ン?)

 アレウスがニヤリと笑みを浮かべ、前に出てきた。


「クククッ、さて……良いモノが届いたようだ」


 イアティースはアレウスを指さし、声を荒げた。


「アレウス! 貴方、父や私だけじゃなく、妹まで手を掛ける気なの! 私……貴方の事を絶対に許さないわ! こんな男だったなんて!」

「勇ましいな、イアティース……だが、妹の命が惜しければ、我が手で死ぬがよい。せめて……苦しまずに、あの世に送ってやろう」

「なッ!?」


 奴はそこでおかしな交渉をしてきた。

 だがこれは……奴なりの優しさなのだろう。

 とはいえ、イアティースに死なれると、俺も漏れなく死ぬので、それは困るところだ。

 つーわけで、(ンなもん、全拒否に決まってんだろがァッ!)と脳内で叫びつつ、俺は油断中の奴に向かい、あの魔法を行使したのであった。

 それは勿論……不死の王を倒したアレである。

 俺はそこで心を落ち着かせて自我を引っ込め、傍観者のように意識の変革をした。

 これはつまり、軽い瞑想状態に入った事を意味する。

 そう、ある種のトランス状態を意図して作り上げたのだ。

 なぜなら、この状態でないと、宙に魔法の発動式を描く術が使えないからである。

 俺は指先にエンギルの力を集中させ、イシュタルトの紋章を描いた。

 するとそこで、アレウスの怯えたような声が聞こえてきたのである。


「何……そ、それは、まさか……貴様!」


 アレウスは目を見開き、驚愕の表情でそれを見ていた。

 そして俺は、宙に浮かぶ魔法の発動式に右手を当て、砲門を開く呪文を唱えたのであった。


「エル・イシュタルト」と。


 その刹那、イシュタルトの紋章は眩く輝いた。

 そして、俺の右手からエンギルの力と水分を吸い上げ、光の波動砲となって、奴に襲いかかったのである。


「グァァァ、そんな馬鹿なァァ!」


 光の波動砲は、勢いよく放たれ、奴を突き抜けていった。

 だがしかし、予想外の事が起きた。

 なぜなら、奴はその途中で身体を仰け反らせ、何とかそれを躱したからである。

 とはいえ、無傷ではなかった。

 光の波動砲は、奴の右腕を打ち抜いたからだ。

 その為、アレウスの右腕は、肘から下が無くなっていたのである。

 おまけに、その傷口からは白い煙のようなモノが立ち昇っており、更に奴を蝕み始めていた。

 イシュタルトの力は邪悪な力を退けるので、腕1本とはいえ、奴は相当堪えているに違いない。

 アレウスは片膝をつき、苦しそうな表情で俺を見た。


「グッ……そういう事だったのか。今、わかったぞ。不死の王がなぜ滅ぼされたのかが……貴様、イシュタルトの力を使えるのか……グッ、オノレェ! そうはいくか! グアァァ!」


 アレウスはそう言うや否や、自分の右手を左の手套で切断したのである。

 突然の奇行であったが、これは恐らく、イシュタルトの力による傷の延焼を防ぐ為だろう。

 続いてアレウスは、苦しそうに肩で息をしながら、俺を睨みつけてきたのであった。


「まさか……イシュタルトの印を授かる者が現れようとはな。グッ……これは流石に少し分が悪いか。だが……こんな事で諦めるわけにはいかぬわ! 者共、正体を現すがよい!」


 黒いローブ姿の者達は、そこでフードを捲り上げた。

 そして、その正体が露わになったのである。

 フードの向こうにいたのは、中年のニューフェン男性であった。

 手ぶらの1人は坊主頭であり、長い顎髭と口髭が特徴の男だ。

 また、ラムティースちゃんを抱えてるの方は、口髭を沢山蓄えた長い髪の男であった。

 だが2人共、パジィズに罹ったような群青色の肌をしているのもあり、最早、ゾンビのように見えた。

 当然、生気のある顔はしていない。

 恐らく、彼等は死人なのだろう。


「お、お父様!?」 

「こんな事って……」

「な!? 先王にアルガス殿ではないか! そんな馬鹿な……」


 ギャラリーは信じられないモノを見るかのように、彼等に視線を向けていた。

 俺はイアティースに確認をした。


「お父さんはどっち?」

「ラムを抱えている方です。向こうの方は、アレウスの父です」


 思った通りの方々であった。

 メディアス卿もそのうち出てきそうである。

(いずれ使ってくるんじゃないかとは思ったが……ここで出してきたか。チッ……イアティースを悲しませる事になりそうだ)

 アレウスは荒い呼吸をしながら、笑みを浮かべていた。


「さぁて……では、この者達に戦ってもらうとしよう。クククッ……死して尚、私に利用されるとは哀れな者達だよ。さぁまずは父から行こうか。ゆけい!」


 アレウスはそう言って、後ろに下がった。

 奴の父親ゾンビがそこで動く。

 するとゾンビは俺達に向かって手を突きだし、呪文を唱えたのであった。

 その刹那、俺達に向かい、沢山の氷の矢が放たれたのである。

 それはさっき、アレウスが使ったような氷の魔法であった。

(こんな姿になっても、魔法が使えるのかよ……なんて面倒な……)

 俺は脳内で愚痴をこぼしつつ、それをイアの術で止め、軌道を強引に逸らせた。

 氷の矢は壁に激突し、砕けていった。

 また、ヘリオス将軍や、近衛兵に魔導師達は、炎の魔法や盾でそれを防いだのである。フィーネス神官長も、それに守られるような感じであった。

 とりあえず、何とか全員、躱し切れたようだ。

 流石に女王付きの方々である。

 そこでアレウスの声が聞こえてきた。


「ほう……流石だな。クククッ、ならば、これならどうかな」


 アレウスは付近に転がる剣を先王のゾンビに向かって投げた。

 先王のゾンビは剣をキャッチする。


「それで、その小娘を殺せ!」


 するとその刹那、先王ゾンビはラムティースちゃんを突き刺そうと、剣を振り被ったのであった。


「イヤァァァ、お父様! やめてください! お願いよッ! やめてェェッ!」


 それを見たラムティースちゃんは、涙目で絶叫していた。


「キャァァ! お父様! やめてェェ!」


 イアティースも同様である。

(チッ、不味い……今から光の砲門を開いても間に合わない。とりあえず、間合いを少しでも詰めて、強引にイアの術で止めるしかない! だぁぁぁ、もうめんどくせぇぇ!)

 俺は先王ゾンビに向かって全力で駆けた。

 間合いを詰め、俺はイアの術で剣を引っ張るようイメージした。

 その直後、ラムティースちゃんを突き刺す寸前で、先王ゾンビは動きを止めたのである。間一髪であった。

 しかし、力が意外と拮抗しているので、かなり辛い状況だ。

 ゾンビ化すると、かなりの力が出るのかもしれない。

 とはいえ、もう少し近づけば何とかなりそうではあった。

 だが、俺も水分消費が結構あるので、厳しい状況なのには変わりないところだ。

 何れにしろ、徐々に近づいて、均衡を破るしかないようである。

 するとそこで、アレウスの小馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきたのであった。


「クククッ、間に合ったようだな、コースケよ。お前のような、甘い考えの奴ならそうすると思ったよ」


 アレウスに視線を向けると、奴はこの混乱に乗じて、謁見の間の入り口付近にいた。

 おまけに、奴の親父も付き人のようにそこにいたのである。

 どうやら俺はハメられたようだ。


「さて……私はコレで一旦退かせてもらうとしよう。何の準備もせずに、イシュタルトであるお前と戦うのは、少し分が悪いのでな。だが……貴様と女王は必ず始末してやる! そう……必ずだ。それまで待っているがいい!」


 そして、アレウスは父親のゾンビと共に、この場から颯爽と撤収したのであった。

 残ったのは先王のゾンビ1体だけであった。

(もうこうなったら止むを得ん……イアティースに断りを入れて対処するとしよう……)

 俺はイアティースに問いかけた。


「女王陛下……お父様に手を掛けても良いですか?」


 イアティースは悲しげな表情で頷いた。


「コースケ殿……お願いします」

「御意」


 俺は最大限に力を振るえるよう、更に間合いを詰め、イアの術でラムティースちゃんの拘束を解いた。

 それから先王の身体に右掌を当て、ディアーナの治療で用いた術を行使したのである。

 次の瞬間、先王の全身から黒い煙が噴出した。

 先王の身体は崩れるように、床に倒れ込む。

 そして、先王は光に包まれながら、灰となって消えたいったのである。

 それは、パジィズの呪いから、先王が解放された瞬間であった。

 イアティースとラムティースは灰の前で膝を着いた。


「お、お父様……」

「お父様……ごめんなさい」


 するとその時、不思議な現象が起きた。

 なんと灰の上に、在りし日の先王の姿をした亡霊が現れたのである。


「え? お父様……」

「お父様……」


 イアティースとラムティースはその亡霊を見て、大粒の涙を流していた。

 亡霊は穏やかな表情をしていた。

 先王の亡霊は2人に優しく微笑んだ。

 すると亡霊は、役目を終えたように、フワッと消えていったのである。

 そして、イアティースとラムティースの咽び泣く悲しい声が、この場に響き渡ったのであった。

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