──作戦を確認する。


私たちの手のうちは限られている。

まず、私が使える魔術は簡単な汎用魔術と「蘇生術」とのみ。

後は弓とナイフの扱いに長けて、メンバーの中で一番腕力があって足も速い。

次にアミリー。魔術は火の系統で、初歩的攻撃呪文「炎の精の招来」と「臭い火弾」、それに獣たちを寄せ付けない「獣避けの火」に「道照の灯火」、あとは「生命探知術」。

村の中では一番魔術を多く覚えているけど、それでも大半が生活のための魔術だ。戦いに向いているわけじゃない。

そしてナ・ブジ。彼は独学の火力が高い魔術を使用出来る。

けれど技のレパートリーは少ないらしく、負傷している今、「絶気ブラックアウト」と「遅襲スローオーバー」という業のみであるらしい。


「絶気は、生命の神経を刺激して、意識を絶つ術だ。遅襲は対象の意識に働かせ、その動きを遅くしつつも、あたかも自分が早く動いているかのように錯覚させることができる。

絶気は今回ここぞという時に使う。魔力コストもそれなりに高いしな。遅襲は、何度も使えるが5分という制限時間がある」

「便利ってほどでもないのね」

「これに何度も助けられてはいるがな。さて、作戦は頭に入れたか?状況開始といこう」


頷き、私は松明に火をつけて、最奥部の水場を探して走る。

ベルンの森は高低差が激しく、最奥部と呼ばれる場所は森の最頂地にあたる。

多分ベルーガは今頃、水を求めて最奥部に潜ったはずだ。

臭い火弾は強烈に臭くて強烈に熱い。水場で鼻を癒やそうとするに違いない。


「(ベルーガは執念深いから、森から出てることはまずない!若い雄は特にプライドが高いから、私たちを仕留めたくてウズウズしてるはず)」


私の役目は、ベルーガを探し出して誘き寄せること。

ベルンの森は広い。背の高い魔獣たちがすっぽり身を隠すほどの巨木がいくつも生える土地だ。

けれど今の私はかなり「匂う」。臭い火弾で臭いをつけたから、今のベルーガならすぐにでも私を探し当てるだろう。

冬だというのに木々は青々と葉をつけ、空模様も殆ど覆い隠してしまう。けれど緑水晶の鮮やかな輝きのお陰で、森の深部は灯り要らず。


「(そういえば、ブジと初めて会った場所って、この辺りだよね……)」


目標を探すすがら、あの巨大な緑水晶のことが脳裏をちらついた。

小さな欠片ですら煌々と輝いているなら、あの大きな水晶は今どんな状態なんだろうか。

好奇心が勝って、寄り道がてら、あの巨大な緑水晶の元に足を向けた。

どうせ目的地はその先だ。ちょっと見ていくだけなら時間のロスにはならないだろう。


「……あれ?」


マナ・クォーツは、依然としてその場にあった。

けれど、様子が明らかにおかしい。他の水晶たちは緑色なのに、大きな水晶は緑色が失せ、白く輝いている。私は意識も足も、透明な水晶柱に引き寄せられていた。

じっと目をこらすと、白く透き通った水晶の中には、何かが閉じ込められている。それは人の形のようにも見えた。

けれど輝きのせいで目が霞んで、はっきりとは分からない。

目を凝らしてもっとよく観察しようとすると、水晶が私の顔と、背後の景色を反射する。

私の背後には──牙を剥くベルーガの巨大な顔!


「グルルルル……ガァッ!」

「うわっ!?あっぶなあッ!!」


咄嗟に身をよじって避ける。

振り抜かれたベルーガの鋭く大きな爪が、私の服と肌を引き裂く。

激痛と鮮血が私の脇腹から溢れ、輝く水晶にべったりと赤がこびりついて滴り落ちる。

危なかった。水晶の反射がなければ、危うく頭の皮を剥がされていただろう。

ベルーガは苛立ち喉を鳴らし、また爪を振う。

悠長に弓を構えている暇はない。ナイフを出し、辛うじて爪の切っ先を反らす。

鋭い爪は容易く土や木の幹を抉り、隠れ潜んでいた小さな魔獣達がわっと逃げ出す。


「(よし!ちょっと痛手を食らったけど、予定通り私に食いついた!)」

「グルフルフゥ、ウガアアアアツ!」


私は合図を出すため、ロープを巻いたナイフを高く放つ。

水晶の光を強く反射し、ナイフはベルーガの分厚い毛皮に突き刺さる。

ダメージは然程ないだろうけど、これでいい。

短いロープで結んだ先には、きらきら輝く水晶の欠片。ベルーガがどこにいるかを示す「目印」だ。

直後、目印を見つけたであろうブジが、遠く離れた木の陰から呪文を放つ。

離れた距離から放たれた「遅襲スローオーバー」が、ベルーガに直撃。

すると、ベルーガの動きが緩慢になり、私の目でも追える速度にまで鈍くなった。


「うわ、効果てきめん!後は……!」


私は水晶から離れ、駐屯地の方へ駆けた。わざとよろけたり、速度を緩めながら、時に土を顔にぶつけてやる。

木の根や枝を跳び越え、魔獣の穴を潜り抜け、ベルーガの動きを翻弄しながら引きつける。目的地は、駐屯地を見渡せる崖。


「アミィッ、お願い!」

「うんッ!」


私が合図を出した直後、木の上に隠れていたアミリーが、「獣避けの火」と「臭い火弾」を続けざま、駐屯地に向けて乱射する。

数秒後、駐屯地から凄まじい困惑の声がいくつもあがり、喧噪が聞こえてきた。

あのシュヴルの臭い屁が何発も降り注ぐのだ、溜まったもんじゃないだろう。

しかも「獣避けの火」は、煙幕のように煙を放ちながら、炎が勝手にあちこち走り回るのだ。今頃慌てているに違いない。


「よしッ!後は……アンタをぶつけるだけだよ、ベルーガ!」


一方で、私はぎりぎりまでベルーガを引きつけた。速度は下がっても、魔獣ベルーガの足は速い。

しかも、足音や息づかいを頼りに私を追いかけてきている。

私の背面には崖。もし落ちれば、駐屯地のど真ん中に真っ逆さまだ。


「(ここだっ!)」


ベルーガが飛びかかる直前、私は松明を放り投げ、腹這いになる。

思った通り、ベルーガは私の持つ松明の火の揺らぎを追って、まっすぐ崖から飛び降りた。

眼下を見れば、案の定お祭り騒ぎだ。

兵士達が「奇襲だ!」と喚きながら、獣避けの火に向かってやたらめったら剣を振り回したり、槍で突いたりしている。

直後、兵士達をクッションにして、ベルーガが着地。それからはもう、蜂の巣をつついた騒ぎと化した。煙の中、ベルーガは動くものや、ちらつく火めがけて爪を振り下ろす。

兵士達は襲ってくるベルーガに吹き飛ばされたり、応戦しようと剣を振り回して踏み潰されたり、互いを切りつけて同士討ち。


「よし、上手くいったな。下はすっかり大混乱だ」

「うん!ブジさんの指示のお陰だよ」

「それよりジョイナ、お腹から血が出てるじゃないッ!」

「平気、掠っただけだから」


さあ、本番はここからだ。

私たちの作戦は、ベルーガを使って駐屯地を混乱に陥れ、その間に移転送装置を使えないように細工すること。

根本的解決にはならないけど、ホーロンの兵士達に蹂躙されるなんて最悪の結末は回避出来るはずだ。

ただ、移転送装置を直に見たことがあり、扱い方を知っているのは、ブジだけだ。

気づかれないうちに装置に細工をし、この駐屯地から離れ村に戻らなくてはならない。

スピード勝負になる。こんな綱渡りは初めてだ。自然と足が笑ってしまう。

混沌とした駐屯地を見下ろし、ブジは「急ごう」と静かな声で私の背中を押した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る