④
駐屯地には設備がいくつかある。
主だったものが、休憩所を兼ねた兵舎、訓練所、見張り塔、倉庫、馬房、事務所、そして移転送装置が設置された小屋などだ。
移転送装置は、術の規模にもよるけど、小隊程度であれば一度に転送出来る。
それだけの術を用いているので、広いスペースを確保する必要があるので、目立つのだそうだ。
「あれだ、移転送装置。用途は……知ってるよな?」
「うん。遠く離れた土地であっても、物や人を一瞬で移動させる装置でしょ。見るのは初めてだけど」
「まるで宝石の塊ね」
確かに目立つ。他の建物と外観からして異なっているから、一目見ればすぐに分かる。なにせ自己主張激しくビカビカと輝いているので、嫌でも目立つ。
小屋の外観はクリスタルに近い材質らしく、つるりとしたドーム状に近い形状だ。
兵舎や事務所など、他の施設は木製や石造りだから、その違いは歴然だ。
「移転送装置って、うちの村にもあるけど、実際使ったことないんだよなあ」
「使って良いのは村長と、後扱い方を分かってる爺さま達だけだもの」
「扱い次第では死人も出る装置だ。今のうちに使い方と仕組みについて教えるから、気合いで覚えてくれ」
「分かった!」
曰く、移転送装置は大きく分けて、稼働部が三つ存在する。
転送するために必要な魔力を集約させる機関部、転送対象の情報を記録し、予め登録された座標に転送するための転録部、そして実際に対象を粒子レベルに分解し、座標先へ転送する開門部。
ブジ曰く、細工をするなら転録部だそうだ。
ちょっと装置に記録されている情報を適当に書き換えるだけで、転送先の装置と接続が切れてしまうのだそうだ。
「転録部は慎重に扱わにゃならん。ちょっと座標がずれただけで、転送物は二度と再現されなくなる」
「どうして?」
「本来、分解された転送物は、
だが座標先が正しく設定されないと、術式が欠陥とみなして、転送物が
この
「……こ、怖……」
アミリーは真っ青になったけど、私はちょっと頭悪いからあまりピンとこない。
そんなに怖いものだろうか。
「ごめん、もっと分かりやすく説明してほしい」
「大雑把に言えば、メールを存在しないアドレスに送ったら、迷惑メールに分類されてオートで消されるって感じだ」
「分かった、ありがとう。大体理解したわ」
アミリーはぽかんと私たちのやりとりを聞いていた。
多分これは私たちにしか理解出来ない例えだ。流してもらおう。
息を潜めて小屋に入り込み、転録部を探す。なにせ、かなり大型の装置だ。
つるりと磨かれた水晶板が設置されており、魔力を流し込むことで起動する。
単語や数字などが浮かび上がって、指に帯びた魔力で直接入力することが可能だ。
「よし、
俺は設定を弄って細工するから、二人はその間見張りを頼む。終わり次第すぐにでも脱出するぞ」
「オッケー、手早く済ませてね」
ブジはすぐさま再入力を始めた。
ちらっと見たけど、ずらりと並んだ単語はとてもじゃないけど理解の範疇を超えている。大人しく見張りに徹した方がよさそうだ。
外は相変わらずの大騒ぎで、ベルーガの暴れっぷりに逃げ出す者もいる。
幸い、ベルーガが暴れている場所の距離を考えると、こちらに逃げてくる兵士はいなさそうだ。
ホーロンの兵士達がベルーガに対処出来ているのも今のうちだ。「
アミリーは外の修羅場を直視し続けられないのか、ブジの背中にぱっと目を移した。
「あっ、あの。ブジ」
「なんだ」
「……さっきは。助けてくれて、その……ありが、とう」
返事はない。ただ黙々と作業する音が響いている。
誰かがベルーガに爆破呪文でもかけたのか、外で凄まじい轟音が聞こえた。
ちらりと外を覗くと、爆煙で何も見えない。
ベルーガの怒り狂う咆哮が、びりびりと空気を震わせる。──直後。白い巨体が、こちらに飛び込んできた。
「やば……!」
シュッ、と空を裂く音。身構えた刹那、轟音と衝撃波が襲う。
小屋の壁と一部の屋根が破壊され、私たちは再び吹き飛ばされて床を転がる。
瓦礫がばらばらと崩れ落ち、砂埃が舞う。
ちりん、と緑水晶が高い位置から落ちて、伏せた私の側に転がる。飛び込んできた巨体は、ベルーガだった。
その目は銀色から不気味な赤に変わり、ぞぞぞ、と赤靄を口から吐き出している。
『中々味な真似をするではありませんか。ベルーガと私の兵士を遊ばせるとはね、小賢しいことを閃くものです』
ヴァラン・オヴドルの声が、ベルーガの喉から搾り出てくる。
魔獣の動きは先程と違ってカクカクとぎこちなく、体の穴という穴から赤靄を吐き出し、不気味な挙動で私たちに歩み寄る。
瓦礫から這い出たブジが、私とアミリーを庇うように前に出た。
「ふん、無能な部下に代わってお前が直々に始末しにきたか?生憎だが、少し遅かったな。もう移転送装置は使い物にならないぞ。
システムを滅茶苦茶にしてやったからな、お前達でも組み直し方は分かるまい」
『手負いの
ベルーガが息を吸い、吐く。
それだけで竜巻が起こり、風の刃が小屋の壁やら天井や床を出鱈目に斬りつけ、破壊していく。
ただのベルーガのブレスじゃない!続けざまにベルーガの爪が怪しく輝き、前脚を振るう。嫌な予感がして、私は二人を掴んで力任せに地面を転がって回避。
直後、私たちが居た場所に爪が突き刺さる。
爪から発生した風が竜巻となって、ドリルのように深い穴を穿つ。
……もし直撃していれば、あっというまにミンチ肉だ。
『ふふ、驚きましたか。
ベルーガに限らず、魔獣は少し頭の中を弄ってやれば、思わぬ魔術に開花するのですよ。この個体は特に物覚えが良いものでね。さあ、どう甚振って差し上げましょうか。
ああご安心ください、そう簡単に殺しはしません。たっぷり貴方達の鳴き声を聞いてから、ベルーガの食事になっていただきますので』
そこから先はもう、一方的な蹂躙だ。
アミリーが「炎の精の招来」を撃っても、竜巻を起こして一瞬で掻き消される。
矢をつがえ撃っても同じ事、鎌鼬風にやられてへし折られてしまう。
ブジが狙い定めて「
一撃を食い潰されるたび、爪の一太刀で吹き飛ばされ、情けなく地を転がる。
這いずるように逃げては、すれすれの所を牙が襲う。
辛うじて攻撃を避けられても、生傷が増えるばかり。
気づけば混乱も収まった兵士達によって四方八方を囲まれていた。
『おやおや、袋のネズミですねえ』
興醒めとばかりに、ベルーガが私を前足で軽く小突く。
それだけで私はよろめいて尻餅をついてしまった。
終わった。アミリーもブジも魔力は尽きかけて、出せる手は尽くしてしまった。
……私たちの、負けだ。
げほごほと咳き込みながら、ブジがそれでも私たちを庇うように前に出る。
「……すまない。お前達だけでも先に逃がすべきだった」
「ちょっと、謝んないでよ、腹立つ!別にアンタに守られたいわけじゃないわッ!
こんな
アミリーは気丈にもランタンを掲げ、最後の呪文を放つ。
獣避けの火が、勢いよくランタンから吹き出てベルーガに突撃する。
けれどそれは容易くも、ベルーガの前脚でぺしり!と弾かれ、上空に飛んでいく。
そのまま小さな花火のように弾けて、アミリーの最後の抵抗は空しく空にとけた。
「あ……」
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