君を想ふ夏休み

狗 戌亥

第一章 #1 出会い

私の両親は、世間一般で言う“毒親”だった。

それに気付いたのは、私がまだ、中学生だった頃。

父とのいざこざを友人に相談した時にそう言われた。

それまでの私というのは、両親に洗脳紛いなものをかけられ、全く“毒親”なんてこと考えていなかったのだ。

しかし、一度そう言われれば、確かに、と納得してしまう。

近くで絵画を観ていたら何の絵か分からないことと一緒だ。

離れることにより、自分を見つめて、気がつく事は多い。

そうして自分の環境を見つめ直した私は中学生活初めての夏休みを迎えていた。

親に対する嫌悪を感じながら。



____________________________




夏休み開始から約数日。世間は最高気温の更新に釘付け。

朝付けっぱなしにしたテレビがニュースを流す。そこから聴こえる女性の声がリビングを包んでいた。

他にもキッチンで何かを洗う音、エアコンの作動音などの生活音がする。

あと、音ではないけど、線香の香りもしていた。飼っていた犬の仏壇からだ。

私の家は2階建の一軒家で、上の階に両親の寝室と私の部屋と洗面所付きの風呂場がある。

下の階にはリビング、ダイニング、キッチン、トイレが備わっていた。

下の階にはそれぞれを隔てる壁は無いが、上の階はひとつの部屋にひとつのドアがついていて、さらに大きな窓もセットだ。多分、なかなかに高い物件なんじゃないか、と推測している。

今日は自習室開放日。両親からなるべく離れるために毎日通っている、という言い訳を自分の中だけでしている。実際は「行きなさい」と言われて言っているのだが。

学校につけばエアコンが効いているので涼しく快適に午前を過ごせるが、問題は行き道だ。

暑いのである。

酷暑の日差しの中を帽子も何もなしに何十分も歩くのは気が引けてしまう。

「あっつぅ……こん中自習行かなあかんの……?」

玄関口を開けた私は小声で愚痴を溢した。

すると背後から声が投げられる。

「何?何言うたん、言ってみ」

あ、やばっ。

思わずそう呟いてしまった。

声をかけてきたのは父だ。父は時間厳守で口答えが嫌いなのだ。

言い訳してるところを見られれば、たとえ部屋に逃げ帰っても、部屋をドンドンと叩いて私を逃さない。正直、恐怖でしかない。

そして今も父に睨まれている。

「何がやばっ、や。言うてみ」

「いえなんでもないです自習室行ってきまーす」

「答えりぃ!陰で言うくらいなら面と向かって言え!」

父の怒号を無視して私は家を出た。

そのあとすぐ走って逃げ出す。父が追ってくるんじゃないかと、怖かったからだ。

しかしそんなことはなく、私は無事に学校に着いた。

自分のクラスの教室に行くともう数人自習を始めていて、監視の先生に少し睨まれる。

入ってきた時に息を切らせて居たからだろうか。

それとも廊下を走る音がうるさかったからだろうか。

原因は分からない。ただ私は一礼して目の前を通り過ぎ、すぐ自分の席に座り自習を始めた。

勉強は好きだ。何も考えなくて済む。

ただ問題と向き合い解を求めるだけでいいんだから。

私の勉強好きな性格も相俟ってあいまってか私は他より少しだけ頭が良かった。

そのおかげでいい成績も取れるし親の機嫌も取れるし一石二鳥。

得意な教科の課題を終わらせると同時に午前も終わってしまった。

自習室から家に帰らなくちゃいけない。ああ言って出て行った矢先、帰るのが気まずい。

「……家帰りたくないなぁ」

「え、うちも!」

驚いた。独り言を誰かに聞かれていたらしい。

声のした方を向くと、私より背の低い、もしくは同じ背丈の少女が本を抱えていた。

この子のことは知っている。同じクラスの夜半野美咲よわのみさきさんだ。

小学校の頃一時期仲が良かったグループの一人である。

彼女は正義感が強く読書家で、よく図書室にも来ていたから覚えていた。

「ああ、みーちゃん」

そう、彼女はみーちゃんと呼ばれていた。

「うちも家帰りたないわぁ」

「みーちゃんとこも、“ドクオヤ”?」

「え、聞いてくれるん!?あんなぁママがなぁ…」

みーちゃんの話は長かった。

そしてお世辞にもいい家庭とは言えなかった。

話を聞いた後私はほぼ絶句に近い状態で、

「……大変、やな」

とだけ声が出た。私の両親はまだマシな部類だと教えられた気がした。

だって、私の親は必ず三食食べさせてくれるから。

殴ったり蹴ったりもしない。

ご飯を奪うなんてこともしない。

勝手に筆記用具を捨てたりしない。

部活を辞めさせたりしない。

本を破ったりもしない。

みーちゃんの家庭より、私はよっぽど幸せな家に生まれてきていた。

幸せなのに、私は辛い。

少しでも気を抜いたら泣き出してしまいそうだった。

それでもみーちゃんはまだ話を続けたそうだったから、思わず、

「ごめんみーちゃん、私……帰らな、家」

そう切り出して足早に去った。

家に帰ると父が怒っていて、私は説教される羽目に。

説教の間もみーちゃんの話が頭をぐるぐる巡る。

この調子じゃ勉強も手につかなくなってしまいそうだ。


みーちゃんのことを知った日から数日間が経過した。

その後何日かは自習室が無く、私は家と塾を往復するような生活をしている。

起床、朝食、勉強、昼食、塾、夜食、睡眠、起床、朝食、勉強、昼食、勉強、夕食、勉強、睡眠。

塾の宿題が思ったより多い。しかも二日に一回の頻度で授業がある。

自習室に行く暇もなかったのでみーちゃんとも話せていなかった。

いや、もし暇があっても話せなかったと思う。

みーちゃんの家庭の話を、どこかで私は避けていた。

そのまま中学最初の夏休みの幕は閉じた。






二学期。

みーちゃんに対していじめが始まった。



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