第一章 #2 雷鳴

中学最初の夏休みはまるで休んだという気がしなかった。

休みというより勉強強化週間と言った方が正しい気がする。

夏期講習が終わっても学校の宿題が山積みで、前日に一気に終わらせた。

わりと適当に急いでやったから提出物の評価が気がかりだった。

だが、それさえ忘れてしまうほどの出来事が起こるなんて夏休み明け初日の私は思ってもいない。

発端は給食中の担任教師の発言だった。


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夏休みが終わり六時間授業に慣れた頃。

私はボランティアで給食の配膳係を担っていた。

その日の給食にはくだものゼリーがあって、それは我が校上位を争う大人気スイーツだ。もちろん、おかわりをする人も多い。

私の以前通っていた小学校ではおかわりジャンケンというものがあって、先生対おかわりしたい人でジャンケンし、勝ったらおかわりの権利がもらえるという至ってシンプルなルールである。

私はそれが中学校でもあることを知っていた。中学紹介映像でおかわりジャンケンの場面を見たことがあるからだ。

だから私はジャンケンが始まる時を待っていた、のだが。

なにやら周りの空気が重い。数人は眉間に薄く皺を寄せている。

疑問を抱きながら私は「いただきます」の合図で箸を手に取った。

食事を初めて気がつく。

(あれ、先生、おかわりジャンケンは……?)

先生は給食を食べ始めジャンケンをする気配すらない。

私が先生におかわりジャンケンについて聞こうとしたその時、

「はぁ……俺らのクラスだけおかわりなしかよ……」

「ほんま融通きけへんでなあ。余ってるんが勿体無い」

と、男子の会話が聞こえてきた。なるほど理解、空気が重いのはおかわりジャンケンがこのクラスないのが原因だった。私は一人腑に落ちて食べ進める。

そういえば、一学期はどうだったのだろう。どうだったと言うのは、こんな状況があったのだろうか、という意味である。自分があまりクラスに対して関わろうとしていないことがわかった。知らないことだらけだ。クラス内の友人だって少ない。小学校から仲が良い人は片手に収まるほどで、他は中学からの付き合いだ。それでもだいぶ少ないけれど。

その片手に収まる一人が、私の目線の先にいる。

黙々と給食を食べるみーちゃん__夜半野美咲である。

背は低く、大体私と同じくらい。後ろでくくったポニーテールが揺れている。

正義感の強い彼女はいつも、いわゆる不良と分類されるような人と口喧嘩を起こしていた。内容は忘れてしまったが、多分真面目にやれ的な内容だろう。

どこからあの正義感が湧くのか不思議だった。

中学校。周りの視線や評価を気にしだす年頃の人間が集まった小箱。

私はとっくの前にその小箱に敗北してしまっている。

だけれど、きっと彼女は違うのだろう。

みーちゃんとの距離があまりに遠いことを私は分かってしまった。

あんまり深く考えるのはやめておこう。要らない事実にまで触れることになる。

私が無理矢理思考をシャットダウンしようとした時だった。

「せんせー、なんでうちのクラスはおかわり禁止なん?」

クラス不良のうち一人が声を上げた。

「あれは給食センターの人がわざと余るように作ってあるからです」

先生はズバッと切り捨てるかの如く回答した。冷たい風が吹いた気がする。

「えぇーでも余ってる分勿体無くない?なぁ白斗」

話しかけられた白斗と呼ばれる__いや、日景野白斗ひかげのはくとはそれに同調した。

一瞬、目眩がしたような気がする。気のせいかもしれないけど。

「ほら先生白斗も言ってますよ〜?おかわりジャンケンしましょうよぉ」

「ダメです。いいから早く食べなさい」

「えぇー…嫌われますよそんなんだったら」

会心のいちげき。

「はぁ……では、もし誰かが休みならおかわりジャンケンをしましょう。それでいいですか?」

担任教師はウザったらしく絡んでくる生徒に嫌気が差しているらしい。

多分、一学期もこんなふうに絡まれていたのだろう。

一方不良生徒の方を見れば

「はぁーい」

と満足そうに笑いながら給食を食べ始めた。

嫌な予感がお腹の辺りに溜まってきている。


給食後、たまたま不良グループが席の隣の通路を通っていったので、聞いてしまった。「白斗、誰か嫌いな奴、いる?クラスで」と。衝撃でしばらく動けなかったが、脳がフル回転してその言葉の意味を考える。

嫌いな奴、しかもクラス内で、だ。先ほどの先生の言葉も含めて考えると、クラス内の嫌いな奴を休ませおかわりをする、ということだろうか。

悪寒がした。そこにたどり着いた自分にちょっと引く。

私のいつものネガティブ思考が、たまたまそういう方向にいってしまっただけだと信じ込もうとする。


数日後、私の思っていたことが現実になってしまった。

まず状況を説明しよう。

どうにかして嫌いな奴を休ませる作戦の餌食になったのは、みーちゃんだ。

そして、どうにかしての部分は“いじめ”に置き換わる。

みーちゃんをいじめて休ませる。

それが今の不良グループの目的。たかがおかわりのためだけに、だ。

いや、もしかするとそれだけではないのかもしれないけれど。

なんなら嫌がらせの方がパーセンテージを多く占めているのかもしれないけど。

思考の方向性を直そう。状況説明だ。

今私は、両耳を手で塞ぐみーちゃんを抱きしめるような体勢で「大丈夫やで」と諭している。外は雷雨。どうやら雷が怖いらしい。さっきから細かく震えていて、雷鳴がする度に小さく悲鳴をあげている。……のだが。

「うわっあいつ中学生にもなって雷怖いとか!」

「録音して聞かせようぜ」

「もっと雷降れよー」

先程の不良グループが窓際でギャアギャア騒いでいた。みーちゃんが怖がる様子を見て楽しんでいるのだ。もしこの時私が窓際の席に居たなら間違いなく生徒を殴っていただろう。

どおん、どおんとまた大きく雷鳴が鳴る。その度にみーちゃんは縮こまるし、責め立てる声も、面白がる声も、雷鳴に負けじと大きくなる。先生はどうしていたのかわからないが、せめて止めてくれと願った。

数時間後、雷は止んだ。先程の悪天候が嘘だと言うほどに晴れている。

休憩時間が来るたびにみーちゃんと話していたが、雷が止んだ後の休憩時間には会いに行かなかった。前の席の人と雑談をしていた時だった。

どおん。

確かに雷の音がした。私は驚いて窓を見たが外は晴天。

次にガタンと椅子が倒れる音がして、ところどころからくすくすと笑い声が聞こえた。私の足は動かないで、その場に固定されてしまったかのように動かない。

みーちゃんが椅子から崩れたところを見ていたのに、咄嗟に動けなかった。

傍観者の気持ちがなんとなくわかった気がした。

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君を想ふ夏休み 狗 戌亥 @inuinui__o0o0o0

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