今夜もさびしいわね

銀鮭

今夜もさびしいわね

───居酒屋で、カウンター越しに女性客と───


「おやじさん、これは?」

葉山牛はやまうしのステーキです。私からです」


閉店前の、恐らくは最後の客になるだろう女性に、

私は霜降りのよいところをミディアムに焼いてプレゼントしたのだ。


「おいしいわね!」

「そいつぁよかった。……いえね、息子が商店街のカラオケ大会の替え歌の部で優勝しましてね、ご褒美にもらったものなんです」


本当は私がで優勝した商品なのだが、それは言えない。

息子が……と言ったのは、まだ見ぬ息子の事を想っていたからだろうか。


「あら、そうなの。お上手なんですね。……で、その息子さんは今は?」


「笑わないでくださいよ。栗ひろいにいってまさぁ」


最近読んだ大人の童話『大きな栗とリスの物語』の余韻があったので、つい口走って噓をついてしまった。


「え? 冬だっていうのににいってるの?」

「お客さん、できればって言ってくださいよ。栗とり、っていうのは……」


「あら、いやだ! おやじさんってエッチなんですね」

「はははっ。でもね、実際のところ、もう少し女性に興味をもってくれてたら、私も今頃はおじいちゃんになっていたかもしれない」


息子は地球人でいえば還暦くらいの年齢になるのだろうが、私の星では六十歳はまだまだ子供だ。


「あら息子さん、独身なの?」

「ええ、だから冬に栗ひろいなんかいってるんです。なんだかよく知りませんがリスってやつは、秋に拾い集めた栗を地中にうずめておくらしいんです。やつらは冬眠しませんからね。それを冬に掘り出して食べるんですが、忘れちゃうのもある。それが春になると芽が出て、三年で森の一部になってしまうんでさ」


「ふふふっ。そのリスの上前をはねようってことなのね。でも、なんかいい話じゃないですか」

「リスの上前の、どこがいい話なんです?」


「じゃなくってリスの物忘れの方よ。ほんとうはリスは知ってて、わざと掘り返して食べないんじゃない。きっと自分たちの子供たちのために栗の木を育ててるんだわ」


「う~ん、確かにそうかもしれない。子や孫のためにね……。そういやリスって漢字で書けば(栗鼠)って書きますものね。やっぱりは切ってもきれないや」


「あら、やだ。結局は、そうなっちゃうわけ」


ははははっ……。


「もう一本、熱いのいきましょうか?」


「そうね。じゃ、ぬるめの燗でお願い。ところで息子さんの替え歌ってどんなのかしら? 私、聴きたいな~」


「聴きますか?」


「え、聴けるの!」


「アカペラですけど、テープに吹き込んだのがありますから……」


この口からのでまかせに、すぐに私は対応し、第三の手をカウンターの下にしのばせると、第五の足にレコーダーをくわえさせ駐車場の奥まで伸ばしたのだ。


「わっ、楽しみ~」


「お客さん、八代亜紀の『雨の慕情』ってご存知ですか?」


「雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ……って歌でしょ?」


「ええ、その『雨の慕情』の替え歌で『霜の極上』ってタイトルなんですが、賞品の極上霜降り肉をモチーフにしたとか言ってましたけど、はっきり言ってろくなもんじゃありません。これ、歌詞カードです。よろしかったら雨雨降れ降れのところはご一緒にお願いします」


「───では聴いていただきましょう。銀河商店街カラオケ大会替え歌の部優勝作品は、八代亜紀さんの『雨の慕情』の替え歌で『霜の極上』です」



♪  霜の極上  ♪


心が忘れた あの肉も

舌が味を 覚えてる

長い月日の 備長炭

肉汁ポトリと たらしてた

肉よ恋しい 肉よ恋しい

めぐりめぐって 今は恋しい


霜々ふれふれ もっとふれ

私のいい肉 つれて来い

霜々ふれふれ もっとふれ

私のいい肉 つれて来い




はっきりいって、今夜はずいぶん浮ついてしまった。

なにしろ、先日葉山で行われた宇宙人によるカラオケ大会の優勝賞品である霜降り肉を今日、宅配便でいただいたからである。


そんなよい肉を自分ひとりで食べるのが惜しかった。

といっても私の最愛の女房とまだ見ぬ息子は、宇宙の、30光年離れた星にいるのだから、食べさせるわけにはいかない。


だから、今日最後の客であった女性にワンブロック、プレゼントしたのだ。

いま私は……そう、宇宙人アイシムは場末の居酒屋のおやじをしている。

そうして、このすばらしい惑星に棲むろくでもない人間たちを観察しているのだ。


最近、マナーの悪い客が増えたが、ただ、今日の女性客はよかった。

私の話を……私の、作り話を信じて、あの替え歌まで一緒に歌ってくれたのだ。


この地球という星にはチ〇コン星人は私ひとりしかいないのだ。

栗ひろいにいっている息子などいるわけがない。

けれども彼女は、それを信じてくれた。


本当は、私が宇宙人カラオケ大会で八代亜紀の『雨の慕情』を歌ってもらった賞品の肉の説明についた大嘘を、彼女は信じてくれたのだ。


さっそく、私はカウンターの陰で、第二腰椎と第三腰椎の間にある、つまり背中にある奥の手を使って、歌詞カードをこしらえた。スパコン並みの頭脳を持つ私にすれば、替え歌などあっという間にできてしまうのだ。


同時に私は、五本目であるまん中の足を裏の駐車場まで最大限に伸ばし、その替え歌をテープに吹き込んだ。


以前に言ったかもしれないが、私の真の姿は足5本、手3本の軟体動物に近い生き物だ。

しかも、それぞれが10メートルも伸びるのだ。


そうして真ん中の足は排泄期間であるとともに、肛唇つまり肛門が進化した結果、ほとんど口唇としての機能を発揮できるようになり、言葉を話すことができるのだ。


つまり、急いで録音した替え歌というのは、駐車場まで伸びた私の尻の穴で歌ったというわけだ。


結果、大いに楽しんでもらえたし、私自身大いに楽しませてもらった。

今宵の出来事は、間違いなく人類存続への一票となった。


おかげで今日、確信できたことが一つある。


なに? 缶コーヒーはBOSSだろう、ってかい? 


それはキン〇マン星人のジョーンズのことだろ。彼も八代亜紀のファンらしいが、

わからないかね。


つまり、


──さびしい男女にはひと時を一緒に過ごせるが必要だ───


ということだ。


これは間違いない。


なにしろ人がいうのだから……間違いないさ。



                              (了)

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今夜もさびしいわね 銀鮭 @dowa45man

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