『なるほど。最初に死にたいのは貴方ですか、ポリマン人のお嬢さんオーナ

「バカ言わないで。死ぬために戦ってるわけじゃないのよ」

『では命乞いでもしますか、お嬢さんオーナ。ここで裸になり頭に地をつければ、命の保証はしてさしあげますが』


ホーロンの兵士達がせせら笑う。

アミリーの表情は絶望に打ちひしがれて、ランタンを掲げる手と足は震えている。

それでも目は燈に燃えて、その場から一歩も退こうとはしない。

細くて小さな体から闘志を漲らせ、緊張を一瞬とて緩めようとしない。

ブジの隣で、まだ立てない私の盾となるように、無理矢理その震えを止めた。


「私はジョイナと村の皆を守るために、為に最後まで戦う!貴方の思い通りになんて、なってやらない。最後まで私は、どんな手を使ったって貴方に抗ってやる!」

『おやおや、高潔な少女ですねえ。その蛮勇に免じて、やはり最初に殺してあげましょう』


前脚を振り上げる。アミリーを踏み潰す気だ。

こんな絶対絶命って状況なのに、私の頭は不思議と冷静だった。

世界がゆっくりに見える。振り上げた前脚が暴風を巻き起こし、その場にいる誰もが動けなくなる。

アミリーが風に飛ばされないよう身を強張らせた隙をついて、その足はきっと振り下ろされてしまう。

それまで痛みで痺れていた私の体は、不思議と体重というものを忘れていた。


──アミリーを助けなきゃ。この子だけは死なせたくない。

その一心が私を動かす爆発的エネルギーとなって、がむしゃらに両手を突き出し、彼女の背を強く押した。

つんのめってアミリーが転がっていき、その体が前脚の下を潜り抜けて腹の下へ向かう。アミリーの大きく見開いた目と、目が合った。

頭上には、今にも私を踏み潰そうとする脚の裏。

ベルーガの肉球って白いんだ。死ぬ時の私はやっぱり、のんきなことを考えていた。


──いや、いや。死にたくない。


死にたいわけがない。

家には帰りたいし、村のことが心配だし、痛いことなんて嫌だし、ブジとアミリーを残して死ねないし、最後に見る景色が魔獣の肉球なんて絶対まっぴらごめんだ!

でもどうする?あと2秒後には私、地面のシミに早変わりだ。

何かない?ただの狩人の私に出来る、最後の抵抗は何?


『──主殿。いずこに御座おわすか』


そんなとき、頭の中から声が聞こえた。

ベゼルでも、ブジでも、ヴァランでもない。あどけない男の子の声だ。


一体どこから?

疑問に思った矢先、ベルーガの目印にした水晶が私の眼前に浮かんでいた。

緑色ではなく、あの巨大なマナ・クォーツと同じ、目も眩むような透明な色。誰の声かなんて、一体何者かなんて、考えている余裕なんてない。

残された時間は、多分あと1秒。


『主殿。どうか主命を!』


水晶が、語りかけてくる。

私の手はそれを力強く握りしめ、ただ背を突かれるように叫んだ。


「──助けて!」


直後、私の手の中で水晶が砕け、消える。

視界が黒に染まり、全身があっという間に消えて感覚全てが消失した。


死んだ?違う。私の体が粒子レベルでバラバラになったのだ。けれどそれは瞬きの間のこと。

次に目を開けると、私の五体はちゃんとそこにある。視界の黒は霧のようなものに包まれていたせいだ。

ベルーガの爪をすり抜け、私とアミリーとブジは、兵士達の輪の外にあった。


「今の感覚、転送魔術か……!?」

「ジョイナ、貴方何をしたの!目が透明になっちゃってるわ!」


驚き戸惑うブジとアミリーだけど、二人はすぐに言葉を切った。

私達の目の前に、その場にいなかった筈の影が、黒い霧の中で仁王立ちしていた。


「……だ、誰?」


若い男だ。

黒く長い髪に、赤い瞳。身長ならナ・ブジに劣らない筋肉質な巨漢だ。

耳は少し尖っているけど、ポリマン人の耳と少し違う。

その肌は、まるで死人のような青白さ。唇からのぞく鋭い歯に、私の目が吸い寄せられた。


「我が名はタンバ。忍のタンバに御座いますれば!」


タンバと名乗った青年は、私に片膝をついて恭しく頭を垂れた。

鮮やかな赤い瞳が私を見上げ、快活に笑う。

そしてこの男。靄でこそ隠れているけれど……ほぼ全裸だ。

しかもうっかり見えてしまったものは、結構ご立派だった。


「主殿、どうかこのタンバに次なる主命を!」

「あ、あるじ?しゅめい?」

「如何なる命でも必ずや遂行致す。首級みしるしをば獲ればよろしいか?それともあの邪悪な気配をば放つ兵子どもをば根切り致そうか?」

「服着てよ服ッ!せめて隠して!男の恥部を!」

「おっと失礼、お見苦しいものをお見せ致した。

 久方ぶりの外にて召し物が全て塵と化したようです、腹を切るべきですか?」

「言ってる場合!?私たち今、危機的状況だいピンチなんですけどッ!」


にこにこ笑うタンバの背後で、兵士達が一斉に襲いかかってくる。

私は思わず「全員やっつけて!」と叫んでいた。

直後、耳の奥でキィキィと獣の鳴くような声がして、私の視界からタンバが黒く霧のように消え失せる。

息をつく間もなく、タンバは押し寄せる兵士達の前に単身で接敵する。


「主命により、貴様らを「やっつけ」させて戴く。タンバ、参る!」


彼を取り巻く黒い霧が、無数の奇妙な菱形のナイフや、変わった剣を形作る。

それをさもダーツの矢のように投擲するたび、それは軽やかな音を立てて彼らの脚を切り裂き、武器を持つ腕を切り落とし、首に突き刺さり、次々と無力化させていく。

無防備なタンバを、背後から敵が斬りつける。

タンバの頭をかち割ったかに見えたけれど、そのタンバは蝙蝠の群れとなって消える。

そして頭を狙った敵兵の背後にタンバの姿があり、彼は憤怒の籠った声で敵兵の背中に告げる。


「背面討ちなど武士の恥!死で償え!」


ぐわし、とタンバの掌が兵士の頭を掴み、兜を被っているというのにめりめりと凄まじい音がする。

兵士が命乞いをする間にも、メギャリと凄まじい音がして、頭が一瞬で潰れてしまった。

その怪力と俊敏さ、異能力。何もかもが規格外だ。

私たちのいた場所から80ヤード程の距離(約73メートル)をどうやって一瞬で移動したのか?

多分、そんな疑問なんか考えている猶予もなく、タンバの強さは滅茶苦茶そのもの。

生き残った兵士達はすぐさま背を向けようとする。

すると、ベルーガ越しにヴァランの冷え切った声が辺りに轟く。


『一人相手に逃げるな。戦わないなら全員するぞ』


ヴァランの言葉を聞いた途端、兵士達は更に青ざめた。

そして再び破れかぶれとばかりに、一斉にタンバに襲いかかる。

化け物じみた強さを振りまくタンバより、余程ヴァランの「おしおき」の方が怖いのか?

タンバの視線は、集団で立ち向かう兵士達の先、ベルーガに向けられた。


「なるほど、あの魔性が首級か」


雪崩のように襲い来る敵の間をぬい、タンバは長く奇妙な剣を曲芸師のように振り回す。

その刃先が当たった兵士達は次々に倒れていき、十数える間に、立ち向かった全員が地に伏していた。

血にまみれたタンバは、剣を掲げ、ベルーガに肉薄する。


『見慣れぬ種族だが、面白い能力と強さです。

 私の子飼い達を全て屠るその力、是非欲しいですねえ!』

「この刃は主殿の為だけに在る!主命により、その首貰い受ける!」


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汽車とジョイナのファンタジア 上衣ルイ @legyak0810

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