②
「ねえ、村に逃げないの!?助けを求めるべきじゃ……」
「今のベルーガは私たちを完全に標的にしてる!このままじゃ連れ帰って、他のオーナたちを危険に晒すことになる!村がパニックになっちゃうよ!」
村にまっすぐ戻らず、森の奥に進んだことには理由がある。
まず第一に、ベルンの森は「臭い」と「音」が多い。
元々肥沃な土地で、多くの魔獣が住んでいるし、土ごとに臭いが異なる。
若い雄のベルーガにとっては見知らぬ臭いで満ちている上、鼻をやられた今、この深い森の中で似た臭いの私たちを探すには苦労するはずだ。
「それに、あのヴァランって奴が何を考えてるか分からない。どこから見ているか分からない以上、このまま村に案内させるわけにはいかないよ!}
「そ、それもそうね……ブジもこんな状態だし……」
第二に、まだヴァラン・オヴドルが私たちから目を離していない可能性。
気配は消えたけれど、あれほどの魔術師なら生き物の目を借りて私たちを見張っている可能性はある。近くに兵隊達がいるなら、村を危険に晒すわけにはいかない。
第三に、あのベルーガだ。確実にあの一撃で、私たちを敵視しただろう。まず間違いなく私たちを追って、どこまでも着いてくるはずだ。
戦える狩人はまだしも、まだ赤子や戦えないオーナだって多い。私たちのせいで巻き込んで、怪我人は増やしたくない。
「アイツの狙いはブジだ。アミリーは先に森を出て!すぐ村に戻って、皆にこのことを知らせるの!」
「ちょっと待ってよ、ジョイナはどうするの!」
「こいつを引きつける!大丈夫、ベルーガ一頭ならブジを連れてでも逃げ切れるさ」
「駄目よ、危険すぎる!あなたたちを残していけないよ!」
「じゃあ他にどうしろってのさ!アミリーは野生の生き物と戦ったことある!?逃げ切れる算段なんてある!?」
つとめて声をひそませ、私たちは森の中をひた走る。
若いベルーガの気配を気取ってか、他の獣たちの唸る声や逃げ惑う蹄の音、鳥の羽ばたきが木霊する。
走るすがら、周囲を見やる。……今日はやけに、森が煩い。
奥に向かうにつれ、その理由が分かった。
緑水晶、マナ・クォーツが、空の星たちに負けないほど、鮮やかに輝いている。
ベゼルもこんな光景を見るのは初めてのことらしく、言い争うことも忘れて、その輝きに見とれている。
「すごい。自ら光る緑水晶なんて、見たことないわ」
「ここ最近、よく輝くようになったんだ。ブジは「水晶がこの土地を守ろうとしている反応だ」って言ってたけど……」
「水晶が、土地を?何から?」
「そこまでは分かんない。でもこんなに輝いているのは、良くない兆候なんだって。もしかしたら敵が近いのかも」
「敵?水晶にとっての敵、ってこと?」
「いいや。その土地の敵……って言ってた」
話しながらふと、気づいた。
水晶はヴァランとホーロンの兵士達の気配に勘づいたんじゃないか?
シュヴルは「水晶を植えたのは、最初の村の村長トラン」だと言っていた。
ならば水晶を植えた理由は何か。トランの土地を栄えさせ、同時に守るために、この水晶は植えられたってことじゃないのか。
これだけ輝いているということは、それだけトラン村に危機が近いということなのでは?
「もしかして……!」
「どこいくの、ジョイナ!?そっちは村と逆方向よ!?」
私は早打つ心臓を宥めながら、森の奥を更に東へと向かう。
ベルンの森の先には、ムドラン国の国境警備隊の駐屯所があったはずだ。
戦中でありながらも村が平和な日々を過ごせているのは、駐屯所の兵士たちが休まず見張ってくれているお陰ともいえる。
駐屯所がよく見える坂を上がり、そっと茂みの中から、駐屯所を見下ろす。
──果たして、私のいやな読みは、当たってしまった。
駐屯所の地には無惨な赤黒い血溜まりがそこかしこに散らばり、肉片のようなものが隅の方に寄せられている。
そして火を囲っているのは、駐屯所の兵士達ではない。黒を基調とした、ホーロンの兵装を身に纏った兵士達だった。
同じく駐屯所を見下ろしたアミリーは息を飲み、肉片の山の正体に気づいて目を伏せた。
「ッ……!」
「くそっ、駐屯所が制圧されているなんて……!奴ら、あそこを拠点に国境から村々を襲う気だ……!」
ベルン駐屯所は、その立地から周辺のいくつかの村に「移転送装置」を置いている。
有り体にいえば、人や物を魔術装置を使って一瞬で離れた位置に送り込むというものだ。
もし村で何か起きた際、移転送装置で離れた村だろうとすぐに駆けつけられる仕組みになっているらしい。
使い方次第では、無警戒の村をいくらでも不意打ちで襲えるはず。
「ジョイナ、どうしよう!これって……侵略っていうのよね?このままじゃ村の人たち皆殺されちゃう……!
トランだけじゃない、リバロ村も、チョールド村も、ペルコ村も……!」
「でもこっちは二人だよ!何が出来るのさ!ただでさえベルーガが私たちを狙ってるのに……」
耳元でブジが掠れた声を漏らす。蘇生術が効いて、やっと目を覚ましたらしい。
まだ体は弱っているけど、意識ははっきりしてきたようだ。
頭を振るって、ブジは周囲を見回し、やっと私の背に背負われていると気付いたようだ。
「……う。ジョイナ、俺はどれほど寝ていた?」
「ブジ!良かった、意識が戻ったんだね。10分くらいだよ、多分」
「というか、重くないのか。鎧を抜いても、俺結構あると思うんだが」
「平気だよ、ブジより重たい獲物を背負って走ることもあるもの。それより……」
私は手短に、何があったかを話した。
ブジは私の肩に掴まったまま、駐屯所を見下ろし、小さく呻く。
けれど少し考え込む仕草をすると、私の肩を叩き、ブジは「耳を貸せ」と囁く。
アミリーの不安げな目と視線が合ったけど、私は素直に彼の考えを聞くことにした。
「……ええっ!?危険すぎるわ、貴方がそこまでする「道理」がある?」
「だが合理的だ。さっきは不意打ちを食らったが、先手に回れば俺は強いぞ」
「そ、そんなこと言ったってブジ、貴方、体の傷だって満足に治ってないじゃない」
彼の「作戦」を聞いて、アミリーは難色を示した。私も同意見だ。
ブジの考えた「作戦」なら、確かにあの兵士達をどうにか出来るかもしれない。でもブジや私たちにだって危険は及ぶ。言ってしまえば、命懸けだ。
けれど、当の発案者はなんてことない、って顔で、頭の傷に布を巻き、ぎゅっと締める。
「指示に確実に従えば、成功率は八割だ。俺を信じて着いてこい」
「ッ……信じていいの?本当にこれで「皆で」生きて帰れる?」
「信じようよ、アミリー。私たちに今はブジの作戦に頼るしかないよ」
腹をくくった。村を守り、生きて帰る術は他に思いつかない。
ただ追い回されて死ぬくらいなら、命を賭けても生存への道筋を勝ち取るほかない。
私はブジの「作戦」に乗ることに決めた。
アミリーは歯軋りしながらも、「しょうがないわねッ!」と己の頬を叩き、覚悟を目に宿す。
「ナ・ブジ!これで私もジョイナも死んだら、次はベルーガに生まれて貴方をばくばく頭から食べてやるんだから!」
「おっかないな。だが頼もしい。……賛同に感謝する」
「他に方法も思いつかないしね。こうなったら、とことんやってやろうじゃん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます