俺の彼女がアニメの推しになったんだが
ぶるうす恩田
俺の彼女がアニメの推しになったんだが
俺はメイコと週に1、2回ファミレスを享受している。だいたいはドリンクバーだけで何時間かダベる。何かの記念日だったりお祝い事がある日はハンバーグセットやサラダバーが付いたりもする。それがもう3年は続いている。傍目には付き合っているように見えるようだが、どちらからも告白はしていないし、もちろんキスの経験もない。手を握って歩いたことが何回かあるくらい。お互いが友達以上の好感を持っているだろうことは共有できているが確認はできていない。
メイコは同じ大学で知り合ったが、声優になりたいと言って大学を辞めて専門学校へ入り直した。正直メイコにその才能は無いだろうと考えていたが、本人が楽しそうなので一応は応援していた。
背が低く見た目も地味なメイコは体の凹凸も無い。髪も短く少年のようである。
「おまえなぁ、今は声優もアイドルなんだぜ。かわいくてスタイルよくて歌もダンスも楽器もできないと仕事なんてもらえねえよ」
実際、アニメの放送本数に比べ声優志望者は何十倍もいるので、事務所に雇ってもらって声の仕事をもらえるのは一握りの者だけだ。平成から令和にかけて、若者のなりたい職業1位はずっと声優だった。『けものフレンズ』のようにアニメが爆発的人気になりキャラクター役の声優が売れっ子になるっなんてシンデレラストーリーは、ほぼ運でしかない。
「顔じゃなくて声だけで勝負できるのがいいんじゃない」メイコは毎日が充実しているようで以前より饒舌になった。喉が渇くのかドリンクバーを何度もおかわりしに席を立っていたのが印象に残っていた。
俺はそれから大学を卒業し普通に働いているがメイコはまだバイトをしながら夢を諦めていないようだった。
そして土曜日の今日、外は大雨。いつものファミレスのいつもの俺たちの席にメイコは大幅に遅れてきた。傘は差していたようだが膝から下がびしょ濡れだ。
「ごめ~ん」
「遅い!でもすっぽかさなかっただけ偉いよ」俺はメイコにタオルを渡して席を立ち、ドリンクバーへ向かう。メイコの好きな温かいレモンティーを入れて戻る。
「忙しいんだ?」
「ちょっとね」
俺は知っている。メイコがついに役をもらえたことを。だが強引に聞き出したくはない。本人から言ってもらい、それをおめでとうと祝福したかった。
『湯あガールズ』という新アニメが先週始まって第一話が放送された。よくあるアイドルもので5人組。過疎でつぶれそうな田舎の温泉町の娘たちが集まって、歌を歌ってアイドルを目指しお客を呼んで町を復興させようというストーリーだ。
国民的美少女の絶対的センター・いおり、立っているだけでサマになり大人の色気が香る・まや、その他巨乳やハーフの2人と一番地味で目立たないメガネっ娘・みどり。個性豊かな等身大の少女たち5人がそれぞれに悩み努力していくというもので、評判はまずまずだ。
その一話にひとことしかセリフがなかったみどり役にメイコが声を当てていると俺は察ししている。エンディングのスタッフロールにメイコの名前はなかったがおそらく芸名を使用しているのだろう。3年もこうやってファミレスで目の前のメイコの声を聞き続けているのだ。間違えることはない。他4人のアイドル役が割と名の通った声優ばかりという中、実績の無いメイコは大抜擢と言える。
「今季のアニメ何見てる?」さり気なく話題を振ってみる。お互い昔からアニオタだ。
「フリーレン? フェルンとシュタルクの関係いいよね」
「作画も音楽もな」
「他は見てないかな」
嘘だろこいつ。自分が出たのは絶対何度も見返してるはず。例え下手でもそこからもっとうまくキャラになりきろうとか改善点を探して努力するだろ。そういう負けず嫌いな性格がメイコだ。この日はそれ以上聞き出すことができず、おしゃべりしてバイバイした。
メイコがみどり役を自信を持って演じることができたら、そのときは秘密を明かしてくれるだろうと俺は待った。だが2話目も3話目もセリフはひとことだけで、アイドルグループの中では目立たないままだった。
※
2024年からキャラ株というサービスがスタートした。通常、株は企業を応援することをこめて、もしくは伸びそうな企業に対して投資目的で買う。キャラ株は、アニメキャラの一人ひとりに対して株価が設定され、一週間に一度アニメの放送時間の30分間だけ売り買いができるというシステムだ。
『湯あガールズ』のアイドル5人にもこのキャラ株が設定され、全国のオタクが自分の推しメンの人気を上げるために株を買う。当然センターのいおりは一番人気で株価が一番高い。30分のアニメ放送時間でキャラクターのセリフや行動に一喜一憂し株価が乱高下するのが面白い。それでユーザーが儲けることもできるし配当で限定グッズも手に入る、制作会社側にも利益も出る。Win-Winな仕組みである。
さらに「第10話が終了した時点で一番株価の高いキャラには、最終話のライブでセンターが任される」というAKBファン投票のようなシステムが発表された。
もちろん俺は『みどり株』に給料のほとんどを突っ込んだ。元の株価が低いので、上昇すればそれなりに利益はある。しかしどんだけ俺がお金をかけても『みどり株』は、5人中5番目のままだ。全国のオタクたちの財力にはかなわない。『いおり株』や『まや株』の価格ははるか上で全く届きそうもなかった。
そこで俺はSNSを駆使して同志を集め、みどりをセンターに!プロジェクトを遂行した。
アイドルアニメでは、たいてい1キャラが1話かけてフォーカスされる回がある。過去や生い立ちが語られたり挫折と失敗から立ち直る姿などが深堀りされ共感され人気が出る。第7話は、それまで全く人気のないみどりにフォーカスされる回だと次回予告でほのめかされた。
勝負はその回だ。第6話が終わる直前に俺は『みどり株』を全売りした。これで第7話のスタート時点で株価は最低まで下がり誰にでも買いやすくなるはずだ。システム上、キャラ株はアニメの放送時間内でしか売り買いができない。そのため俺は同志に協力してもらい、第7話で『みどり株』を買えば大儲けできるという情報をネットに広めた。
キャラ株という新しいシステムと物珍しさからアニメオタク以外にも情報が拡散されて、とあるスポーツ選手や芸能人までもが『湯あガールズ』を話題に出すなど盛り上がりはピークに達した。そして本放送を迎えた。
『湯あガールズ』第7話は深夜アニメ枠という時間帯では異例の視聴率10%を突破した。『みどり株』も急上昇し2番手の『まや株』を抜き『いおり株』に迫った。が惜しくも届かなかった。
その後は話題と投資の対象としてやってきた一般人は去り、結局第10話終了時点では元の株価に落ち着いて5番手となり、センターの夢は泡と消えた。やりきった感はあったが、やはり所詮新人声優がライブでセンターというのは無理があったか。俺はどうしてもメイコに歌ってほしかった。
※
アニメ『湯あガールズ』全12話終了後。いつものファミレス。いつもの席でメイコと俺。
「応援してくれてたでしょ?」
「でも無駄だった」
『湯あガールズ』2期は制作されないと発表され、ブーム後はご当地の温泉街を巡るファンが多少増えたくらいだという。
「これあげる」メイコがカバンから取り出したのはみどりのキャラのアクリルスタンドだ。「私のサイン入りだよ」
「やっぱりおまえだったんだな」
「下手くそだったでしょ」
「もう役がもらえねえんじゃねえかってくらいひどかった。見てられなかったよ」
「そんなに?」
「最後はまあまあ良くなった」
「偉そうに上から目線」
「客観的レビューだ」
二人はファミレスの他の客が皆振り返るくらい大きな声で笑った。
そのあと俺は、アニメの舞台になった温泉に二人で行こうとメイコを誘った。
(了)
俺の彼女がアニメの推しになったんだが ぶるうす恩田 @Blue003
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます