皇家の秘密

第25話

「陛下、こちらのセレーネ・メンシス侯爵令嬢と婚約する事が決まりましたのでご報告させて頂きます」



 前回のカイン様の訪問から一週間後、皇宮に一緒に行くという約束は取り行ったが、まさかこの様な展開で皇帝と顔を合わせる事になるとは夢にも思っていなかった。


 ***


 カイン様が魔法陣にて帰られた後、私はどっと疲れを感じつつ自室に戻るためよろよろと歩みを進めていると、早足でリリーと使用人達が数人がかりで先程まで応接室に積まれていたプレゼントをどこかへと運び入れていた。


 大変そうなら手伝おうかしらと、動きやすい服に着替えるために急いで自室へと戻れば、先程見たプレゼントの箱が全て私の部屋に積まれていた。


 初めて見る光景に、疲れも相まって夢でも見ているのかと、目を擦ってもう一度凝視したが、やはり色とりどりの箱は私の部屋から消えない。寧ろどんどんと増えていく。


 開いた口が塞がらないでいると、ちょうど部屋にプレゼントの箱を抱えてリリーが入ってきたため、助けを求める様に声をかけた。


「り、リリー! これは一体どう言う事?」


 リリーは抱えていた箱を落とさない様に丁寧に机の上に下ろし、達成感で満ち溢れたように笑顔で答える。


「皇太子殿下からの贈り物ですよ」


「いや、そうだとは思っていたけれど、全て私の部屋に持ってきてない!?」


「侯爵夫人から全てお嬢様の物だから持っていく様にと仰せつかっておりますので!」


 今部屋に運び込まれているプレゼントは大きい物から小さい物まで両手両足合わせても足りないくらいだ。


「整理しやすい様に箱からお出ししてもよろしいですか?」


 リリーが問いかけてくるので、私は思考を放棄したまま一度頷けば、手際良くプレゼントの包装が開封され、ドレスは一着ずつ並べかけられ、装飾品は見えやすい様に机に置かれていく。


 綺麗な靴もあれば、使い道のよく分からない高価そうな置物まで出てきて、嬉しいという気持ちよりも、どうすれば良いか分からない気持ちの方が大きい。


 呆気に取られていると、リリーが

「これで最後です」

 といって平たい箱を持って入ってきた。


 あとはそれだけかと、幾ばくかホッとしたのも束の間。


「こちら、ダイヤモンド鉱山の権利書になります。旦那様よりお嬢様へとの事で預かってまいりました」


 その言葉を聞くや否や、私の視界は天井を捉え、その光景を最後に記憶は途切れている。



 失神から目覚めたのは翌日だった。


 その後は皇室でのマナーだったり、帝国内の貴族間の勢力図だったり、今後の戦略だったりを時間の限り叩き込まれ、人格が変わりそうになってきた頃には一週間が経過してしまったらしい。


 気がついたらロビーの魔法陣の上に立ち、婚約者選定式の時に見た皇宮の入口に立っていた。


 魔法陣での転移とはどこへでも出来るわけではない。


 家に鍵をかけるのと同じように、私有地には転移遮断の結界をかけているのが一般常識だ。


 目的地からの許可が無い限り、いくら便利でも外部から魔法陣での転移を行うことはできないということだ。


 特に皇宮のある首都ドゥンケルハイトともなると、半径数キロは転移で降り立つことはできない上に、皇族からの特別な許可が必要となる。


 舞踏会への参加者が皆馬車で参列していたのもこうした理由があったからだ。


 今回のように、皇宮へ魔法陣で転移できるという事は、VIP中のVIP待遇と言えるだろう。



 私の護衛としてついてきたラホール卿は、辺りを警戒するように一度見渡した。


 ラホール卿が護衛となったのはカイン様からの指名らしい。


 というのも、前回カイン様とお父様が今日の計画にあたって、なるべく少ない人数で、自分の身は自分で守れる者、という話をした中でカイン様が

「彼がいいのでは?」

 と名指しされたそうだ。


 どういう意図があってそうしたのか分からないが、指名された本人は、今私の斜め後ろでいつもの様に無表情で立っているが、ピリピリとした空気を醸し出している。


 私はといえば、短期間で叩き込まれたとはいえ、人格が変わる寸前まで行ったのだ。


 私に時を超える力があるとして、もう一度この一週間をループしろと言われたら発狂しながら逃げ出すだろうくらいにはやりきった。



 無意識の中ですら真っ直ぐに伸びた背筋としなやかな動作、自然な微笑を顔に貼り付け

「よく来てくれたね」

 と出迎えてくれたカイン様に、前日にインプットされた通りの挨拶を滞りなく行えるくらいにはなれた。


 そして、気がつけば皇帝陛下の前でも同じ様に挨拶を行なっていた。


 練習は本番の様に、本番は練習のようにとはよく聞くが、練習と本番の境目が分からないスケージュールで今を迎えた事が逆に良かったのかもしれない。


 帝国で最も強く、偉大とされる皇帝陛下を前にしても臆する事なく挨拶をした自分は、我ながら凄いと思う。


 この時、私は上手くいきすぎていて少し天狗になっていたのは間違いないだろう。


 初対面の会話なんて誰と話しても同じようなものだ。定型通りの回答をすれば良い。……と思っていたが、カイン様の口から出た言葉によって、自我を取り戻す事になるとは思いもよらなかった。



「陛下、こちらのセレーネ・メンシス侯爵令嬢と婚約する事が決まりましたのでご報告させて頂きます」


 私は一瞬、聞き間違えたかと思い、張り付けた笑みが崩れない様に、ゆっくりとカイン様の顔を見た。


 特に不自然な感じはない。騙そうとしているわけでもない。


「おお!そうか、メンシス侯爵令嬢か」


 玉座に座っていた皇帝陛下は、私の顔を少しでもよく見ようと、少し前屈みになるようにして顔を近づけた。


「皇太子の婚約者に関しては私は口出しをしないという約束であったが、その心配はなさそうで安心した」


「ありがとうございます」


 私は黙って顔を伏せたまま、婚約ってどういうことかと聞くことも出来ず、というか、今のタイミングで口に出すなんて、普通の神経をしていたら無理だ。


 急に汗が滲み出てくる感覚が襲う。


 とにかく今は成り行きに身を任せるしかない。


 今日の計画は皇帝に怪しまれずに皇宮の深くまで入り込むこと。

 ある程度自由に動き回れるくらいの信頼関係を築くことが望ましいが、果たして初対面でそこまで上手くいくものかとの疑問は残る。


「どうやら初めての陛下を前に、セレーネ嬢は緊張しているようです」


 カイン様は僅かに固まった私をフォローするように言うと、皇帝は面白そうに口角を上げた。


「はっはっは! しかし、十分堂々とした振る舞い。その辺のご令嬢とは違って肝が据わっている。これが北部を護るメンシス侯爵家の威厳かと思うと大変頼もしいことだ」


「ありがとうございます」


 皇帝にとって、皇太子は自分の後継であり、同じ思想を継ぐ者かどうか––––ドゥンケルハイトを永続させる事ができる能力があるかどうかが最も重要なのだろう。


 皇太子妃にあたっては、カイン様のお母様である皇妃殿下や元皇后の事から察するに、子供さえ産むことができればどうでもよく、寧ろ、ドゥンケルハイトの邪魔をせず、余計な事をしないマリオネットのような妃が最も都合が良いと考えられる。


 ならば私も余計な事は喋らず、従順さを表すように、普通よりも深めに頭を下げた。


「メンシス侯爵は親バカだと聞いていたが、よく大事な娘を嫁に出すことを許したな」


 皇帝は何気ないように話をするが、僅かな疑いをそのままに終える気はない性分のようだ。


 ここはカイン様よりも私が答えたほうが良いだろう。


「差し出がましくも、私が家を出たいと説得致しました」


「ほう。我が息子の事ではあるが……巷の噂を聞いた上でそう判断したのか?」


「はい。皇太子殿下が皇太子妃としての暮らしを約束してくださいましたので、それに勝るもの無しと判断致しました」


 ‘メンシス家では貴族らしい生活を送ることが出来ず、金持ちと結婚して贅沢な日々を過ごしたい’


 ぱっと思いつきのそれらしいことを述べたが、メンシス家には贅沢できるようなお金がないことは周知の事実であり、根拠としてはかなり真っ当だろう。


 また、同時に皇帝好みである金への執着も見せることもできた。


「そうか、政略結婚と言えば聞こえは悪いが、貴族令嬢として正しい判断だろう」


 皇帝の口調からは好感が感じられ、正解と言える答えだったようだ。


「皇太子の婚約者として、今後も正しい振る舞いをするように。皇太子も、皇位を継ぐに値するように励みなさい」


「はい。そのお言葉、しかと胸に刻みます。では、本日は貴重なお時間をありがとうございました。セレーネ・メンシス侯爵令嬢とその護衛一名には、今夜は別宮に泊まってもらう予定ですので、何かありましたら申しつけ下さい。では、失礼致します」


 カイン様がそう言うと、皇帝は玉座に深く背中を預け、小さく首を縦に振った。


 私達はそれを確認した後、皇の間から退出した。


 別宮へと案内してくれるカイン様の表情はまだ緊張を纏っており、皇の間の前で待っていたラホール卿はその表情を読み取るかのように、静かに私達の背後を警戒のままついて歩いた。


 カイン様にとってはここは常に気を張る場所であり、婚約者に優しく微笑むような態度はとれないのだろう。


 壁際に飾られた花。

 光がこぼれるステンドグラス。

 シミの無い絨毯。


 はたから見たらここはとても華やかで美しく、満ち溢れた場所だが、彼にとってはどれも張りぼてで、悪意の気配を敏感に感じながら何年もこの廊下を歩いてきたのだろう。


 ふと、窓の外の花畑が目についた。


 一角だけ火事でもあったかのようにレンガと黒い土が残っている場所があったのだ。


「……あちらはどうされたのですか?」


「あぁ、毒花が植えられていたからね、花粉を飛ばす前に焼き払ったんだよ。今もまだ土に毒が残っているから、使用人に頼むわけにもいかないし、私も忙しくてなかなか片付けられなくてね。見苦しくて申し訳ない」


 〝何でも昨日は花壇の花を全て燃やし尽くしたとか〟


 私はふと、舞踏会で聞こえてきた噂話を思い出した。


「殿下はお優しいですね」


「そう言われたのは初めてだよ」


 少し照れたように言った一瞬だけ、カイン様の声に色が付いたようだった。

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