番外編① ラホールの憂鬱 11話転移後
「お嬢様ぁぁぁぁ!!」
ラホールは魔法陣の中央で今にも消えそうなセレーネを抱きしめたが、すぐに腕の中からその感覚は消え、白い光の中、転移特有の浮遊感を感じた時には、古びた宿屋の一室に立っていた。
人の気配を感じ視線を下ろすと、セレーネと同じくらいの年頃の女性が三人、手を縛られて座り込んでおり、ラホールを見るなり怯えたような顔をしつつも、その中の一人が驚いたように目を見開いた。
「(あ、あなたメンシス家の騎士じゃない!?)」
三人の中でも特に幼く見えるガーネット・リゴールが声量を抑えた声で言った。
狭い室内と、セレーネと同じく舞踏会に居た貴族令嬢、そして襲撃と転移。
ラホールは表情が乏しいことからぼんやりしてそうに思われるが、察しの良い男だった。
思考の早さに表情が追い付かないと言った方が正しいだろう。
(あぁ、なるほど……お嬢様もここに連れて来られるはずだったのか。しかし、どうやら俺一人だけが転移されたみたいだな。じゃあお嬢様はどこに……少し座標が歪んだのか?)
ラホールが考えていると、ラホールの後ろから古い扉特有の木が擦れる音がした。
セレーネが転移されてきたと思った襲撃犯の仲間がロープを片手にドアを開けたのだ。
酒を飲んでいたのか、その男は怠惰な様子であくびをしながら入ってきたが、目の前にいるのは想定していた若い女とは違い、明らかに屈強そうな男が立っていたため、分かりやすく慌てた。
「誰!?ぐあっ!!!」
ラホールは判断の早い男だった。
目の前の酔っぱらいが大きな声を上げる前に、ガントレットをはめた右手で思い切り顔面を殴ると、襲撃犯の仲間であろう男はそのままその場に倒れ込んだ。
ラホールは倒れて気を失った男を部屋の中まで引きずり入れ、男が手に持っていたロープで手際よく両手足を縛った。
その場にいたガーネット以外の令嬢達も、助けがきたと思い、僅かだが顔に希望の色が戻る。
ラホールは察しの良い男であるが、合理的な男でもある。
助けてもらえると思っている彼女達を放っておくわけにもいかないが、彼女達をつれてセレーネを探しに行けるかといったら、正直足手纏いでしかない。
(どうするかな……)
未だに一言も喋らないラホールへ令嬢達が不信感を募らせるのは至極当然の事だった。
助けに来たとは思えない、めんどくさそうなラホールの表情を見て、令嬢達三人は分かりやすく顔から笑みが消え、戸惑いの表情に変わる。
しかし、ガーネットだけは違った。
以前城下で会った経験からピンチに出しゃばってこないラホールに対し、この人はこういう人だという妙な理解があった。
そして、普段自己中だからこそ、どうすれば自分が助かるかの判断が早かった。
「(分かった!あなたの大事なお嬢様がここに居ないから不安なのね!)」
外に漏れないように小さな声ではあるが、ラホールの耳にはしっかりと届いた。
「(私、こう見えて少し魔力があるの。人が転移された時に纏う魔力を感じ取れるんだけど、ここに飛ばされてきたのは確かにここにいる四人だけよ!)」
この情報はラホールにとって一番必要な情報ではあったが、それだとセレーネはどこに飛ばされたのかと、深まった謎に頭を抱えた。
考え込むラホールを見て、ガーネットは更に言葉を続ける。
「(とりあえず、私達を助けてくれないかしら?この事件の犯人を捜すためにも証人は多い方が良いのではなくて?)」
ラホールは座ってこちらを睨むように見上げるガーネットを数秒見つめたあと、納得したように彼女達の手に巻かれたロープを切った。
強く巻かれていたのだろうロープの痕が細く華奢な手首に残っており、さすがのラホールも険しい顔になる。
「では、敵が何人いるか分かりませんので、良いと言うまで部屋から出ないで下さい」
ラホールはそう言って胸元に入れていた小さな短刀を一本、ガーネットに渡した。
「ちょ、ちょっと!こんな短刀一本渡されても勝ち目なんてないわよ!」
慌てたように正論を言うガーネットに対してラホールは
「もし、私の目の届かないところから敵が来た場合は、その短刀をそこに転がってる男に向けて、適当に腕辺りを刺した後、首元に突き付けて脅してください。あとは覚悟です。頑張りましょう」
とだけ言って背中を向けたので、リゴールは(はぁ!?)と全力で顔をしかめた。
文句を言おうと口を開いたが、すぐにラホールは部屋から出て行き、扉は閉められてしまった。
ラホールは普通の令嬢への対応の仕方がよく分からなかったのもあるが、隠しきれない焦燥感を露わにしてしまったのが本当のところだった。
(このままではだめだな。早く平常心に戻らなければ。戦場ではここまで心乱されたことは無いんだが……)
ラホールは自分の心境の乱れを初めて感じ取りつつ腰から剣を抜き、落ち着かせる様に深く息を吸った。
目を閉じると五感は敏感になり、戦場を駆け抜けた彼だからこそ感じられる殺気を探した。
(二部屋隣に一人……)
敵がいるだろう部屋を小さくノックし、鍵が開いた所でドアを蹴り開けて突入すると、驚き固まった敵に、剣を持ったままの右手で殴り掛かった。
剣で切ってもよかったが、ガーネットが言っていた‘証人は多いほうが良い’という言葉を思い出し、咄嗟に判断を切り替えたのだ。
ラホールは今まで感じた事のない焦りを感じつつも、セレーネへと辿り着く可能性を少しでも残しておきたかった。
「どうした?何の音だぁ?」
酒焼けした濁声が一階から呼びかけるように発せられた。
さすがに騒ぎすぎたとラホールは反省するも、もういいかというめんどくさい気持ちが勝ち、声が聞こえた階段の方へ向かった。
「おーい」
返事が無いからか、濁声の男は階段を上がって来た。
ラホールは階段を上り切ろうとしたその男を勢いよく蹴り落とすと、男は大きな音を出しながら階段から転がり落ちた。
すると
「どうした!?」
「何が起きたんだ!」
とわらわら人が集まり、ラホールの姿を見るや否や
「侵入者だ!」
と武器を手に階段下に集まって来た。
(四人か……いけるな)
ラホールは初動なく階段を駆け下り、最後の10段程は飛び降りて、一人目の男の上にのしかかると、呆気なく一人目は気絶した。
そこへ間髪入れず二人目の男が小ぶりの斧を振り上げたので、ラホールは剣で斧の持ち手を切り落とし、先端の無い斧を振り下ろした男に回し蹴りを放つと、そのまま後ろのテーブルと一緒に吹き飛び、壊れたテーブルと共に静かになった。
その様子を見た三人目の男はビビりながらも側にあったナイフを三本投げつけてきたが、それを全て剣でいなし、素早く感覚を詰めて、男が動けない程度に足を剣で一差しした。
あと一人……と壁際に立ち尽くした男へ目を向けると、男は目を見開いたまま、震える口角をニンマリと上げ、充血した目からは涙が溢れていた。
圧倒的な力差に気でも狂ったのかと、ラホールは剣を向け、降伏を確認するためにゆっくりと近づく。
男は絶望して泣いているのかと思ったが、よく聞くとその声は笑い声だった。
目の焦点が合わないままケタケタ笑い続ける声があまりに奇妙で、違和感を覚えた時にはもう遅かった。
「闇の帝王に祝福を……!!」
男は突然叫び、自らの服を捲り上げると、指輪に付いていた火の魔石で腰に巻いていた爆弾に火をつけた。
(まずい!こいつ最初から全員殺す気だったのか!!)
ラホールが反射的に腕で頭を覆いながら、爆発から逃れるため側にあった倒れた机の裏へ飛び込んだ。
十秒程たっただろうか。
何秒待っても爆風どころか、男の笑い声すら聞こえない。
(……何が起きた?)
ラホールが机の影から僅かに顔を出し、様子を伺うと、男は流れる水のような球体に包み込まれ息ができず苦しそうにもがいていた。
(魔法!? もう一人いたのか!?)
まったく気配を感じ取れず、ラホールが驚き戸惑っていると、どこかで一度聞いた事のある声の主が話しかけて来た。
「君のおかげで上の令嬢達も無事みたいだね」
黒いマントから伸びる黒い手袋をはめた手は球体に向けられており、水の流れから起こる風が男の黒い髪を揺らしていた。
「セレーネの姿だけ見つからないけど、どこにいるか知ってる?」
ラホールが首都でセレーネの護衛をしていた時に出会った黒髪の魔法使いは、手を下ろし水の球体をどこかへ消すと、水の中に入っていた男は床に落ちてゴホゴホと水を吐き出した。
敵の敵ならば味方と、この場では容易に判断はできないが、剣を向けて勝てる相手では無い事は嫌でも分かってしまう。
敵意には敏感なラホールだが、魔法使いからはそういった類のものは一切感じず、寧ろ仲間の様に接してくる態度に、つい返事を返してしまった。
「……お嬢様の事は私も探している」
「という事は、ここには来ていないという事か」
魔法使いは今度は指先から黒いオーラを出し、咳き込んでいる男の頭に触れると、男は
「あっ……あぁ……」
と声を漏らし感電しているかのようにビクビクと体を震わせた。
(一体何をしているんだ……?)
ラホールにとって初めて見る黒いオーラを放つ魔法だった。
警戒から動けないラホールに対して魔法使いは、指先を離した後に
「なるほどね」
と意味深に呟いた。
「こいつらもセレーネがここに来ていない事は予想外だったらしい。こいつはただ、作戦が失敗したら自爆する様に言われていただけみたいだ」
指を離された男はそのまま眠った様に床に倒れている。
「……一体そいつに何をしたんだ?」
ラホールが剣のグリップを強く握り直し問いかけると、魔法使いはあっさりとした口調で言葉を返した。
「記憶を読んだんだよ」
「記憶を?」
魔法使いは、ラホールが倒した男達にも近寄り、同じ様に黒いオーラを纏った指先で触れていった。
その度に男達は感電したように痙攣し、眠ったかの如く静かになっていった。
「皆セレーネの事は知らないらしい。やはりここには来ていないみたいだな」
「そんな、確かに魔法陣の中に私と一緒にいたのに……」
ラホールは腕の中から消えた瞬間のセレーネのことを思い出し、苦々しく頭を抱えた。
「……月は出ていたか?」
唐突な魔法使いの言葉にラホールは視線だけを魔法使いへ向けた。
何故今その様なことを聞くのか、理解ができなかった。
「月が出ていたなら大丈夫だろう。彼女には月の女神の加護がある」
魔法使いが窓の外を見ながら紡いだ言葉はラホールの疑問を更に深めたが、それを問おうとした時、魔法使いはマントを深く被り、窓枠に足をかけていた。
「では、私は急ぐから二階にいる令嬢達のことを頼む。あと、私と会った事は口外しないで欲しい。主犯者に悟られたら厄介なんだ」
「……口外した場合は?」
ラホールがそう問えば、魔法使いは
「フッ」
と口角を上げ、少し残念そうな顔をしながら、足元に倒れている男を無言で指差した。
男達と同じ目に合うことになると、暗喩しているのだろう。
「……コイツらは起きるのか?」
「私が見た部分の記憶は無くなっているけどね、だから皆今日の事は覚えてないと言うだろうがそういう事だから、後の事は頼むよ。君、有能そうだし」
魔法使いはおざなりにそう言って、窓枠から空へと浮かび上がり、流れ星の様に何処かへと消えていった。
残されたラホールはしばらく呆然とした後、頭をわしわしと掻きむしり、大きな溜息を吐いた。
「めんどくさ……」
心の底から出た言葉だった。
令嬢達に事件は終わった事を告げるため、階段を上がろうとしたが、疲れからか、鎧が重いせいか、心理的なものか、足が異様に重たく感じる。
ようように階段を上がって扉を三回ノックするが返事はない。
扉を開け、中を確認すると
「遅いわよー!!」
と涙を目にいっぱい溜めた三人が、壁際にかたまり、渡した小刀を手に震えて待っていた。
(セレーネお嬢様がここにいたら、彼女達を励ましてくれていたのだろうか。なんなら一緒に戦うと言っていたかも。……そっちの方が止めるのが大変だったかもしれないな)
緊張が解けたのもあり、思わず口元が緩んだ。
魔法使いの事を信用するわけではないが、月の女神の加護があるという理由が妙にしっくりときた。
何より、理由はよく分からないが、あの人智を超えたような魔法使いがついていると思うと大丈夫な気がしたのだ。
(頭では分かってるが……キツいな……)
「遅れて申し訳ありません。もう、敵は全員倒しましたのでご心配なく」
ラホールはそう述べた後、窓を開け、信号弾を空へ向けて打ち上げた。
「じきに、メンシス家の騎士達が助けに来てくれるかと思いますので、もう少しだけお待ちください」
その言葉を聞いて、三人の令嬢達は緊張の糸がほぐれたように一人が泣き、それにつられてもう一人、もう一人と全員で泣き崩れた。
緊張が解け、仲間意識の強くなった令嬢達の会話を夜が明けるまで聞かされることになるが、それはまた別のお話。
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